幼馴染とRPG その1
ナギ曰く、ゲームに興味を抱いたらしい。
……急に、なぜそんなことになったのか?
なんでも毎日毎日飽きもせずゲームにのめり込む俺の姿を見て、無気力でバカな人間をそこまで集中させる力があるのか、と感心したようで。自分も試してみたいとか。
凄くバカにされている気がするけど、自分の好きな物に興味を持ってくれたのは本当に嬉しい。
「ねえユウ。これは?」
ナギが棚に並べられたゲームソフトを手に取り、こちらに見せてくる。短いスカートを身に付けているので、見えそうで危ない。……いやチャンス?
「ユウってば」
「お、おお、悪い!」
振り向いてきたと同時に、俺は顔を持ち上げる。
パッケージに映っているのは、屈強そうな鎧を着込んだ戦士が黒い闇に捕らえられた美しい姫君に向かって必死に手を伸ばしているイラスト。俺がまだ小学校の頃に購入したレトロな、そしてとても思い入れがあるゲームの一つだ。
「ん? ……お、RPGか」
「? どうしたの急にアルファベットなんて……それにRの次はSよ。そこまで落ちぶれたの?」
「ちげーよ! RPGってのはゲームジャンル! ロールプレイングゲームの略称なんだよ!」
「……ろーる?」
「いいから始めてみろって。楽しいから」
首を傾げているナギからパッケージを受け取り、床に置かれたゲームハードにソフトを入れた。
隣にナギが腰を下ろしたのを確認してから電源をつけ、コントローラーを渡す。
暗闇だった画面に光が宿り、鮮やかなメロディーが流れ出した。始めて買った時の興奮を思い出し、思わず綻んでしまう。
そして、この後のオープニングムービーが特に最高なんだ。ナギもきっと気に入ってくれるはず。
「――えっと、スタートボタンはここね」
そんな俺の思いは、一つの操作で消え去った。
「な、何で押しちゃうんだよ!」
「何でって……画面下に『pussh start』って書いてあったじゃない。それに従ったまでよ」
な、なるほど……ぐうっ、否定できない。
事前に知らせていなかった俺が悪いしな……。
「ねえユウ。このゲームはどういったものなの?」
「ん? ……ああ、勇者である主人公が世界征服を目論んでいる魔王に攫われたお姫様を助けに行くっていうストーリーだよ」
実はオープニングムービーでそれが理解できるんだけど……まぁ仕方がない。
「主人公とお姫様はどういった関係なの?」
続く質問。
向けられてくる二つの瞳は、真剣なものを感じさせた。
その威圧感にたじろぎながら、俺は答える。
「お、幼なじみだよ。これは製作者の後日談で語られた内容なんだけど……何でも王族っていう理由で外に出ることができなかったお姫様に、主人公は小さい頃から城に忍び込んで会いに行っていたそうなんだ。毎日毎日……たわいない会話をするためにな」
「どうして主人公はそんな行動を?」
「勇者の子孫ということで主人公は王に謁見しに来たことがあってさ。その時にお姫様と出会ったらしいんだけど……そこで惚れたとかなんとか。それに、お姫様の事情も知っていたから会いにいっていたらしいよ。そのお陰で両思いになれたみたいだ」
「……へぇ、素敵な話じゃない」
そう言い、ジッとこちらを見つめてくるナギ。
無言のまま目を反らそうとはしない状態が続く。
「な、何だよ。俺の顔になんか付いてる?」
静寂に耐え切れず、俺はそう尋ねた。
「別に」
短い返答と共に、ぷいっ、とナギは画面に顔を戻した。
……その表情がムスっとしていたのはなぜだろう?
「えーと、主人公とヒロインの名前を決めてください、ね。ええと、ここをこうして……」
たどたどしい動作で、入力をしていく。
初々しい。俺も最初はあんな感じだったのかな。
そして、画面に名前が刻まれた。
主人公:勇者ナギ
ヒロイン:姫君ユウ
これでよろしいですか?
