姉さんはトラブルメーカー
じりじりと容赦なく照らしてくる太陽に砂漠特有の乾いた空気がからっとした暑さを連れてくる。じめじめしてない分暑くないと思うだろうが、これは余分に水分を持っていかれそうだ。
ここ、ディオールの街は外の砂漠から魔物が入って来られないよう、魔法で作られた結界に包まれている。
なので、よっぽど強い魔物でもないかぎり、街中にやってくることはない。元々は、神殿とそこに住む巫女を守るためのものなのだそうだが。
外から来る旅人から話を聞くと、街中は水の魔法で冷やされているからあまり暑くないね、と言われるけれど、暑い国に生まれたのに暑いのが苦手なラルクにはあまり違いがわからない。というよりもこの少年は、街の外に出たことがなかった。
旅人だった父親の真似はとてもじゃないけれど出来ないだろうな、と思う。
今は日中、朝の仕事が終わった頃…お昼前であるが、少年は街の中をうんざりしながら走っていた。
後ろからは、同じくらいの年頃の少年達が追いかけてきている。
「まて!」
まったくしつこい……そう思いながら少年は、石を積まれて作られた細い路地裏の中を駆けていった。
「逃がすな!」
この路地は幼い頃から遊び場にしていた、だからこの辺りの地理に慣れている。此処は細い道の上に入り組んだ造りになっており、同じような景色が広がっている区画である。まず見つからない自信が少年にはあった。
……といっても、そんな状況になるのが大体今のようなーー姉絡みのことばかりなのだが。
姉に砂漠で見つけたと言っていたモンスターを抱えて追い回されたり、はたまた姉が鍛えてやると言って魔法で攻撃されながら逃げ回ったり……やっぱりあの人はやることがむちゃくちゃだ。
それなのにバトルセンスに関しては天才だった。
恐ろしいことに彼女は、この街でちょっとした英雄扱いされる父親の才能を丸々受け継いでいたらしい。
ある時、この街に野生の巨大ヘビが現れたときがあった。街の住人が逃げ回っていた中、単身ヘビの近くまで走っていった姉は、なんと拳でワンパンを決めていた。
……バターン、と目を回したヘビが街の広場に沈んでいく様子が圧巻だった。流石に街の人達も開いた口が塞がらなかったらしいが。
それからディオールでは、姉はちょっとした有名人扱いである。
(姉さんのことなら、あの人は何か知ってるかな…)
はたと、思い立ったら即行動をする。
息を潜めていたラルクは、麻のパンツのポケットからブレスレットを取り出すと、一際大きな飾りになっている水晶に、魔力を込めた。
これは『魔法具』の一種で、宝石に魔法が込められている。利用者が魔力を使うと、宝石に込められた魔法が発動する仕掛けだ。
ラルクの家が営む店が扱うアクセサリーの中には、その『魔法具』も取り扱っているのだ。
因みにこのブレスレットは、通信具として使える。連絡したい相手の持つ宝石に魔力を込めれば、通信具を持つ相手へ連絡をする事が可能だ。
「もしもし。ラルクです」
『……はい』
ラルクが話しかけると、ブレスレットのチャームからよく通る男性の声が返ってきた。この人は姉、マリーの幼なじみで神殿で神官をしている青年、サハラ。
姉とは違い聡明であり、年下のラルクにも偉ぶらずに接してくれる、とても出来た人だ。
付き合いが長いので、姉弟のおれと同じくらい姉さんのトラブルのとばっちりを受けているはずなのだが、いつもにこにこして許している。
姉さん、まずは今までの事からサハラさんに謝った方がいいと思う。
お互いに挨拶を交わして、とりあえず軽く事情を話そうと、「なんなら、そっちに行きますけど……」と言いかけた。
『待て……いま、転送……』
その声が聞こえた瞬間、ラルクの足元に淡い光で形作られた魔法陣が描かれた。
「…な、転送って……え、うわ!?」
光はあっという間に少年を包みこむ。考える間もなく、視界が眩い光に包まれて、思わず瞼を閉じた。すぐにぐにゃりとした浮遊感がやって来て、何とも言い難い感覚が脳内を駆け巡る。ぼんやりと、あまり心地よくないなと思いつつ。
