どうびっくりした?
オランの一族は、先祖を遡ると二つの国の争いを治めた『太陽の勇者』に仕えた戦士だったと言われている。
争いを治め、『太陽と砂漠の国』をまとめた『太陽の勇者』からディオールの地を守るように言われたのだと。そのため、彼らは先祖代々この地を守っている。
数世代に一人生まれる先祖返りの子は、太陽の勇者に仕えた戦士の名前をつけられる。彼も先祖返りであり、誇り高き猿人のような顔と力を持っていた。
その名前は『ウルフ』。
今のウルフ……ゴリラも、オランの一族に期待をされて育てられていた。『この子はきっと、この地を守る強い子になる』『ディオール1強い戦士になってくれる』そう言われていたし、幼い彼もそれを疑わなかった。
だがしかし、同級生に英雄の娘のマリーと、司祭の息子のサハラがいた。
はっきり言えば、マリーもサハラも勉強と運動をやらせれば天才だった。規格外と言ってもいい。
かたや5歳で、町の外へ出掛けて(親同伴とはいえ)魔物を一人でやっつけたり、かたや5歳で難しい聖書の全文を丸暗記していたり。
ウルフは力が強く、運動が得意であるし、一般人と比べれば強いであろう。
だが、天才とは違った。
オランの一族は当初、二人の天才児とウルフを比べて彼にも同じことをやらせようとした、だがそれは無理な話だった。
まあ、それからオランの一族は二人を妬んで悪いことをやってたことが発覚、幼いウルフにも行き過ぎた教育をしていたとなり、彼の両親と親戚一同は捕まったのだが。
彼にも幼い頃の話だから詳しくは知らないのだが、そのあとサハラの父親であるヴィオレット司祭が後見人となって、神殿に住まわせ、他の子供達と同じように育てられた。
そんな負い目があるゴリラだが、やはり強くなりたくて、強い奴と腕試しをするようになった。
ことあるごとにマリーに戦いを申し込んでみるが、いつもかわされる。サハラはそもそも相手にしてくれない。ココットは……小さな頃、本気を出してる様を見て恐怖したのでやめてやる。
相手にされないので、マリーのことを彼女の弟に聞こうとしたら、スゴく弱そうだった。しかも女の子に守られてるし。
それを自分の妹に話したら、「お兄ちゃん、ラルクのことをいじめたらだめ!」……妹よ、もしかしてあんな奴に気があるのか?!と心配になった。
兎も角、そんな些細なことから気がついたら好きになっていたらしい。柄にもなく星刻祭の言い伝えを気にしてそわそわするくらいには。
そして、こんなバカをしてしまうくらいに。
「……うそ、だろ」
イフリートを呼ぶはずが、サラマンダーを…しかも巨大だった…を呼んでしまった俺の身体は、マナを使いすぎて動けなくなっていた。……ココットの言う通り慣れないことをやるんじゃなかったと少し後悔しながら、ぼんやりとサラマンダーを鎮めようとする年下達を見ていた。
霧が晴れていく。するとサラマンダーと対峙していたマリーの弟の前に、マリーがいた。
瞬間、飛んだ。
大きく飛び上がった彼女は、空中で両手に持つ刃物を交差させて、手早く魔法を発動した。刃に水を纏わせると、それを振るって剣圧を飛ばした。
更に落下にあわせて体を捻って回転。サラマンダーの背中に斬撃を加えていた。
その一つ一つが、今の俺には眩しかった。
「マリーったら。きっと今までどっかで見てたよね…」
「……?!」
…俺の呼び掛けには出てこないくせに、弟のピンチには颯爽と現れるのか……
隣で見ていたココットは、呆れながらも
「あんたも妹ちゃんのピンチには駆けつけるでしょ」
と言われてしまった。
