砂漠の国と巫女の関係
『マリーのことはこっちで探してみるから、お前達で巫女さまを探してもらえないか?』
サハラさんが無茶を言ってきた。
おれは顔知らないですけど、と言うと
『なに、すぐにわかるよ。巫女さまは髪も瞳もエメラルド色をしているから』
と、安心させるような口調でつづけて
『……わかった、神殿の兵士にラルクを追いかけるのを止めさせるよ。その代わりに協力してくれ、な?』
……サハラさんは、人を丸め込むのがとても上手い。気づいたら断りづらいように話を持っていくのだ。まあ、この年で神官としてやってる人だからね。話術に長けていてもおかしくないけどさ。
それはともかく、おれは気になっていることを聞いてみた。
「あのさ。巫女さんってどうしてそんな珍しい容姿なんだ?」
巫女の容姿はエメラルドの髪と瞳。そう言い伝えられてきた。
瞳…はよくある色彩だけれども、昔から気になってた。なんで気になるようになったんだか、きっかけは忘れてしまった。
「……お前さあ、幼い頃ちゃんと神父さまの話を聞いてたのか?」
「神殿の学校?あまり通った記憶ないよ。体力なくて弱かったし…」
そう言うと、急にニールの顔が曇っていく。別にそんな顔しなくていいのにな。
父さんも姉さんも飛び抜けてスゴい人達だったが、幼い頃は体が弱くて、力もなくあまりに『英雄の子』らしくないおれは…だいぶ周りを落胆させたし、周りの子供達にもだいぶからかわれた。
「あーもう、しけた顔するなー!今は健康だろうが!」
「…うるさいな、しけた顔してないだろ!」
「いーや、してるね!」
「そんなのいいから、なんでエメラルド色なのか教えてほしいんだよ!」
この話をし出すと、ニールはめんどくさくなるのが分かってるので、適当に切り上げて話を戻すことにする。
「それは…」
言い伝えによれば、海の加護を担う『海竜』が力を与えている証とか。代々の巫女さまも、髪か瞳のどちらかがエメラルド色で生まれてくるそうだ、とニールが語る。
「容姿でわかるもんなの?」
「俺にだって、詳しいことはわからないさ」
だって、見習いだし。
いっそのこと清清しいな、コイツ。
「で、どこに行くつもりなんだ?」
とニール。
サハラさんは、兵士達におれを追いかけないようにしてくれると言ってたけど、姉さんは何をしても目立つせいか敵が多い。
用心をするのに越したことはないと思うので、店に戻る訳にもいかずに、ほとぼりが覚めるまでどこかに身を隠せる場所を探していた。
「幼なじみ達だけしか知らない、秘密の場所と言えば?」
―――秘密基地、なんて言っていた。
幼い頃からやんちゃだった姉は、秘密基地が欲しいと言っていたおれ達に、この場所を教えた。
『ここは誰も知らないし、ちょうどいいでしょ』
確かにここは誰もやってこない。それと、家からそんなに遠くないこともよかったらしく、暇さえあればよく来ていたことを思い出した。来るだけで楽しかった。
久しぶりにやってきた秘密の場所は、こじんまりしていたが、意外と綺麗にしてあった。小さな頃のおれ達って、しっかりしてたんだな、丁寧に掛け布も畳んで……
「……?」
ぴくっ
畳んであった布の横、不自然にもこもこしてる布の固まりがあった。
しかもさっき動いていた。もしかしてあいつらかな?けれど、ここを知るはず……
「…おい、誰だ」
「に、ニール!」
ニールは俺より前に出ると、低い声で問い掛けた。
しばらくの沈黙。
動き出したのは、布の固まりだった。
「……」
「……え…?!」
布の中からもぞもぞと出てきたのは、緑色の髪をした女の子。年は彼らよりも少し年下くらい、青を基調とした法衣のような服を着ていた。二人は、思っていたような侵入者ではなく、思わず固まる。
「女の子…?」
「……お、おい…まさか…」
幼なじみは目を擦って少女を見ると、何を思ったのか急に後ずさった。ニール、動揺し過ぎだよ。
少女はぼんやりとした目をラルクに向ける。
「……あっ!」
ぱちっと視線が合って、次の瞬間。少女はラルクに抱き着いてきた。ほんわりとあったかかった。
「うおっ!誰……?!」
しかもふわふわしてるし、髪の毛が顔をくすぐってくるし、慣れてないのでうろたえてしまう。
「…えーとお前、この子と知りあい?」
「ち、が、う……!」
「……?」
後ろからニールが、不思議そうに訊ねてきた。見てわかるだろ、こんな知り合いいなかったって!