「はい」
「待て待て、見直してみろ」
俺の言葉に従い、画面を見つめ直すナギ。
そして、
「何よ。合っているじゃない」
「……お前の目には俺が女に見えてんのか?」
どう見たって逆だ。
ナギの瞳には何が映っているんだろう。
「……合ってるもん……」
そう考えていると、隣から小さな声が。
でもゲーム音に遮られて、よく聞こえなかった。
「何か言った?」
「別に何でもないわよ、バカ」
「な、何だよぅ」
急な暴言にシュンとした俺など気に留めず、ナギは操作を続けていく。
画面が明るく切り替わり、和やかなBGMが流れ始める。そして中央に主人公の姿が映し出された。
「? 動かさないのか?」
「え? ……ああ、もう操作できるのね」
ハッとしてコントローラーを握る手に再び力を込めるナギ。
あー、わかる。急に主人公の操作ができるようになると、気付くのに数秒かかったりする時があるなぁ。操作に慣れていない間は特に。
やがて勇者ナギは自分の部屋であろう小さな部屋で、挙動不審な行動を取り始めた。……これもわかる。ゲームを始めたての頃は、自分自身の手でうごかせることに感動して、とりあえずその場を動き回るよね。
「これ……どうしたらいいの?」
「まずは部屋の外に出てみ」
「ん」
軽く頷いたナギは、移動させるための左スティックを下に倒す。
ガチャリ、と。扉を開けるリアリティな音が聞こえた直後、画面が廊下に切り替わった。
『ついにこの日が来たわね。凪』
すると、廊下の先から一人の女性が現れた。
「この人は主人公の母親だな」
「むっ、おはようの挨拶もないのかしら」
「そ、そこらへんはゲームの製作者に言ってくれ」
こ、細かいな。そんなの気にしたことなかったよ。
……これはこの先、苦労しそうだなぁ。
さて。母親の話によれば、攫われた姫君の俺を助けるために勇者ナギが旅立つ日なのだとか。なのでその報告を王様にしていけ、ということだった。
勇者ナギは家を出ると、町の中を歩いていく。
「そうだナギ、民家には役立つ情報をくれる人がいたりするから活用した方がいい」
「民家?」
「ほらちょうど近くに家があるだろ? 試しに入ってみたらどうだ?」
「ええ」
答えながら、ナギは主人公を家に向かわせていく。
そして扉の前にたどり着くと、スティックを上に倒した。
ガチャリ、と。扉が開く。
「ち、ちょっと!」
「うおっ」
び、びっくりした。
珍しいな、こいつが大声を上げるなんて。
「ど、どうしたんだ?」
「……どうしたもこうしたもないわよ。この勇者、他人の家にノックもせずに入ったわ。挨拶もせず無言で土足で……」
「ったく、いけないヤツだなナギは……いでッ!」
頬をつねられた!
『やあナギ。購入した武具は装備しないと意味がないらしいよ。気を付けてね』
「勝手に土足で上がってきた失礼な相手にも関わらず優しく接してくれるなんて……こんなに心の広い方が存在するのね……」
「ナギ、そこのタンス調べてみろよ」
「え? ええ……」
勇者はナギはお金を手に入れた!
「……は?」
「家にあるタンスやツボとかにはアイテムが隠されていることがあるんだ。こまめに――」
「ど、泥棒じゃない! こんな心優しい人の家で窃盗を働くなんて! なんてヤツなの勇者ナギ……!」
お前の分身だけどな。
そうツッコミたい衝動を抑えて見守っていると、やっと王宮の前までやって来た。
『ようこそ勇者様。よくぞお越しくださいました』
「あ、兵士さんね。この勇者を牢獄に」
「おいコラ、ゲームが終わるだろうが。早く俺を助けにいってくれ」
「えー……」
何で嫌そうなんだよ。
怪訝な表情のまま、ナギは操作を続けていく。
そして王様の前までやってきた。
旅立ちの報告をすると、王様は励ましの言葉に加え軍資金と簡素な剣を贈呈してくれた。
「さあ、ここから冒険の始まりだな!」
「……これだけ?」
ギロリと王様を睨み付けるナギ。
「へ?」
「だって……魔王っていう敵のアジトに乗り込むんでしょう? 兵士を数百千譲ってくれたり、もっと強力な武具とかお金だってこんな……この人、本当に娘を救って欲しいの?」
憤りながら、ナギは再び王様に話しかける。
『では、行くのじゃ勇者よ!』
『では、行くのじゃ勇者よ!』
『では、行くのじゃ勇者よ!』
『では、行くのじゃ勇者よ!』
『では、行く――』
「……頑なに譲ろうとしないわね。それに何? お願いする立場なのにこの偉そうな態度は」
「も、もうやめてやれ。王様が可哀想だろ」
「可哀想なのは勇者とお姫様の方よ――ハッ!」
そこで、ナギは目を見開いた。
何かに気付いたと言いたげな表情でこっちを見て、
「この人……まさか、魔王の手先なんじゃ!」
「ええッ!?」
そ、その発想はなかった!
「だって明らかに可笑しいじゃない。非協力的で、自分の娘を攫われた父親の様子に見えないわ。……前に読んだミステリー小説であったのよ。実は身内が事件の黒幕だったっていうのが……」
結局ストーリーが進んだのは、三十分ほど後のことだった。
ちなみに王様は敵じゃありません。
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