幼馴染とRPG その3
それから毎日、ナギは俺の家に遊びに来た。
迷惑だ、という思いはない。むしろ才色兼備で実家が裕福な彼女を喜んで家族は迎え入れている。……俺と結び付かせて、その恩恵に浸りたいと考えているから。
……それに俺も別に、来てくれて嬉しい……あー、いや違う。そうじゃなくて……ゲーム仲間ができて嬉しいというか!
「何ぼーっとしてるのよ。ユウ」
「あ、ああ。悪い」
ジト目で睨まれ、俺は意識を取り戻す。
改めて画面を見ると、もう初心者とは言い難い成長した勇者ナギの姿があった。
彼女……いや彼は、ストーリー最後のダンジョンである禍々しく巨大な城の中を慎重に進んでいた。
「万全の状態でボスと戦いたいし、だからといって回復アイテムを消費したくないし……モンスターにビクビクしながら進むのは癪だけど、仕方ないわね……」
ぶつぶつと呟きながら画面を見つめるナギ。
その表情は、真剣そのものだった。
「いやー、すっかりハマったなぁ」
「勘違いしないで、何度目の挑戦だと思ってるの。ストレス溜まりまくりよ……はぁ……」
「だからこそクリアした時の達成感が大きいんだよ。その快感こそゲームの魅力で」
「変態」
「ど、どこがですッ!?」
「……さて、無事ボス部屋前に着いたわね」
思わず敬語になってしまった俺の言葉を無視して画面に集中するナギ。
何度かアイテムを見直し、深く息を吸って吐く。
そして、
「行くわ」
勇者ナギは、目の前に聳え立つ巨大な扉に触れた。
ギギィ……と軋んだ音を立てて開いた先には、
『ククク……待ち侘びたぞ勇者よ』
煌びやかな、だが不気味さもある衣装を身に付けた恐ろしい形相のモンスターが玉座に腰を下ろしていた。
その側には、鎖に繋がれた姫君(俺)の姿も。
『さぁ見せてみろ、勇者の力とやらをな!』
モンスターがゆっくりと立ち上がる。
頭上に【魔王】と名を宿した敵は、巨大な二本の剣を両手に持ち、構えを取った。
対して勇者ナギもまた、剣を手に取る。
それからは、ナギも見るだけの俺も無言だった。
熱いBGMと剣の振るう、時にぶつかり合う音。隣からカチカチとコントローラーを操作する、不思議と心地良い音が部屋の中で静かに奏でられていた。
アイテムを駆使しながらボスの猛攻に耐え、攻めに転じる勇者ナギ。
やはりもう何度目かの挑戦となれば、少し危ないところはあるものの、
『ぐ、グガアァァッッ!!』
魔王のHPを半分まで削ることができた。
「や……やった」
だが、そんなナギの喜びは一瞬で消滅した。
「あら? 操作が効かない……」
カチカチと音はするものの勇者ナギは動かない。
その理由は、『イベント』に突入したからだ。
『勇者よォ!』
魔王はそう叫ぶと、足元の鎖を力強く引き寄せた。
『ぅっ!』
悲痛な声と共に、魔王に抱き寄せられる姫君。
そしてなんと魔王は、自分の前に姫君を立たせた。……まるで、盾にしているかのように。
『これで攻撃はできんなぁ! グフフ……さぁ、なぶり殺しにしてやるぅ……!』
下劣な笑みを見せ、歩み寄ってくる魔王。
しかし初めてプレイした小さい頃は何とも思わなかったけど、ラスボスにしては小物だなぁ……。
これ、何回も迷ったなぁ。何もできないまま魔王の斬撃を浴びてゲームオーバーになったっけ。
さぁ、ナギは一体どんな反応を……
『『グブァ!?』』
あ、貫いた。
何の躊躇いもなく、姫君ごと魔王を。
『ひ、姫ェェ!』
崩れ落ちる人質を抱きとめる魔王。
ヤツは鋭い眼光を勇者ナギにぶつけて、
『貴様! これが勇者のやることか!』
攫った娘を盾にする魔王が何を言うか。
……と、というかこんなイベントあったの!?