それは当たり前だ。すごく大事な妹なんだよ!悪いかよ!と返せば、それに彼女は「べつに悪くないわよ」と更にため息を一つ。同い年なのに、どうして女ってやつは俺をガキ扱いをするんだよ。
「それと一緒。…兄弟にやきもきする男は醜いわよ?」
そして、コイツの言葉はなかなか刺さる。見た目清楚なくせに辛いのだ。普段インドア生活をしているから、あまり知られていないが。
そんなやり取りをしている間にも、マリーはサラマンダー相手に華麗な剣裁きを披露し、その間にマリーの弟はハーモニカ?っていう楽器を吹いている。
ただ奏でている訳じゃないそうだ。音楽による特殊な魔法で、暴走した精霊を鎮める魔法だ。
心地よく澄んだ音色が、広場を包み込んでいくのが感じられる。不思議と暖かな日だまりにいるような、どこか優しい気持ちにさせられた。
「……なんだよ、お前も充分…」
ひ弱だと思ってたが、しっかり英雄の血を継いでるじゃないか。こんなのありかよ……。
ゴリラが知る限り、この魔法の使い手は、彼らマルカート姉弟の父親くらいしか知らない。
……暫くして、サラマンダーが大人しくなったころ、広場に神殿の鎮圧部隊が駆け付けていた。
ラルク達からこの場を引き継いだ彼らは、サラマンダーの保護と現場の燃えた箇所を魔法で修復し始めていた。
「話は、弟から聞いた」
お前さ、なんでこう言うことするんだ?
という顔つきでサハラがこっちを見てくる。なまじ顔の造りが綺麗な分、感情のない表情をされると怖い気がした。
一緒にいたココットは、頭を押さえていた。
「…ウルフ頑張って!」
「味方してくれねーのかよ!」
なんでしなきゃいけないのよ!って返された。す、すまない……。
サハラは神殿の鎮圧部隊と一緒に現れた。そらそうか、俺があんなことして、きっとサハラの親父さん、カンカンだろうな……
「ここで色々聞きたい所だが、僕にもやることがあるんだ」
「心配しなくても、逃げねぇよ」
さあどうだか、と言いたそうだったが。
そこに、俺の妹が駆け寄ってきた。
「…あ!お兄ちゃんどうしたの、大丈夫?」
「ああラヴィニア、兄ちゃんは大丈夫だ」
ふわふわの栗毛に、俺とは似ても似つかない可愛い顔をした自慢の妹だ。
さっきのサラマンダーに怪我を受けたのかと思ったらしい。
すまん、兄ちゃんそれを呼び寄せてから、疲れて立てないだけだから…とは流石に言えなかった。
「ごめんね、ココお姉さま。いつもお兄ちゃんが迷惑かけて」
気にしないで、とココットが返す。
いや今回はたまたまで、普段は迷惑かけてねぇからな!
「ところで、焦ってどうしたの?」
「あ、えーと…」
ラヴィニアは、もじもじとしながら、手に持ったシャスラの花を、サハラに差し出した。
「はい、サハラお兄さんにいっつも渡せないから!今年こそはと思って……」
「貰っていいのかい?」
「あの、お返事はいいので!つたえたかっただけで……」
サハラはスマートに、花を貰っていた。
俺は我が目を疑った。
妹が、サハラに花を渡している、だって?!
星刻祭では、女性が好きな人にシャスラの花を渡す。もらった男性は、OKなら女性から受け取った花を女性の髪につけると言うわけだ。シャスラの花びらは真っ白な花で、魔力を込めると魔力の色に染まりやすい。
付ける時に、男性は花びらに魔力を込めて付けるのも習わしである。
「……え、なに、どういう……お前、昔マリーの弟がどうの言って…え?」
「なにいってんの?それ、いつの話なのよ」
驚く俺に、妹は明るくからからと笑っていた。ど、どういうことだ?!
「もー、自分がマリー姉を好きだからって、私がその弟とか単純すぎるし」
「へぇ、そうだったの?」
「お兄ちゃんは昔からそうですよ」
サハラに話すな妹よ…後でからかわれるじゃねぇか…!