少女は、ラルクを見たまましばらくぼんやりとしていたが、急に我に返ると、顔を真っ赤にして慌てて離れてしまった。
「ご、ごめんなさい。あのですね、寝ぼけてしまって……」
「ああうん、大丈夫…」
少し動揺してしまったけど、それはともかく。ただの女の子……だよな?
てっきり怪しい奴だと考えてたのに、出てきたのがお人形みたいな女の子で、ラルクは拍子抜けしてしまった。
「いつからいたんだ?」
「え、あ…少し前からです。わたし、隠れさせてもらおうと思って…」
隠れる…?外に出ると、まずいのか?
まさか家出少女とか……?どっちにしても、まだよくわかんないな…そんなことを考えてると、唐突に
ぐきゅるる~
盛大な不協和音が、流れた。
ラルクとニールは、少女を見つめた。
「……君、何も食べてないの?」
少女は真っ赤な顔をして俯いた。
うーん、これじゃ事情を聞く前に倒れそうだ。
ポケットや荷物に食べ物あるかな、と思ったが、持ちあわせなかった気がする…
「やっぱりないや、ニールは持ってる?
」
「うーん、兄貴のところでお菓子とか貰ってくればよかったな…」
「そうですか…」
がっくりと肩を落とした少女。
また盛大にお腹が鳴り響いた。……相当お腹減ってるんだな、何かかわいそうになってきた。
しかも少女は、ふらふらし始めてる。
「久しぶりに喋ったら、目眩が…」
「大丈夫じゃないだろ、とりあえず座って」
「おれ、食べ物を持ってくるよ」
「…ふえ、本当ですか?」
リスみたいに目を丸くして小首を傾げた少女。
「ラルク!それなら俺が……」
「大丈夫!すぐ戻ってくるから!」
ほっとけるわけない、こんな弱ってる女の子。
おれは少女に待っててと言ってから、急いで外に出ることにした。後ろからニールが、あのバカ……と言っていた気がしたが、それは無視した。
街中の方はお祭りの準備で忙しくしている。うちのお店と同じ商店街の人達も例外ではない。うちのお店もお祭りに向けて新商品を仕入れて、準備してあったのにな。母さんだけじゃ人手が足りないだろうし、大分残念な気持ちになってきた。
やって来たのは新鮮な野菜やフルーツを売るお店。ここも顔見知りで、よく知ったおじさんおばさんが店に立っていた。
人の流れを見計らって、兵士達が居なくなった隙に、こっそり声をかける。
「こんにちは…」
「ラルクちゃん?」
なんだい、またマリーちゃんが何かしでかしたみたいだねぇ、とおばさんが。続けておじさんも、『おお、またとばっちりか。お前さんも大変だなあ』と話しかけてきてくれた。
そうみたいです…と曖昧に返事をする。
街の人達は、姉があまりにトラブルを起こすので、大抵のことは驚かなくなっていた。有り難いような、そうでないような微妙な気持ちになる。
「すみません、あのこれとこれを」
「ほれ、持ってけ。見つからないようにな」
手早く近くにあった果物を詰めてもらって、銅貨と交換してもらった。
「お母さんにもよろしくね」
「ありがとうございま…」
「あら、ラルク!」
お店を離れようとした時、街中にかわいらしい高音が響いた。ラルクはくるりと振り向いた。こんな時に限って、タイミングが悪い。
「アリス」
アリスは一つ年上の少女で、小さな頃からの付き合い……ニールと同じく幼なじみ。黒髪で金の瞳をした、一見清楚な見た目をしているが、今日は沢山の花飾りを付けた衣装を着ている。
お祭りだからかもしれない。
「ちょうど探してたのよ、お店にはいないし」
「ごめん。ちょっと色々…」
