星刻祭と粗暴な追っ手
『星刻祭』と呼ばれる今日のお祭りは、いつもの恩恵を呼び込む神事の他に、大昔の争いで亡くなった人々の魂を鎮める意味合いがある、と幼い頃通った教会の神父さまに教わった事がある。
最近では、十数年前に起こった争いの際に亡くなった人々の魂もあわせて、この日に供養する。
ざわざわと賑わいを見せる人々に混じって、質素な装いで花やお供え物を持った人もいるのは、そのためだ。
「いいか?迷っても、知らない人に付いて行くなよ」
「大丈夫です!」
ニールは初めての街観光をする妹分に、色々と言い聞かせているようだ。
彼女は力強く頷いてるけれど、何となく不安になってくるのは、おれとアリスも同じ気持ちだった。
だって……生粋の箱入り娘、っていう感じだもんな。
「…リィルちゃんから目を離さないようにしましょう。なんだか危なっかしいわ」
「了解。迷子になられても困るし」
成り行きではあるが、リィルの逢いたい人探しに協力することになったおれ達三人だけれども、話を聞くと彼女は、お祭りの時の街を見たことがないらしい。
曰く、
「神殿で行う神事の準備とか、色々やることがあるので、街並みを見る暇がなかったのです」
だそうだ。
まあそんなわけで、人探しのついでにこの街を回ることにしたのだった。
こそっ
路地裏の影から、ひょっこりと顔を出すおれ達四人。顔を見られちゃまずいリィルは、フードを目深にかぶっていた。
「わあ…わたしと同じ格好の人が沢山ですね!」
「楽しそうだね」
「……はい!」
純粋に誰かと同じが嬉しいらしくはしゃいでいる。やっぱりこうして見ると、普通の同年代の女の子にしか見えない…いやいや、相手は神殿の巫女様だから!
「どうかしました?」
「んー…おれもそれ、被りたかったなあと思って」
なんとなく誤魔化してしまったが、巫女の方はおれに、じゃあ貸します?と尋ねて来たので、丁重にお断りをする。
おれが借りたら、せっかくのフードの意味がなくなっちゃうんだってば。
これから、祭りで賑わう広場へと向かうことに。彼女の事を考えると、あまり人目につく所に行くのはまずい。
それが普段のディオールの街だったら。
『この時期は、他の街や色んな国から観光客が来てるはずよ、彼らに紛れてしまえば大丈夫なんじゃない?』
そんなアリスの言葉が後押しになってるのが大きい。見れば観光客は、みんな砂漠から来たのだろうか、リィルのようにローブを被っている。
周りを警戒しながら、アリスはリィルに尋ねてみる。
「リィルちゃんの逢いたい人って、どんな人?」
「…あまり覚えてないんですけど、同い年くらいの男の子だった気がします」
ふんふんと目を輝かせて色めき立ってるよアリス。女子ってホントにそういう話好きだよなあ。
「その人が初恋の人とか?」
「うん、そうです」
ふーん、つまり初恋の相手探し。
抜け出してまでなら、そうとう会いたいんだろうな。なんて考える。
「記憶がとても曖昧なのですが、その人はわたしに、言葉をくれたんです」
酷く優しい想い出に立ってるそいつの話をするリィルは顔が綻んでいた。
初恋もまだないおれには、いまいちピンとこない。
「へぇ~。どんな言葉なの?」
「……秘密です」
女子の方は楽しそうだが、おれたちは聞いててよかったことなのか?
と思いつつニールの方を見ると、彼は頭を掻いていた。
「あっちは楽しそうだな?」
「…おれたちに筒抜けなんだけれど、いいのかな」
黙っててあげるのも優しさだぞ。とニール。……優しいのか、それ。
首を傾げていると、気付いたらしいアリスがやって来て
「ほら、そっちは見張りでしょ」
「……はーい」
おれは返事を一つ返す。ニールは何故か黙ったままだった。
「…どうしたの、ニール」
「アリスは交代。今度は俺と見張り」
「言っとくけれど、リィルちゃんみたいに話さないわよ」
えー?!つまらない!とニールはショックを受けていた。
幼なじみの二人はいつもこんな調子だけど、ニールの気持ちはずっと変わらないまま。幼なじみのアリスのことしか見えてない。
しかも、小さな頃から。
「こんなにアリスが好きなのに」
「はいはい、何回目なのよそれ言うの」
「…んー、忘れた」
こんなやり取りはしょっちゅうだ。
だって、ホントに軽い言い方なんだもの。とアリスがため息まじりに呟いていた。
そりゃ頻繁に告ってれば軽い言い方に感じるのかもしれないが、ニールの気持ちを間近で見てきたおれは、少し報われてもいいんじゃないかと思ってる。
「あの、お兄ちゃんがへこんでます」
「大丈夫よ、すぐに元気になるから」
……いや、むしろなんでコイツ、彼女の事を好きなんだろう。
と、ぼんやりとしていたのが悪かったのかもしれない。だって、突然のことで反応が遅れてしまった。
「その髪色…!やっと見つけたぞ!」
え?と声の方を向けば、そこにはおれやニールを越える背丈に、逞しい体躯の男が立っていた。あえて付け足すのなら、野性味溢れる濃い顔つきをしている。
「……お前?!」
やばい。こいつは確か、店にも来ていた兵士の一人で、名前は…なんだっけ。
よく姉さんに負かされていた奴で…ええと
「マリーの弟!てめえよくも逃げたな!さっさとマリーの居場所を教えやがれ!」
そうだ!