後から聞いた話によればラヴィニアのタイプは強くて優しくてイケメンの年上の男性、らしい。
そういえば俺、今まで勝手にマリーの弟の事をラヴィニアの好きな奴と勘違いしていて辛く当たっていたかもしんない…あ、ヤバいな…。
「あれ、お兄ちゃんが凹んでる」
「そっとしときましょ。今日は色々あったから」
******
はっくしょん、とラルクが盛大なくしゃみを一つ。リィルは大丈夫ですか?と訊ねた。
鼻をすすりながら、ラルクは首をかしげた。
「…うう…風邪かなあ」
「無理するなよ」
幼なじみの言葉はありがたかったけど、今はそんな事より姉さんだ。
広場でのサラマンダー騒動を、姉さんの協力で落ち着かせることが出来たおれ達。神殿の兵士達が到着した頃には、巨体は大分小さくなって落ち着きを取り戻していた、ハーモニカの力が聞いたのかな。とにかくよかった。
ニールが予めこちらの状況を伝えていなので、兵士達との引き継ぎもスムーズに行われた。サラマンダーは神殿で保護してから、返してあげるそうだ。おれ達にもお祭りが終わったらまた改めて話を聞きに来るそうだ。
そんなおれ達は今、何故か広場を離れて市街地の方へ向かっている。それは姉さんの『リィル様の探し人の手掛かり知りたくない?』そんな一言で。
「なんで、姉さんがそんなこと知ってるのさ」
「それはね……」
あんたにもゆかりのある場所だからよ、と笑った。
……え、そうだったのか?!
「そうよ。やっとリィル様を連れ出したのに、あんた達は…」
姉さんが手引きをしたことをリィルから聞いてたんだけど、本人から聞くとなんだか今までのことを愚痴りたくなってくる。
「なにいってんだよ。おれ達だって大変だったんだぞ!うちの店に物騒な奴らが来て、追いかけられてんだから!」
姉さんは冷静そうにおれの話を聞くと、「あ~、それはねぇ…」と頭をポリポリと掻いていた。
「それに、サハラさんも姉さんのことを心配してたんだからな!」
「……あー、ソウデスカ」
尊大なお姉様の顔色が乾いていた。
姉さんはおれがサハラさんのことを言うと、遠い目をよくするのだ。
「あ、マリー姉。多分兄貴には色々バレてると思います。俺達がリィルを連れてるのも、分かってて見逃してる気がするし…」
「……そ、ニール。あれに上手く言っておいてくれない?」
「兄貴に勝てないから無理っす」
さらりとニールは返した。
姉さんが納得いかなそうにむっとしているのは、少し珍しい。姉さんとニール曰く、二人には怖い時があるらしい。ニールは兄弟だからそういうときもあるかもしれないけど、姉さんには不思議だった。あんなに迷惑かけられてるのに、笑って許してくれる人まずいないのにな。
「サハラさん、優しいから大丈夫だろ?姉さんにだって……」
「はぁ…頭痛くなってきたわ」
なんで?!
ニールはすごく頷いてるし、…目線の合ったリィルは苦笑をしながら黙っているし、何か言って…!
「けどまあ、もしもの為に秘密基地の場所教えといてよかったわ」
姉がわざとらしく切り替えるように言われた台詞に、おれ達幼なじみ三人ともが、思ったことをそれぞれ口に出した。
「マジか」
「マリー姉かよ」
「それじゃ、秘密基地じゃなくなっちゃうじゃないですか」
ホントだよな。リィルが都合良くあそこにたどり着いてたのも、姉さんが一枚噛んでたのか。
しかもおれ達の子供の頃の基地の場所を…彼処に行かなかったらどうするつもりだったんだよもう。
姉さんは更にこう言い始めた。「人の目に見つかりにくいし、元々あの場所を見つけてラルク達に譲ったのはあたしよ?」
まあそうだけど、秘密基地の意味なくない!?
