ハーモニカと少年の思い出
ずっと会いたいと思ってた人が、実は今日一緒にいた人だった……。
1人パニックを起こしてしまったリィルは、走って丘の下に行ってしまった。
事の流れを静観していたマリーは、うーんと唸った。
「……あー、ちょっと慣れれば平気かと思ったんだけどねー」
まさかそんな理由でおれ達を巻き込んだのか、この人。やっぱりダメだったわーと呟いて苦笑を浮かべた姉さんだけど、ニールは1人、妹分の後を追いかけようとしている。
「マリー姉、リィルを一人にしていいのか?」
そんな彼に、マリーは心配ご無用と言いたげににっこりした。
「近くにいる分には、危険が及んだ時に魔法具で分かるわ」
まあそれでも心配だからと、マリーは丘の上から様子を見にいってしまった。
一方ラルクの方は、うーんと考えこんでいる。
ええと、…巫女さまとここで会ってたっけ…。うーんと頭を逡巡させながら、幼い頃の記憶を探ってみる。アリスはと言えば、そんな様子のラルクに、半ば呆れているようだ。
「……ちょっと。まだ思い出せないの?」
「ま、待って。今思い出せそうで……」
ごそごそとポケットからハーモニカを取り出してみる。
ハーモニカ……緑色の女の子……祭り…
あと何か、あるような…
ふと、ここから正門を見つめた。父さんの帰りを待ってた時。誰かいたっけ……
その時、ふと小さな人影が頭の中に浮かんできた。いつも1人で来ていた場所に誰かがやって来た日が
たった一度だけ…
「……思い出した…かも」
「マジかよ!?」
脳裏によぎった事を一つ一つ思い出しながらああ、成る程と自ら納得してしまった。するとエメラルド色のあの子が。
「その子、歌をうたってた…」
「へー、他には?」
アリスの目がきらきらとしていた、少し話さなくちゃダメかな…。
あまり大した思い出じゃないし、おれは少し照れくさい気がしたけれど。
******
最初見た時に、ひょっとしたらって思いがあった。
それから話してみて、名前を聞いて。
びっくりしたのが、彼がハーモニカを持っていたことで、わたしの中に確信が生まれた。
けれど、同時にわかってしまった。
……わたしだけが覚えてる事なのに、いきなり言ったとしても、信じてくれるのかな。
数年前の事。
その時のわたしは、年に一度のお祭りの日で、祭壇でお祈りを捧げる役を担っていた。
初めての巫女のお仕事を任された事で、幼いわたしは緊張していて、周りの人達の事は朧げだ。ただ、大人達が忙しそうにしていた事はよく覚えている。それを、小さなわたしはぼーっと見ている事しか出来なくて……
そんな時だった。
……小さな音色がした。澄んだ、高いソプラノの音。
音に引かれるように辿っていくと、丘の上から聞こえた。登っていくと、同い年くらいの男の子が楽しそうに楽器を吹いていた。それがどうしても気になって、わたしは尋ねた
「だぁれ?」
初めて視界にお互いの姿が瞳に映った、青い瞳の中にエメラルド色が見える。それも少しの間で、その少年は口を開いた
「きみの方こそ、誰?」
そっか。……あ、でも大人の人に、巫女だって言っちゃだめだよって言われてるし……
「み…巫女さまのお手伝いをしてるんだよ」
うそ言っちゃった…でもしょうがないよね、大人のひとがそういうんだもんね。
その男の子は、えらいね、と笑った。
「ぼくね、おとうさんが無事に帰って来るようにってお願いしてたんだ」
あっけらかんとその子は続けた。
「すごく強いんだよ。けれどこの前から帰ってこなくて、これ吹いてたの」
てのひらを開いて見せてくれたのは、銀色に光る大きなハーモニカだった。
