よかれと思って街観光
からんころーん、と涼やかなベルの音が店内に広がる。
ここはディオールにある宿屋の内の一つ。店内の一角にお客さんが話をしながらご飯を楽しめるスペースがあるのだ。
ラルクは疲れたので、テーブルに突っ伏す感じでぐったりしていた。己の体力のなさを痛感する。…鍛えておけば良かった、と思うほど。
それよりも神殿に住むリィルの方がよっぽど元気そうとか、少年的には余計にへこむ。
神殿兵士の突然の襲撃から逃げて来たラルク達は、休憩しながら状況を整理してみることにしたのだ。
ゴリラことウルフはラルクを捕まえようとしてきた。神殿兵士につかまえなくていいとサハラは言ってくれると言ってた。彼は聞いていないのか、それとも。
「…やっぱり兄貴、何も言ってないんじゃないか?」
少し黙っていたアリスは、ちょっと聞いてみるわね、と言い残してすっと立ち上がると、席から離れてしまった。
「……ところで、リィル」
「どうしたのお兄ちゃん」
きょとんと目を丸くした少女に、ニールは
「無闇にあの力を使うな。人に向けて使うものじゃないんだって言われなかったか?」
「……だって、ラルクが」
「ああいう時は、普通の魔法を使うんだよ」
「普通の…」
そこは普通の魔法でもダメだろ、とツッコミしたかったが、そんな元気はなかった。
それとあれ、やっぱり巫女の力の一部ってことなのかな。
「なんだなんだ、しけた面しやがってよ」
明るいよくとおる壮年の男の声が、おれ達のいるテーブルに近づいてくる。慌ててテーブルから顔をあげると、料理を持ってやって来た宿屋のご主人が立っていた。
「おう、ラルク坊や。またマリーがやらかしたのか?お前さんも災難だな」
「実は…」
これまでのことをかいつまんで話すと、おじさんはあっはっはっと笑いだした
「それは災難だったなあ、まあこれ食って元気出せ」
話してる途中で、アリスは女性と一緒に戻ってきた。隣に立つ幼なじみによく似た黒髪と金の瞳であるが、女性の方が少し年上……アリスの姉、ココットさんだ。
「もう。笑い事じゃなかったのよパパ!」
「すまないアリス」
因みに、ここのご主人はアリス達姉妹の父親だったりする。人当たりがよく、社交的な人なのだ。
「はあ、ウルフの奴にも困り者ね」
「ココットさん、幼なじみの力で何とかなりませんかね」
「それ言ったら、ご近所の君のお兄さんとラルクのお姉さんも幼なじみになるわよ」
ラルクはこっそり(……濃いなー、面子)と心の中で思った。
ココットさんには悪いが、彼女が姉さんとサハラさんとゴリラと年の近い幼なじみだと考えると、スゴい絵面になる気がする。
「そういやな、さっき来た神殿兵士のお客さんに聞いてみたんだが、弟を追わなくていいと上に言われたと言っていたみたいだな」
ウルフをはじめとした下っぱにも集めて伝えたんだと話していたという。
「…それ、上司の命令を無視してるし、独断専行ってことになるだろ」
極めて冷静に、ニールは呟く。
それから続けて、ゴリラは普段、人一倍命令違反にうるさく、あれで自分にも厳しいらしいとサハラから聞いたことあるらしい。
それならどうして?