【自分の行動を悔い改める】
【姫ごと魔王の命を奪う】
唐突に出現する二つの選択肢。
「……これは……」
それには見覚えがあった。
確か正式ルートの時だ。姫を盾にした魔王の攻撃を回避していると、二つの選択肢が出てきたっけ。
一つが【姫を傷付けるわけにはいかない】と、相変わらず逃げ続けるだけ。もう一つは【魔王を説得する】。これを選べば魔王が自分の行いに反省して正々堂々と戦うようになるんだけど……。
恐らく上を選べば正式ルートに戻れるのかな?
そしてナギは選んだ。
「下ね」
「鬼かお前は」
よくもまぁ迷いなく残酷な方を選べるもんだ。
「戦いには犠牲が付きものよ」
「お前、何のために旅をしてきたんだよ……」
「もちろん、世界を平和に導くためよ。そのためなら汚いことにだって手を染めるのが勇者でしょ? 一人くらいの犠牲なんて世界に比べれば……」
もうすっかり姫より世界平和が目的になっている。
……まあ仕方ない。このゲームはラスボスまでたどり着くまでに色々な町を巡ることになるんだけど、モンスター関連の被害で切なく悲しいイベントが多い。
ナギも瞳を潤ませていたし、姫よりも世界の方が大切に思えてきてしまったのだろう。
『ナギ様、私はどうなっても構いません! どうか魔王を! 世界に光を!』
姫(俺)が勇者ナギに向かって叫ぶ。
……だが、そんなことを言われてしまったら逆にやり辛いものだ。
素直に従うようなヤツがいれば、それは人間じゃない。
「わかったわ。今楽にしてあげる」
人間じゃない。
「お、おい! ホントに姫ごと倒す気か!?」
先は気になるけど、心が痛い!
「了承は得たもの。これでやらなかったらお姫様の覚悟が台無しよ」
「な、何ていうか……名前が俺だと複雑な」
「むしろやり易いわ」
「ひどいっ!」
俺の叫びは虚しく、剣は姫様と魔王を貫いた。
『グオ、オ……これが、勇者の力か……』
「そうよ」
画面に向かってドヤ顔を決めるナギ。
俺には悪魔にしか見えないよ。
――世界に、平和が訪れた。
凛としたナレーションが、静寂の中に響く。
……でも、本当に良かったのかな。姫様はもう……。
『勇者様!』
「「えっ?」」
驚愕する俺たち。
視線の先……勇者ナギの眼前には、間違いなく先ほど貫いたはずの姫君の姿があった。
頭上に俺の名前が入っている……本物だ!
何で? どうして?
混乱する俺たちに、姫君は瞳を輝かせながら答えた。
『わたしが無事なのは、勇者様の聖なる力のお陰です。あなた様の持つその武器は魔王が生み出した邪悪を取り払うためのもの。だから人間には通用しないのです』
な、なるほど……。
つまり、どの選択肢でもハッピーエンドに結び付くのか。
「……可笑しいわね、わたしが装備してるのは鋼鉄の剣なんだけど。確か『かつて人間同士の戦争で使用されていた武器』って書いてあったけど。それにどこかの町で盗賊と戦った時、普通に斬り裂けたけど」
「い、いいだろ。姫様が無事だったんだからさ」
……こいつのどこに聖なる力があったんだろうか。
『では行きましょう勇者様』
その問いに、渋々『はい』と答えるナギ。
すると、勇者ナギは姫君ユウを抱きかかえた。
「なッ!」
目を見開くナギを無視して、何事もないように勇者ナギはダンジョンを出て外に向かう。
『見て勇者様、空に光が――』
「まず自分を見つめ直しなさい。死闘を終えた相手に、幼馴染にお姫様抱っこをしてもらうなんて羨ま……図々しい。やっぱりあの王様の娘ね」
幼なじみは関係ないんじゃ?
