プール前の保健室

プール前の保健室【1】


 プール前の保健室は、嘘が集まってかたまっている。



『先生、生理痛の薬ちょーだーい。』


「痛くない人は薬飲んじゃだめです。日焼けが嫌だろうけどプールサイドで見学しなさい。」



『なんか、気分悪い。』


「熱はないのにね。プールサイドは涼しいから、日陰で見学しなさい。」



『せんせー、ゴーグル使うのに眼科の診断書がいるのに忘れちゃった。体育の松本に何とか言ってよ。あの子は前から目が弱いんですーとか。おねがーい。』


「仕方ないわねぇ。松本先生に言っといてあげるから、早く着替えに行きなさい。」



 てきぱきと、嘘の集団をさばいていく保健室の先生の鮮やかさをぼんやりと眺める。


 私は本当に熱がある。

 ベッドの準備するからソファに座って待ってて、と言われて待っているのだが、保健室に立ち寄る生徒の数が多すぎて、長い間、待ちぼうけだ。



 もういいや、適当に空いてるベッドに寝てよう。


 固くて白いベッド。

 白い柵、白いシーツ、白い枕、見上げると白い天井。

 居心地が悪い。

 でも、体は言いようもなく重いし、胸のあたりは、どんよりしている。


 髪があまり乱れないように注意しながら、固い枕に頭の重みを全て掛けてしまう。

 肩から力を抜いて足も少し開いて、解放してみる。


 腕を目に押し当てて離すと、光がおかしくてぼんやりした視界。


 天井は、穴ぼこだらけだ。

 音を吸収するのだろうか。正方形がたくさん。

 正方形の一つひとつには、縦横五つずつ穴が空いている。

 見ていると、小学校の時こういう紙に、三角形や六角形を書いたなと思う。


 穴ぼこの天井、固くて白いベッド、どんよりした私の体。


 思い出す。


 私のプール前の嘘。

 ある日、小学生の私は、体調が悪いのを装って、保健室へ行き、早退を願い出ることにした。

 泳げないし、目や鼻が痛くなるばかり。

 その日はどうしてもどうしても、プールに入りたくなかった。


 とぼとぼと保健室へ行き、身体が怠いと訴えた。


 保健室の先生は、甘ったるい声で、私に尋ねた。


「プール嫌い?」


 一言、それだけ。

 熱は?でも朝から体調悪かった?でもなくて、ただそれだけ。

 先生には、お見通しなのだ。


 自分になんの疑いもなかった、小学生の私。

 どうして嘘がバレたのか分からずうろたえた。恥ずかしかった。


 結局私は、早退させてもらえず、嫌いな水泳の授業へ肩を落として参加した。


 無様な自分を思い出す。まだ、八歳の、ダサい私。

 無様で、傲慢で、自信家で、滑稽で、かっこ悪い私を。

 子供は純粋。純粋に無様なのだ。


 印象深く、今でもたまに思い出す嘘がバレたときのこと。



 あぁ、かっこ悪い。

 どうして、覚えてることって、こんなにかっこ悪いことばかりなんだろう。





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