店にやってきた見知らぬ客が俺を追いかけてくるし、逃げ込んだ先で無茶なお願いされるし、秘密基地に行ったら、女の子がお腹を空かせていたし……今ここで話してしまいたいくらい、色々あったよ。
「そういえば、巫女さまと…ついでに姉さんを見なかった?」
見てないわ、と幼なじみ。一応聞いてみたけれど、厄介事に巻き込まれてるのに、ひょっこり顔を出すわけがないよな。
「…ラルク、神殿兵士の真似事してるの?」
「違います。その、サハラさんが…」
「頼まれて、断りきれなかったのねえ」
その通りだったので大きく頷くと、アリスはあまり無理しないでよね、とため息を吐き出した。
「マリーさん絡みなんでしょうね」
「そうなんだ…」
なんだか遠目をしてしまったラルクを見ていたアリスは呆れ気味に、昔のことを口にした。
「昔、ワニに食べられそうになってたわよね」
「姉さんが街のマフィアに目をつけられて、おれが人質にされかったり、毒蛇に襲われたこともある……」
「………」
「………」
二人して盛大にため息をこぼす。
というか、あの姉はどんだけ弟を巻き込めば気が済むんだか。
「ところでラルク、そんな食べ物を沢山持って何処に行くの?」
「え?いや、その秘密基地に……」
そうだった。あの女の子の為にも早めに戻らないといけなかったんだ。
「ふーん…、私もついて行っていいかしら?」
「……はぁ?」
アリスが珍しいことを言い出した。
「いいよね?」
「え、いやそれが…」
あそこには、いま知らない女の子が……
「あの場所でしょ?久しぶりだし私も行ってみたいのよ」
アリスの方はにこにこと笑いながらながら詰め寄ってくるし、これはきっと彼女は譲らない、絶対に。
ヤバい、やり過ごさないと!
おれは、なるべくまくし立てるように喋ることにした。
「それが…あのさ、すっごい汚かったんだ!うん。アリスを汚い所に入れるとニールに何か言われる!」
「気にしないわよ。そんなに汚いなら、掃除もしましょ?」
ね?と丸めこもうとしてる。やっぱし女に弱いのかな、おれって…
「いいんだよ!おれがやる!」
「ラルク、何か隠してない?」
す、鋭いツッコミと視線に見つめられた。さすがに幼なじみ、おれの事はお見通し……なのか?
「目線逸らした、やっぱり隠してるのねっ」
むぅっと頬を膨らまし始めたアリスをなだめようとしたい、けど隠し事というか、あの女の子の事は言ってもいいのかどうか……
けれど、ニールはアリスを巻き込むのをいいと言うのだろうか…と、悩んでる時だった。
おれの目線に、店にやって来ていた奴の仲間らしき男が見えて、視線があった。
あ、ヤバい。逃げた方がいい。
咄嗟に判断すると、
「悪い。おれ、逃げてる途中だから、秘密基地に戻るわ」
「!…私も行くわ!」
「言うと思った。仕方ない、何があっても知らないよ」
深く頷いたアリス。
おれ達と一緒に遊んでたせいか、見た目トロそうに見えて、実は運動神経がいいから、足を引っ張られる事もないし。
途中で追っ手をやり過ごしながら(姉さんも見つかってないらしい、迷惑だ)秘密基地まで辿り着いて、二人で中に入る。
「……ラルク、ここ綺麗じゃない」
「ううん、あっちだ」
食べ物をテーブル……一応軽く布で拭いてから、置くことをしながら、小さな翡翠色の少女を指差した。人を指差してはいけません。
「……なっ…」
ってちょっ、アリス驚きすぎ……って、あれ?
ばちーん!と、アリスの平手打ちが炸裂。ニールは盛大に叩かれていた。
……なんで?!
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