おれは咄嗟に口を開いた。
「知らないよゴリラ」
名前は忘れたが、見た目がその生き物そっくりだったので、姉さんはいつもそう呼んでいたのだ。
本物のゴリラに会ったことないけれど、動物園にいたのはこんな感じだった。
「何でも身内に頼るな、ゴリラ」
「…まあ。どう見てもチンパンジーだから」
続けてニールも返すと、アリスがため息を吐き出して俺らを嗜めるように続けた。
すると向こうが、うがー!と吠えた。見た目といい、顔つきといいやっぱりその通りじゃないか?
「ゴリラでもチンパンジーでもねえ!ウルフだ!」
「あの、ゴリラさん?」
「なんだと?!」
ゴリラにめっちゃメンチを切られたリィルは涙目になって、咄嗟におれに引っ付いてきた。
わかる、すごい威圧感あるよな…。
「あわわ…!」
リィルはぶるぶると震えている。これ、巫女様に対する不敬にならないか?
…あの、大丈夫?と聞けば、こくこくと頷いていたけれど、トラウマになってないか心配だよ。
「あーちくしょう、初対面の奴にもゴリラって言われただろうが!」
名前はどっちでもいいから、せめて空気読んでくれ。今こっちにはリィルがいるんだってば!
けど、名前。…確か古い言語で、オオカミのことだっけ。オオカミ?と首を傾げていると、アリスもぽかんとしていた。
ニールは、ふう、と息を一つ吐き出した。
「いやお前。見た目が狼じゃなくねぇ?」
「うん、ゴリラ。ごりごりのゴリラ」
「てめえら、ふざけてると痛い目に合わすぞ!」
怒ったゴリラもといウルフは、ずかずかと詰め寄ると、おれの腕を掴んだ。
「おら!さっさとこい、マリーの弟!」
強く掴まれて痛い。そのまま引きずられそうになるが、もう片方の腕に力が込められた。
「…だめ、です」
さっきから引っ付いていた少女が、おれの体を動かないように止めていた。
妙な違和感を感じてリィルの方を見ると、俯く少女の周りに淡く光る青と紫色の煌めきが舞っている。
魔力の元になるマナだ。それが少女に呼応して集まってきていた。
「あ?てめえには関係……」
「つれてっちゃだめ!」
ラルクは思わず勢いに圧されて、ぽかんとしてしまった。
リィルの瞳の色がエメラルドから深い青色へ変化していた。驚いたのは、それだけではなかった。
深く濃い海の色…藍色を宿した少女の瞳に見つめられた粗暴な青年が、何故か動きを止めて、しかも狼狽えていたのだ。
(この、感じは……)
ラルクには何となく感じ取れた。何処か優しく温もりのある魔力、これは『海の恩恵』の力ではないか。
……やっぱりこの少女は『月と海底の国の巫女』なのだ。
気づけばアリスは、ゴリラの方へ歩いて来ると、ひらりと俺と奴の間に割って入っていた。流れるような所作で、やんわりと奴に掴まれていた腕を解いてくれる。
それから彼女は、あくまでも品よく口を開いた。
「後でお姉ちゃん呼ぶから、悪く思わないで」
少女の丸い金色の瞳がきらりと煌めいた。瞬間、ぐはっ!?とゴリラが呻いた。
一瞬の間を置かずに、ぐらりと巨体がよろめいた、いとも簡単に。体格に恵まれた青年は地面に倒れ込んでいった。
アリスは渾身の気を込めた右ストレートをゴリラの腹部に叩き込んでいたのだ。
黒髪を揺らしてぱんぱんと掌を叩くと、アリスはにべもなく呟いた
「怯んでくれたお陰で、綺麗に決まったわね」
本人は謙遜をしてまだまだと言うが、彼女は『陰陽と八百万の国』の出身である母直伝の古武術、カラテをはじめとした古今東西に伝わる数種類の武術を身につけている。さっきのは型はカラテ、それに気功という力を組み合わせているのだとか。おれにも詳しくはよくわからない。
「…ありがとう。でも大丈夫か、あれだけマナを使って…」
「連れてかれないでよかったあ…」
ええと……おれ、腕に引っ付かれたまま動けなくなってる。人を心配出来るくらい元気そうでよかったのはいいんだけど、この巫女様どうしよう。
「安心するのは後、二人とも逃げるぞ」
「…!は、はい!」
慌てて立ち上がったリィルが、逃げるようにニールの方へ走っていく。
……後で、きちんとお礼するのと、気にしなくていいよって言った方が良さそうかな。
気絶させたゴリラを残して(一応日陰に寝かせた)目覚める前にさっさと逃げることにした。
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