おれ達は揃って首を傾げて、うーんと考えていたが、奴のことを詳しく知らないし、結論的にわからなかった。
そんなおれ達の様子を見ていたココットさんは、少し考えた後に淡く笑みを浮かべると
「ウルフもバカなのよねぇ」
と呟いた。
「お姉ちゃん、何か分かるの?」
「んー。きっとあなた達からしたらくだらないことだから、気にしなくていいんじゃないかな」
あっさりとそういった。
さらに付け足して。あいつ単純だからと苦笑しながら。
そんなもんでいいのか、ココットさん。
うーんと考え込むおれ達を見かねたのか、ココットさんが一旦引っ込むと、何か布のようなものを、持って戻ってくる。
「ほら、ウルフは私が探してみるから、あなた達は気にせずお祭りにいきなさい」
「でも、それだとお姉ちゃんが」
「そのフードの子のお願いを叶えてあげるのでしょ?」
アリス達も私のことは気にしなくていいの。店はパパとママでどうにかなるんだから、とココットさんは苦笑した。
「でも、お姉ちゃんってば普段すっごくインドアだし、急に外に出て大丈夫なの?」
ココットさんは、ちょっと考えてから大丈夫大丈夫、と根拠のない自信で頷いている。清楚で品のよい人で社交的そうなのに、人間てわからないものだな。
そして、布はラルクに手渡された。
「はいこれ。暫く被っておいて」
それは、リィルが被っているようなフードつきのマントだった。
なんだかんだあったが、四人は屋台が並ぶ広場にやって来た。
相変わらずの人々の賑わいと活気に満ちており、そこかしこから、呼び込みの声が飛び交っている。
「みんな、はぐれちゃ駄目よ」
「じゃ、手でも繋ぐ?」
早速ぱしーんという音がした。あれ、今日二回目じゃないか…このパターン。
「……理不尽だ…」
「あわわわわ」
「ごめんなさい、反射的に…」
「無意識なの?!」
リィルがフードを被っていてもわかるくらい、目を丸くして固まっていた。どうしよう、手加減してるのがわかるのに、めっちゃ痛そう。
思わずツッコミすると、アリスはすすす…とニールから離れておれとリィルの方に寄ってきた。
「…人前で手を繋ぐの、恥ずかしくないの?子供じゃないんだから……」
アリスが呆れ混じりで呟いていた。おれもちょっと人目が気になるし同感だけど、リィルはじーっと見たあと、納得したかのように頷いてた。
「ただ、はぐれるの防止で言っただけなんですけど!俺、変なこと言ってないだろ!」
「そこは乙女心ってやつ…なんじゃないか?多分」
「おとめごころ?」
リィルが首を傾げていたので、それは…といいかけたところで、アリスに止められた。
ごめんなさい幼なじみ、おれも言い過ぎたのかもしれない。
「お祭り、すごく楽しそうですね!」
リィルは辺りを見回して言った。気を使わせてしまったかもと思ったけど、おれもそれに乗っかって、気になっていた屋台の方を向いて「あの屋台で串焼き売ってる!」と呟いた。
そこかしこに美味しそうな匂いが漂っている。ニールには「さっきおじさんの料理食べたばかりだろ」と言われたが、こういう雰囲気で売られてるものって、どうしてだか美味しそうに見えるんだよね。
いつの間にか、リィルは嬉しそうに串焼きを手にしている。
「美味しいです!」
どうしたのと聞いたら、屋台のおじさんが祭りが初めてだというリィルにサービスしてくれたらしい。
いいなあ、サービス。
お花も売ってるわ、とアリス。祭りの時によく見かけるあの花、今年はよく咲いたのかな、市場でも度々目にしていたやつだ。
「お?お嬢さん、もしかして祭りは初めて?」
「はい!」
「そりゃあ、きょろきょろしていたからね。よし、ウェルカムサービスだよ」
花屋の店員さんは、リィルに小さなお花の束を渡した。
「この街の象徴の花さ。本来、砂漠の街には咲かない花でね、巫女さまの海の恩恵があって初めて育つんだよ」
「シャスラの花ですね」
よく知ってるね、と花屋さんはにこにこしながら続けた。
「今年はよく育ってくれてね。これも巫女さまの力のお陰だよ」
にこにこしながら花屋さんと別れる。
花屋さんから十分離れると、リィルはお花を見ながらぽつりと
「…自分のしていることで、街がどうなっているのか、はじめて見ました…」
「なんか、嬉しかったって顔してるよ」
「いままで、その実感がなかったのです」