姉さんはお得意の飄々とした表情で、にんまりと笑顔を作った。
「堅いこと言わない!文句言われても教えちゃったんだから」
「それで済ますんだ…」
こうなったらもう、何を言っても無駄だし。知ってか知らずか姉さんは、リィルの方に顔を向けた。
「けれど、リィル様が運よくラルク達に会えていて安心したわ」
「そうですね」
それにアリスは、首を傾げていた
「マリーさん。私たちを巫女さまのお願いに巻き込むつもりでしたよね?」
姉さんは目を丸く輝かせて『ご名答!』とアリスへ返したが、アリスはあまり納得してない様子で、そこが不思議なのよ、と言ってから続けた。
「巫女さまを何も知らない私たちより、手掛かりを知ってたマリーさんの方がよかったんじゃないですか?」
「まあ、そうかもね。でもこれはあたしじゃだめなのよ」
だってほら、今あたしは神殿の兵士から追われているし。
姉さんは明るく言ってのけたけど、アリスは金色の瞳を細めながら
「マリーさん、何か隠してない?」
「……アリス、あんた最近ココに似てきたわね」
それから続けて、着いたら分かるわよ。とだけ呟くと、姉さんは黙ってしまった。
それから、丘にやってくると坂を上り頂上を目指した。歩き続けていると、やがて開けた場所に出た。
ここは神殿からも近い、街の正門が見える見晴らしのよい場所だ。あまり人が寄りつかないので、隠れた名所になっている。
「ここ……!」
幼い頃、よく来ていた場所だった。祭りがある度に、父さんが帰ってくるんじゃないかと期待して、正門を見ながら父さんが通るのを待っていたのだ。
そしたら、一番に母さんに教えてあげなくちゃと、いつもいつも……
「父さんを、待ってたんだ……ここで」
おれの様子に、目を丸くさせていたリィルは、少し考えながら訊ねてきた。
「…もしかして、ハーモニカ、吹いて……?」
「そうそう。……あれ、なんで分かるの?」
「……!!」
こっちを見たリィルの顔が、泣きそうな表情をしているのに、なのに少し嬉しそうで…おれは頭を捻っていると、アリスが何かを察したらしい。
「リィルちゃん、何か分かったの?」
「ここ、わたし一回だけ来たことあるのです…」
え?とおれ達三人が声を揃えて驚いていると、リィルは口を開いた。
「わたしが会いたかった人というのは、ここで会った男の子なのです」
更にリィルは続けた。
その子は、ハーモニカを吹いてお父さんの帰りを待っていたのです…と。
つまり、ええと…待って、展開についていけない!
「…つまり、会いたかった人がラルク…?!」
「落ち着け、アリス!」
やっぱりそうなのか?!
けれど、おれ…リィルらしい女の子に会った記憶なんて……あったっけ?
「姉さん!どういうことだよ!」
「間違いなく会ってるわよ。あたしにこんなことあったよーって、まだ幼い頃に話してくれたんだから」
「……え、ホントに?」
うむ、と姉は尊大に首肯く。
え、そうだったっけ…。エメラルド色の女の子……だと思うんだけど、ええと。
真面目に記憶を思いだそうとして、リィルをまじまじと見ていると、向こうの方が狼狽えてしまった。失礼だと思ったおれは、慌てて謝った。
「…それでリィル様、何か言うことないの?」
「……あ、会えたらいいなと思ってたので……その……」
会いたい人が見つかった時、リィルがちゃんと言えなかったらどうしようと思ってたんだよな。まさか自分(多分)とは思ってなかったけどさ!
…いや、予想以上にしどろもどろになってないか?!緊張してるせいか、顔色が赤いし心配になってきた。
「…大丈夫?そんなに緊張しなくていいよ。顔色もなんか…」
「……!?わ、わたし、少し頭を冷やしてきます!!」
………え?
リィルは突然パニックになったのか、ものすごい勢いで早足で丘を降りていった。
……巫女さま、大丈夫かなあ。
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