「ま、まぁ細かいことは気にすんなって」
「気にしない方が無理よ。……それに、何であなたが上に乗っているわけ?」
「そりゃお前が姫様の名前を俺にしたからだろ」
「うるさいわね! じゃあ、あなたがお姫様抱っこしなさいよ!」
「ええっ! 何でそうなる……ってか何で怒ってんの!?」
がるる、と。今にも噛み付いてきそうな眼光をぶつけてきたナギは、少しして画面に向き直った。
め、珍しいな。こんな子供みたいな様子は……。
「……わーったよ。んじゃ乗れば?」
胡座あぐらをかいた状態で、手のひらだけ広げてみせる。そんなに乗りたきゃ乗ればいい、というジェスチャーだ。
普段こういうことはしないから、反応が気になる。それに、せっかくの初ゲームをイライラしたままプレイして欲しくない。呆れても罵倒されてもいいから、とりあえず怒りを吹き飛ばしてくれれば……。
「――う、おっ!」
そんな考えは、一瞬にして頭から消え去った。
理由は腕全体に伝わる体重。重いような……いや全然そうでもないような。
意識を取り戻して、だがすぐには理解できなかった。
少し時間が経過してから――
――俺の上に、ナギが乗っていたことがわかった。
「な、何やって……ス、か!?」
慌てて口から飛び出した疑問の言葉。
すると、ビクゥゥッ! と、ナギは体全体を震わせて、
「……か、快適……だ、だと思ったから……よ」
たどたどしくそう言った。耳を真っ赤にさせて。
「な、何? じぶ、自分からさ、さそ……誘ってきた、くせに……恥ずか、恥ずかしがって……幼稚ね」
「……ど、動揺し、しすぎだろ……」
なんか少し悔しくなってきたので深呼吸をしよう。
「すぅ……」
「へ、変態! 何匂いを嗅いでるのよ!」
「痛え! ち、違う! 今のはマジで違うから!」
仄かに甘い香りがしたのは置いておいて、何だかんだで勇者ナギは最初の町まで戻ってきていた。
その頃にはもう、お互いに小っ恥ずかしさも消滅していて、
「これでもう終わりなの?」
「ああ、王様に話しかければ終わり。……つーか、そろそろ降りてくんない? 画面見にくいって」
「イヤよ」
即答。
気のせいか、少し声が弾んでいたような。
「ん?」
画面を見ると、さらなる疑問が脳裏に浮かんだ。
「何で宿屋に入ったんだ?」
そう、城とは反対側の位置にある宿屋の中に足を踏み入れていたからだ。
「決まってるじゃない。HPを回復するためよ」
「いや、だって……もう世界は平和だぞ?」
「そうだけど……なんか気になるじゃない。少しでもHPが減っていると、回復したくなるのよね」
……うーん、まぁ確かにわかるかも。
常に全快の状態でいたいっていう気持ちはある。
「それに何日(ゲーム内時刻)お風呂に入っていないと思ってるの。体を清潔にしておかないと。抱っこしていて臭うのよ、ユウ」
「仕方ないだろ。誰かさんが助け出すのに何日もかかったんだから……つーかお前もラストダンジョンに何日も籠もってただろうが」
「くっさ」「くっさ」
お互いに言い合いながら、カウンターで受付を済ます。
「おはようございます」
一瞬にして一晩が明け、宿屋の店員が笑顔を見せてきた。
「――ナギ様。ユウ様。昨夜はお楽しみでしたね」
「「えっ」」
同じタイミングでこぼれ出す声。
し、知らなかった。クリア後に宿屋なんて寄らないから……こんなセリフ……。
それは顔の熱が上がるのは当然なわけで。
「…………」「…………」
互いに黙り込んでしまうのも当然なわけで。
まるで逃げ出すかのように、忙しない動作で俺の体から離れていくナギ。
結局、初のゲームクリアだというのに、ナギも俺も顔を真っ赤にさせたまま静かにスタッフロールを見つめるしかなかった。
幼馴染とゲームジャンル taka @taka_tori
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