砂漠の国と巫女の物語

相生 碧

お客様だったらよかった

遠い昔の記憶

思い出してくれますか

私はずっと、忘れた事はありませんでした。


時が経つにつれて、貴方に会いたい想いが膨らんでしまいました。

会ってはいけない、外に出てはいけないのはわかってました。

けれど一目だけ、成長した貴方を見てみたくなったんです。


――あの人に会いに行きます。

神様どうか、私の我が儘をお許し下さい。


わたしがいつも思い出すのは、暖かい日差し、子供そっちのけで忙しなく動き回る大人達、お祭り騒ぎの喧騒。

その中に混じった、心地好いハーモニカの音色。

わたしはそれを辿って、あの子を探すのだ。

夢の中で何度も繰り返した。わたしがあの子を見つけると、決まってハーモニカを吹いてと頼む。

そして、その音色に合わせてわたしは歌う。

小さな頃に一回きりのめちゃくちゃな歌詞の、名もない歌。

それなのに、不思議と嬉しくて、歌ってるのが幸福で、ずっと続けばいいなと願う。

それはとてもちっぽけな願い。だからわたしは、いつもそこで目が覚めてしまう。


「…夢だ……」


うつらうつらと瞼を擦りながら、とある屋内の隅っこで膝を抱える少女が一人。翡翠色をした髪を振り、同じ色の瞳を重そうに開く。

ここなら安全だからと言われて入ってみたら、無人でしかも閑散としていた。暫くは此処にいよう。そうして、ほとぼりが冷めたら……

ぐきゅるる~

情けなくお腹の虫が鳴いた。そういえば、朝から何も食べてない。今日は忙しかったから……

「会えたら、いいな」


そのための一回きりの逃避行。あの人に頼んだんだから。


どうか、夢の続きが起きますように



カラカラに乾いた空気、太陽は容赦なく地上を照らし、水分と言う水分は砂に奪われてしまいそうな砂漠が広がる『太陽と砂漠の国』の辺境に位置する街、ディオール。

神殿に隣接した街はオアシスに近い事もあり、それなりに栄えていた。

そんな街の、とあるお店から始まる。



――――チリンチリン

涼やかな鈴の音色が店内に響き渡る。店にいた少年は、鈴の付いた入口に視線を泳がせた。


「いらっしゃいませ!」


手慣れた営業スマイル&営業ボイス。店内に備え付けられているレジ台の前に立っていた少年は、爽やかな笑みを浮かべて挨拶をした。銀色の髪に青い瞳という珍しい容姿に加え真っ白な肌をしているせいか、普段は不健康に見られがちな彼だが、お客様の前ではそれを思わせない振る舞いを心掛けている。

店内に並べられているのは、指輪や腕輪、ピアスなどの装飾品。雑貨やアクセサリーを取り扱うこのお店は、普段なら若い女性のお客様がやってくることが多いが、店に入って来たのは、重々しい防具を身につけた兵士が数人だった。

彼らは商品に視線を向けずに、真っ直ぐに少年の方へとやってくる。少年は妙な客だな、と思っていると


「失礼。君はマリー・マルカートの弟、ラルク君だな?」


と尋ねられた。

姉の知り合いが訪ねてくるとは、ますます妙である。しかもこの人達は只の兵士ではない。彼らが神殿の紋章入りの武具を持ち歩いている、ということは


「……そうです。失礼ですが姉に何か?」


神殿の兵士が動く事態だなんて、今度は何をやらかしたのか。ーーラルクの姉であるマリーは、女性ながら腕っぷしが強く、また派手に動く。それでも最近は落ち着いてきて、最近は神殿の偉い位の巫女の護衛役になったとか言っていた気がする。

面倒事じゃないといいな、姉さんの名前が出たからって、そう決まったわけじゃないと思うけどさ…と考えつつ、気になる気持ちを抑えていると、遠くから人の気配がした。

これはまた巻き込まれるな、とため息を一つ。


「我々は君のお姉さんを探している。協力してくれ」


このパターンか。ラルクの勘は確信に変わった。少し呆れつつも悲しくなった。姉の名前を聞いてから嫌な予感がしていたが、あまり騒動を起こさないでほしい。巻き込まれるこっちは面倒くさいんです。

思わず神様に訴えたくなったが、今は意識を飛ばしてる場合ではないのだ。

神妙な顔をつくると、少年は冷静に一言呟いた


「……嫌だといったら?」

「なら、我々も力ずくでも君の身柄を確保する」


いつの間にか、同じ様な服装の奴らが続々と店にやってきていたのだ。しかも刃物やメイスを手にしている奴もいた。

……これは、まずい。


「……くそっ!」


姉さんの捜索に協力なんて御免だ。コイツら、なんかヤバそうだし。

おれは物々しいものを持ち出した客達に表面上は慌てず、ゆっくりと後ろへ下がって背中ごしの脱出口へ入りこむ!

すかさず裏から鍵をかけて追ってこれないようにした。外の、店内からは何度も扉を叩く音がした。とりあえず成功か。

作っておいてよかった、緊急脱出口。


「誰が捕まってやるか」


そう一言呟くと、裏口へ向けて走り出した!


――おれの受難は、これだけじゃ終わらなかったけれど。

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