神殿で暮らしてるからか、わたしは街の事を知らなすぎていますね。ここで暮らしているはずなのに、と曖昧に笑うリィル。
それは少し、寂しそうな気がした。
しかし少女は街並みを見ながらあ、と声をあげた。
「見てくださいラルク!あれはなんですか?」
「あれは……ちょっと落ち着いて!」
それから、リィルはお祭りの屋台のあれはなんですか、これは食べ物ですかと気になるものをおれ達に聞いては、答えを嬉しそうに聞いていた。
料理の屋台やくじ引きやちょっとしたゲームにも目を輝かせて見ていたので、的当てとかをやって見せると、とても喜んでいた。
「あ、ブレスレット当てた」
それは、出店でよくあるイミテーションの水晶を繋げた簡素なものだ。
うちではあまり取り扱わないやつだな、と思ってると、リィルの目線はブレスレットに釘付けだった。
「……ええと、いる?これ安物っぽいけど…」
「あ、見てただけだから…その」
君さっきからスゴく欲しそうに見つめてました。と言うの、なんかやめよう。
見ていたニールはすぐに
「遠慮せずにもらっとけば?」
「え!?でも!」
「これ女の子用みたいだから、もらってくれると嬉しいです」
じゃあ、欲しいです…とリィルが呟いた。
大事に使ってくれた人の方が、このブレスレットも喜ぶと思うし。
暫く色んな所を見て回りながら、観光客なお客さんの中からリィルの人探しもしてみたが、どうやら見当たらないようだ。
「ディオールの街は、こんなに広いんですね」
「そう?他の街と変わらない気がするけど」
「広いです。1日では回りきれないくらい」
楽しそうだった声が、どこか寂しげな呟きに聞こえた気がした。
まただ、どうしてかなとふと思ってたおれだが、何となく分かった。
彼女は逃避行が終わったら神殿に戻る。そうすれば、こうして自由に歩くことが出来なくなってしまう。
近い所にあるのに、街と神殿はどこか遠い場所に感じる。それはちょっと、味気ない気がした。
だから、何となく。
「また来たらいいよ」
「!?」
何となくおれは、せっかく出来た友達にこんな顔させちゃだめだと思ったから。
それは叶うかわからないけど、
「今度は、その探してる人と一緒にさ」
「……うん。約束します」
リィルは嬉しそうに笑ってたから、良かったんだと思う。
「ところで探してる人は見つかりそう?」
「……そうでした」
慌てて顔を引き締めると、リィルは人の集まっている方へ瞳を向けた。
……と、彼女は突然。
「あ!ウル……じゃなくてゴリラさんいます、隠れて!」
「え、ふおおおっ!?」
リィルに両手で押されながら慌ててフードをかぶり直しつつ、ゴリラのいる方を見ていると、奴は広場の前で
「出てこい、ラルク・マルカート!お前が来なければマリーの居場所がわからないだろ!」
……何で姉さんを探すのにおれ頼りなんだあいつ。
「出てこないのなら、ここで俺は精霊を使い、お前をここに引きずり出してやる!いいな!」
いや、だから誰に聞いてるんだよ。
「…どうしよっか」
「正直、めんどくさい」
ゴリラは魔方陣を描いて、本当に何かを呼び出そうとしているようだった。
「…お姉ちゃんに連絡するわ…」
どうやらココットさんとはまだ会ってないのだろう。アリスは、通信が出来るブレスレットを取り出して、ココットさんに連絡をしている。
ゴリラの様子を見ていたニールは、微妙な顔つきをした
「炎の精霊を呼び出す召喚術の陣?…しかも、パッと見た感じじゃ高度なやつ」
ニールはあいつ、そんなに魔法得意だっけ?と首を傾げた。
ゴリラが魔方陣に手を当てて呪文のようなものを唱えはじめると、淡い赤色の光が現れた。
「中級術式『イフリート』の陣です。とめた方が…」
「もうおせぇ!出でよ、精霊イフリート!!」
盛大に声を張り上げたゴリラの足下が、強く光る。
突如としてマナが起こす風が周りに発生し、思わず目を閉じて光が収まるのを待った。
しかし、
「………は、あ?」
自信満々だったゴリラの声が、なんかおかしい。そう思いながら目を開けると。
『ふしゃあぁあーーー!!』
……イフリート、っていうのは怪獣だったのか?
見上げる程の大きさの、炎の固まりに包まれた爬虫類が、咆哮を上げていた。
「ええと、なにこれ」
「……『サラマンダー』です」
それも特大サイズの、とリィルが呟いた。
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