通り過ぎるだけの町 14
速いペースでアパートへ引き返すミチルの少し後ろを歩き、不機嫌そうなその背中を見つめながら、俺は自分の言葉の何がいけなかったのかを考えた。
いつもそうだ。
俺が本音を話すとき、必ず女の子を傷つけ、白けさせてしまう。
『恋が何色なのか知りたくて、旅をしてるんだ』
……そんなことでも、気取って言ってればよかったのだ。
◆
ミチルはさすがに鍵こそかけなかったものの、音を立ててドアを閉めた。
それが今のミチルの心境を物語っていた。
俺は無言で、冷たく閉ざされた気がするアパートのドアをしばらく見つめた。
でも、一晩中そうしているわけにもいかない。
おそるおそるドアを開くと、冷蔵庫の前でミチルが新しいサッポロ黒ラベルをゴクゴク飲んでいるところだった。まるでヤケ酒だ。
俺の視線に気づき、
「タキくんも飲む?」と一応は聞いてくれた。でも、明らかに態度はつんつんしている。
「いや、俺はもういいや」と丁重に断った。
それからミチルは、「寝よ」と言ってさっさとベッドに入った。「電気消しといて」と俺に背中を向けながら早口に言う。
居たたまれなくなって、俺は電気を消したあと、カーペットに横になった。
出来れば、もう、この家を出て行きたいとすら思った。
ミチルのせいじゃない。俺がきっとバカなのだ。
思えば、バイクに乗ってこの街を通りかかり、歩道でミチルを見かけたときから、選択肢の連続だった。
俺は、そんな選択肢を上手に当て続け、ミチルと仲良くなり、いまこうしてミチルと夜を共にしている。
でも、最後の最後で、失敗した。大事な選択を間違えてしまった。
俺は、誰にも、本音なんて
「こっちおいでよ」
闇の中でミチルの声が聞こえた。
「……いや、でも」
「こっちにきて」
ミチルは少しだけ潤いの戻った声で言った。
本当に、この子は優しくて性格がいいんだな、と思った。
俺は立ち上がり、ミチルが空けてくれた隣のスペースに、遠慮がちに横になった。
ミチルは、そっと俺の手を握った。
ミチル、ごめん。
そう口に出しかけて、思いとどまった。いまは、何を言っても不正解な気がした。黙っているのが一番いいと思った。だから、心の中でミチルに言った。
ありがとな。ミチルに会えて、俺は嬉しい。
ミチルが、俺にとっての、その相手だったら、嬉しい。
ミチルのほうが先なのか、
それとも俺だったのか、
もしかしたら同時だったのか、
いつのまにか俺たちふたりは、眠りについていた。
◆
二度目の眠りはとても深かった。
まるで、闇の底から大勢の真っ黒な人魚が、群青の水にぷかぶか浮かんだ俺の意識を、いっせいに掴んで、水底深くへと引きずり込んだような、そんな眠りだった。
今度は、途中で目を覚まさなかったし、夢も見なかった。
目が覚めると、すっかり部屋は明るく、カーテンの隙間から真っ白な光が漏れていた。
ふだんなら七時間以上寝る事なんてないし、キャンプ生活では朝日とともにほぼ目が覚めていたというのに、このときは十時間近く寝ていたらしかった。
時計を見るともう十時を過ぎている。
これまで、溜まりに溜まった旅の疲れが、久しぶりの風呂とベッドで、一気に出たのだろう。
ミチルの姿はなかった。
仕事に行ったんだろうな、とすぐに察した。平日だ。まともな人生を送る人間は、ちゃんと朝が来たら仕事に向かわなければならない。たとえ、非現実的な、夢のような一夜を過ごしても。
起き上がろうとすると、全身が痛み、立ちくらみのような目まいがした。
そのまま、断念して再びベッドに倒れる。
目をつぶると、再び眠ってしまいそうだ。
疲れは取れたというより、余計に酷くなったように思える。
それでも、いつまでもそうしてはいられないと身体を奮い起こした。
部屋の中央のちゃぶ台に手紙が置いてあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
タイヤキくんへ
おはよう。よく眠れましたか?
仕事に行きます。ぐっすり寝ていたようなので、寝かせておきました。
もし、もう出発するのなら、鍵はポストにでも投げ込んでおいてください。
(スペアらしき裸の鍵が置かれていた)
でも、好きなだけいてください。まかせます。
ありがとう。楽しかった。
もう出発しちゃうのなら、気をつけてください。旅の無事を祈っています。
これ、カンパです。
(五千円がメモと一緒に置かれていた)
これで、サンマ缶以外のものも食べてね。
これ、私のアド。
chiruchirumichiru@●●.jp
もし、気が向いたら、旅先からメールください。(*´Д`)
みかん
追伸
恋は水色もいい曲だけど、私の好きな曲も聞いてみて。
「坂道のメロディ」って曲です。
タイヤキくんの青いバイクに乗せてもらって山に行くとき、ずっと頭の中でながれてました。
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