程なく光が収まるのを待ってから目を開けると、そこは、路地とは様変わりしていた。まずここは、さっきまでの強い日差しがなくなっていた。上には天井がある。成る程、部屋の中みたいだった。
それから、簡素な机に椅子と、真っ白なソファ、それと一人用のベットが置かれている。
「転送魔法、初めてやってみたが上手くいったな」
よかった、と安堵している声に続けて、初めてなら使うんじゃねえよ!というツッコミが聞こえてきた。
慌ててそちらを見ると、見知った茶色い髪の青年二人がいた。ラルクの視線に気付いたらしい内の一人が、困ったような顔でラルクに駆け寄ってきた。
「大丈夫かラルク?」
幼なじみの一人、ニールがいた。
ラルクは曖昧に頷く。すると、一緒にいたサハラに椅子を進められた。
ニールはサハラの弟だ。長身で面倒見のいい性格で、昔から一緒に遊んだりしていた。それなりに整った顔つきであるが、女の子達からは友達止まりで終わってしまうような奴。だけど明るくて元気だ。
今は神殿で、司祭である父親に言われて神官見習いとして修行中だ。
「あ、のさ。さっきまで路地裏にいたんだけど…いまのやつ…」
「ああ、兄貴がやったんだ、俺も神殿にいた所をお前みたいに飛ばされてきたんだよ」
「……うわあ」
その時、3つ分のカップを持ってやって来た青年…サハラが悪かったね、と言いながら二人にマグカップを差し出した。彼らはそれを受けとると、香ばしい匂いの漂うコーヒーを飲む。
……苦い。これは砂糖入ってないやつですよね。同じことを思ったらしいニールは、シュガーポットとミルクを差し出した。
それからこっそり
「兄貴、砂糖もミルクも入れないんだよ…」
とぼやく。いくらブラックの方が健康にいいと言われても、砂糖とミルクを足して飲みたいです。素直に受け取り、角砂糖を2つ、ミルクを少し足してスプーンで混ぜてから飲んだ。
やっぱり甘さは大事だ、おいしい。
三人が少し落ち着いたところで、本題に入る。
「今から行くつもりだったのにさ…」
「ああ、マリーのことだろう。僕も実は彼女がいなくなって困っていてね」
サハラは、困っていると言ってるのにもかかわらず、あまりそう言う風には見えない。端正な顔は相変わらず優しげにみえる。
弟以上に整った顔立ちなので、実弟曰く女に困ったことないそうだ。少しうらやましい。
「いま、ディオールはお祭りの期間中だろう」
「あ、はい。確か神殿が運営しているやつだよね。『月と海底の国の巫女』が、この地に水の恵みをもたらす神事をするんだよね」
この地には太陽の恩恵はあっても、海の加護は失われてしまっている。それは長い間、海から離れてしまったから。
その為に、神殿には『月と海底の国』から、海の恩恵を受けた巫女が滞在している。
彼女がいてくれるから、この地は水を扱える、暑さを和らげることが出来る。だから『月と海底の国』と助け合っているんだ。
と『太陽と砂漠の国』の子供達は、教会の神父から教わって育つ。
「そう。……その巫女様が、マリーが目を離した隙にいなくなってしまったんだよ」
「巫女様が?」
ニールが唖然としている。サハラさんの話では、事情を知らされているのは神官の中でもごく一部だそうだ。
巫女がいなくなると、お祭りで神事が行えなくなり、水の恵みが失われてしまう恐れがある。それでサハラさんは頭を悩ませていたらしい。
「でも、神殿の兵士達は姉さんを探していますよ」
だから身内のおれも、おいかけっこをする羽目になってしまったんだ。姉さん、なんてことに巻き込まれてるんだ…
「…なんでも、事情を聞かれたマリーもいつの間にかいなくなっていたそうだ」
「なるほど、疑われても仕方ないですね」
頭が痛くなってきた。暑さにやられたせいじゃない、絶対。
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