おとうさんがくれた楽器なんだよ、とにこにこしていた。なんだか、わたしまで嬉しくなった。
「この音色が好きだったから、吹いたら戻ってくるかもって…」
「あのね。それの音、聞きたいな」
するとうれしそうに、何度も吹いてくれた。わたしも楽しくなって、音楽に合わせて歌った。
暖かくて、楽しくて、ふんわりとした時間はすぐに過ぎてしまった。
「…けほっ……けほっ」
「だいじょうぶ?」
咳き込みながら、弱々しく笑った男の子が、うんいつもそうなんだ。けどおねえちゃんがつよくて、いつも助けてくれると笑っていた。
「ごめんね、もうハーモニカ吹けないや」
「大丈夫だよ。わたしも、戻らないといけないから…」
だから、もう帰らなくちゃ…と思って、丘を降りて帰ろうとしていた。
その時男の子は、そっかあと頷いた後に
「あのね、きみの歌とても上手だった!」
「……ほんと?」
とてもうれしくなって、びっくりして思わず恥ずかしくなってしまったけど、ちゃんとお返事出来ているのかな。
「うん。今度また遊びにきてくれる?」
にこにこと無邪気に笑うその男の子に、うんと頷いて、わたしは少年と別れてしまった。
結局、その約束をしてから一回もあの場所に行ったことがない。
あの時のわたしは、誰かから素直に褒められたことがなかった。『巫女』は出来て当たり前だったから。でも、ほんとはそう言われたかったんだと思う。
わたしは、この時だけふつうの女の子になれた気がしたのだ。少しの時間でも、とても楽しかった。
わたしは時が経っても思い出していた。今でもハーモニカの音色とあの時の事は鮮明だった。
……何も言えなかった。
一目会えればいいと思ってた。それでも楽しくて、一緒にいるだけで心が軽くなっていって。それだけでよかった。またお別れしても、何も言わなかったら思い出の中に戻っていってくれるはずだから。そうしたかったの。
「…ここ……どこ……?」
パニックから一人でうろうろしていた挙げ句、道に迷ってしまった。…もうやだ。
もう怒りたいのか泣きたいのか、気持ちがぐちゃぐちゃになってて、自分がよくわからない。やけに頭が熱くなってて、体を動かしててないと頭が変になりそうだ。泣きたいのもどうにかこうにか抑えていたのに、視界がぼやけてきた、涙目になってるせいかな。
もう自分が嫌になってくる、このまま神殿に戻ることだって出来る。
帰って、それから全て忘れた事にして…できるかな?わたしは巫女だから、この世界の幸福だけを考えて、祈りを捧げていればいいんだよ。
今日の事は、忘れて……
「……むりかも」
ほろっと涙がこぼれ落ちる。
そんなの駄目、出来ないよ。こんなに思い出せるよ。今日だけで沢山の知らない事を知った。
素敵な幼なじみがいて、優しくて、少し頼りなさそうだけど……夢でみてた時よりずっとよかった。あなたと友達になれた、気がしたの。
もっと願ったらだめかな。もっと色んな事を知りたいって思ったら…
どんどん大きくなっていく、この渦みたいな気持ちに名前を付けるとしたら。
「…」
…とにかく、連れ出してくれたマリーとアリスさん、お兄ちゃんにも後でお礼言わないと。ここまでわたしの我が儘を聞いてくれたんだから。うん。
でも、ラルクにはなんて言おう……
「待て」
リィルは我に返りはっとする。目の前に、見覚えのある格好の人が立っていた。
「巫女様ですね、マリー殿は居ないのですか?」
……そうだ、神殿に控える兵士の格好。とうとう見つかってしまった。わたしこのまま、連れ戻されちゃうのかな。
(どうすればいい?)
