幼馴染とRPG その2

 剣と軍資金で購入した防具と盾を装備し、勇ましく変わった勇者ナギは、町の外に出た。


 緑広がる草原を、まだ少し不慣れな足取りで進んでいく。


 やがてその眼前に、一つの影が。


「お、モンスターだな」

「モンスター?」

「ああ。やっと初戦闘だな」


 そう、影の正体はモンスターだった。


 形はイノシシ。だがその青い毛皮に包まれた体は勇者ナギよりも大きく、鋭い瞳と巨大な牙も相まって、画面越しだけど威圧感がある。


「ちょ、ちょっと。ど、どど、どうす……」

「落ち着けって。この辺りは近付かない限り、敵は攻撃を仕掛けてこないから」

「……ん」


 ナギは小さく頷くと、深呼吸を繰り返す。


 やがて冷静さを取り戻すと、武器を引き抜いた。


 何度か素振りやフットワークを行った後、


「い、行くわよ」

「おう」


 いつもは見せない緊張を表情に映しながら、ナギはスティックを前に押し倒す。

数歩進むと、


『ブモッ!』


 敵が気付いた。


 頭上に【ビッグボア】と文字を宿したそのモンスターは、勇者ナギに向かって突進を開始した。


 先ほど落ち着きを取り戻したからか、余裕を持って横に跳び、ビッグボアの横腹を斬り裂く。


 与えたダメージ数値がビッグボアの体から浮かび上がる。だが、それを気に留めずナギは攻撃ボタンを連打し続けた。


 勇者ナギに振り向くことも許されず敵は崩れ落ち、その姿を消滅させた。


「ま、マジか……ノーダメージで勝ちやがった」


 初戦でこんな戦いができるなんて……!


 俺なんかその時はゲームに不慣れだったから、終始あたふたしてHPを半分ほど持っていかれたのに!


 それに隣から向けられてくるドヤ顔が腹立つ!


「これを繰り返していけばレベルが上がるのよね?」

「あー……ああ、うん……」

「? 何よ、歯切れの悪い答えね……」


 ジト目で睨まれる。


 ……でも別にそれは、ナギのプレイングに舌を巻いたからーーというわけじゃない。


「お前さ、普通に倒したな」

「倒したわよ。それが勇者の目的でしょう?」

「い、いや〜……何というか、また細かいことを言うもんだと思ってさ。例えば『血が出ないの?』とか『モンスターを真顔で殺すなんて……』とか」


 さっきから現実的なことをブツブツ口にしていたし、ここでも同じように言うものだと思ってた。


 そしてナギは、口を開く。


「……全年齢対象ゲームなのよ? それにこれはゲームじゃない。何を現実的なことを言っているのかしら」

「お前、少し前の自分を見つめ直してみろ」


 一体どの口が言うのだろう。


 そんな俺の心情など気にせず、ナギは次々とモンスターを斬り伏せていく。


 レベルが三つほど上がったところで、次の町までたどり着いた。


『ようこそ勇者様。ここは次の町です』


 入ってすぐの場所に立っていたNPCに声をかけた勇者ナギ。返答に現実のナギはほっと胸を撫で下ろして、


「……よかった普通の対応。返り血とか浴びてないみたいね」

「お前、数分前の自分を見つめ直してみろ」


 ホントにどの口が言うんだろうなぁ。


 俺の言葉を無視したナギは、勇者ナギを宿屋に連れて行ってステータスを回復させると、戦闘に比べるとまだおぼつかない動作でセーブを行なった。そしてゲーム機に近寄ると、少し迷った後に電源ボタンを押す。


 プツッ、と画面が真っ黒に染まった姿を見て満足そうな顔を作り、ナギは立ち上がった。


「今日はもう帰るわ。ちょっと疲れちゃった」

「おー。んで、初ゲームはどうだった?」

「そうね……100点満点中だったら――」


 ナギは、ふっ、と微笑んで、


「――12点くらいかしら」

「ひ、低いな……」

「むしろ二桁も与えたのよ。高すぎるくらいだわ」


 ナギは俺に背中を向け、首を横に振った。


「やっぱり、ゲームなんてくだらないわね」


 そして歩き出し、部屋の扉に向かう。


 遠ざかっていく背中に、俺は何気なく告げた。


「そっか。そんじゃ俺が引き継いじゃおうかな。お前が遊んでる姿見てたらやりたくなってき」

「ダメよ」


 俺の言葉を短く遮り、振り返るナギ。

 その瞳は鋭い眼光を放っていた。


「えっ? だ、だってつまらないんだろ?」

「そんなこと一言も言ってないわ。くだらないと言ったのよ。……それにこのゲームはわたしがクリアしなきゃ意味がないんだから……」


 どんどん声のボリュームが下がっていく。


 もじもじと体を動かして、何だか頬がいつもよりも赤みを帯びているような気もするけど……。


 とりあえず、理由を聞いてみようか。

「へ? そりゃなん」

「いいからダメよ。勝手に進めたら許さないから」


 急に怜悧さを取り戻した顔で睨み付けてきた。

 な、何なんだ! 情緒不安定か!


「わ、わかったよ。何もしないって……」

「ふん」


 ツン、と。俺から顔を背けたナギは、俺の部屋を出た。


 う、うーん……意外と楽しんでいる……のかな?

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