もう少し待ってって言えば、彼は聞いてくれるかな。ダメかな。
「さあ、我々と共に神殿へ戻りましょう」
「…わたし、マリーも一緒じゃないと嫌です」
「マリー殿の事は我々がどうにかいたします」
兵士は柔和な笑みを見せて、わたしの手をとった
「帰りましょうか巫女様」
「……いや!まだ帰らない!」
こんな終わり方はやだよ。気付いた事があったのに、皆にお礼を言いたい、
……ラルクに言いたい事がある気がする。
会って話したい。
彼の顔が、どうしてか頭をよぎった…
「…?」
その時だ。
リィルと兵士の視界に、不意に光が差し込んだ。見上げれば淡い緑色の光と、人影。そこに、本当にほんとうに本物のラルクが……
「……うわあああーーーーー!!」
……上から、降ってきた。
******
話を戻すこと少し前。
「……きっと、リィルは約束を果たしに来たんだと思う…」
「また、遊びに来てくれる?」って深く考えずに言った当時の自分が、ちょっと恨めしい。
きっと巫女さま、嬉しかったんだな。幼い時の口約束を、ずっと覚えていたんだから。
アリスは黙って聞いていたけれど、はーっと息を吐き出した。
「おれ、忘れちゃってたのにな…」
「いいじゃない、ちゃんと思い出せたんだから」
そんなものなのか。
ふと、ニールがさっきから静かなのが気になったので、そちらの方を見ると。
胡乱そうな目でこっちをみている。……どうした!
「お前、リィルからなんてものを奪ったんだ」
「……ねえ、こいつのテンションがおかしい」
「まあまあ」
思わずアリスの方に向き直って助けを求めるみたいになってしまった。
兄的存在のニールは複雑なのか、テンションが微妙におかしくなっていたようだ。アリスがニールの肩を軽く叩いて落ち着かせている。
「アリスー!俺はとてもさみしい!」
「ちょっと!バカ言ってないで放して!」
あ、アリスに抱きついてるから元気だわ。その後ぱしーん、と本日三回目の平手打ちが決まった。
「あちゃー、まずいことになってるわ」
戻ってきた姉さんは、頭を押さえている。どうしたんだと訊ねれば、すっと丘の下を指差した。
気になって覗きこむと、そこにリィルと、店に来たゴリラとは別の兵士がいる。
あ、そうか。忘れかけていたけれど、リィルは神殿から抜け出したまま、探されていたんだった。
「……今から走っても間に合うかどうか」
「わ、やばい!」
ぐらり、揺れる身体。おれは下を見るのに意識を集中させていたせいか、屈みこんだ格好のままバランスを崩しかけていた
「ばか、危ないわよ!」
慌てた姉さんが、こちらへ手を伸ばしてくれた。届いたらきっと、引き上げてくれるとおれも手を伸ばす。
「……ん?まてよ…『…今ここに、新たな息吹を…』」
「…ね、姉さん?」
お姉さま、なんでここで魔法の詠唱を始めているんですか?!どうにかバランスを持ちこたえてるこっちのこと考えてないだろ。
「…ラルク、落っこちるついでに、ちょっとリィル様助けてあげて。落ちても痛くないように、魔法使ってあげるから」
そんな近所にお使い行ってきて、みたいなノリで言わないでよ!もしかして今の、そのための魔法か?!
「後でいくから!『……彼の者を運べ、《ゼピュロス》!』」
ほんとに姉さんはむちゃくちゃだ。
風の魔法を使って、おれの体はいとも簡単に宙に放り出された。
「え、うそまって、うわあああーーーーー!!」
「……」
風の魔術はラルクの体を垂直に落下させると同時に真下に風を起こした。
下にいたリィルと兵士の二人は、吹き付ける風圧に驚き、目を閉じる。それから程なくリィルの耳に、どさっと言う音がした。
「いったた……、うわ気絶してる」
兵士を下敷きに落ちて来たラルクは地味に尻餅をついて仰向けに落ちて来たらしく、背中と頭を押さえながら立ち上がった。エアバック代りの風魔法も距離が近くて気休めにしかならなかったのかもしれない。姉さんのばか!
因みに兵士の方は、昏倒していた。やばい!いくらリィルが逃げてる相手でも、別に悪い奴じゃない。
……この人生きてるか?
一応呼吸を確認すると、呼吸していたので一安心だ。
「…えっ!?上にいた……の?」
すみません、こんなへたれで格好もつかない奴がピンチを助けてしまった。
「簡単に言うと、姉さんに落とされた……」
「……ほええ!!」
「ほんとさ、むちゃくちゃだよ。でも背中打ったくらいで無傷だったけどな!」
「…ふふっ」
小さく笑っていたリィルだったが、やがて堪えきれないように声を上げて笑いだした
「あははははっ」
すっごい無茶苦茶。まさか上から人が落ちてくるなんてありえない。それなのにやっぱり嬉しくて、リィルは思わず吹き出してしまった。
何を悩んでたんだろう。もう最初からわかってたことなのに、と少女は思う。
「あのね、ラルクはやっぱりいい人だった」
「なんか喜びにくいよ」
「でね、夢の中よりも好きになったの」
「どーも……ってええっ!?」
それより夢の中って何?君の夢におれが出てくるのか……?と考えてしまうラルク。
「……あ、違うの!夢は関係なくて、ええと仲良くして下さい」
友達になりたいとかそういうやつを言いたいんだよな、きっと。好きってそっちか…?まあいいんだけど、少し虚しい気もするけれど、ラルクも悪い気はしないので、頷いた
「仲良く…。まあ別にいいけど」
「……ありがとう!優しいから大好き!」
にこにこにこにこ
後光が差しこむ感じの爽やかな笑顔が目の前に。ちょっと可愛い。とか思ってうろたえたラルクだった
「あのなリィル、そういうの軽く言わないほうがいいから!」
「なんで…?」
むしろなんで不思議がるんだ、巫女さま。
「なんか意味ずれてるし、少し恥じらった方がいい!」
「本当の気持ち言ったら、いけないの?」
「そうじゃなくてさ……、そうそう真に受ける奴だっているだろ。友達に好きだってあんまり言わないし」
リィルは急に何かに気付いたように妙に冷静な表情でおれを見た。
「友達……?」
「そうそう」
少女はちょっとムッと膨れると、頷いてるラルクには聞こえないような小声で呟いた
「……ちょっと違うもん」
「なんかいった?」
「ううん。わたしもっと頑張る」
「なんか張りきってる?!」
おれにはよくわからない上に何かを頑張るつもりだ。
頭打ってないよな、怪我してないよな?
「二人とも無事か?」
ちょうど丘から降りて来たニールが駆け寄って来た。その後ろからアリスと姉さんが歩いてくる。
「結果オーライってところね」
「どの辺を見て言ってんの?!」
気絶してる兵士が、とばっちり受けてるから!落ち着いたし、怪我してたら治してあげよう……
「やっぱりここか…」
落ち着いた男の声が皆の耳に届く。マリーはあからさまに「げっ」と顔をしかめた。
「へ?あ、兄貴……?!」
「騒動が落ち着いてみれば、お前達がいないから探してたんだよ」
「あ、ええと……」
あ、ヤバい。サハラさんにはリィルのことを何も知らせてなかった…。リィルはこっそりフードをかぶり直している。
サハラさんは、逃げようとしていた姉さんの手を掴んで、にっこりとした。それをみた姉さんの顔色はみるみる悪くなっている。
「やっと捕まえた。とにかくマリーから、今までの事情は聞かせてもらうことにして」
「あの、マリーは悪くないのです!わたしがわがままをいったから…」
「わかってる。彼女にひどいことはしないので、安心してください」
……とにかく、よかった。サハラさんなら安心かな。姉さんも少しは懲りてくれるといいけれど。
姉さんは、「くっ、放せ!」って吠えていた。……ニールはそっと目を閉じていた。
だから二人とも、そんなにサハラさんが怖いのか?!
「巫女さま。今までは彼らが一緒だから目を瞑ってましたが、もう…」
「……はい。神殿に戻ります」
それにリィルは、意外にも頷いた。
「宜しいのですか?」
「……はい」
少女は笑った。
とっても楽しかったから、もう充分です。と言って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます