通り過ぎるだけの町 6

 ミチルとの待ち合わせの時間まで、俺はその土地に伝わる『偉い坊さんが鬼を封じ込めた山』について調べてみた。

 知らない町に寄った際は、『民俗資料館』に行くに限る。

『旅先で女の子と仲良くなりたければ、受け身すぎず、なおかつガツガツしないこと』と同じく、身につけたコツのひとつだ。

 町の規模に反して、やけに立派な役場があるようなところには、たいてい、費用対効果のまるで釣り合わない、豪華な資料館や図書館があるものだ。

 よそ者でも無料で使えるし、空調も効いていて快適に過ごせる。

 さて、その町はかつて、非道な領主(国司とか目代とかだろう)による圧政に苦しめられていた土地らしい。

 長年虐げられた村人たちは、ついにある計画を思いつく。

 『鬼』に頼んでその領主を殺してもらう、という物騒な計画だ。

 鬼は、村の財宝や麗しい娘を差し出すのを条件に、領主を殺した。

 そして、そのお礼の夜宴で、大量に酒を飲まされ酩酊した『鬼』は、今度は村人たちに討たれそうになる。

 逃げ出した鬼は、村の近くの山に立てこもった。

 鬼からの報復に怯える村民たち。

 そんな彼らを救うべく、ふらりと現れた旅の偉いお坊さんが、『鬼』を見事、山に封じ込めた。めでたしめでたし。…という話だそうだ。きな臭い。

 おそらく、『鬼』ってのは流れ者のことだろう。

 屈強な体躯を持つ大男か、外国人か。博徒かもしれない。

 たぶん、そんな流れ者を上手く利用して、目の上のたんこぶである村の統治者を暗殺させ、口封じにその旅人も始末しようとして、山に逃げられたという話なんじゃないかと俺は想像した。

 だいたい、閉鎖的な山間の村に伝わる昔話や伝承なんかは、都合よくねじ曲げられた、血なまぐさい実話が元だったりする。

 村人全員が共犯者であれば真相は闇の中。

 後は、鎮魂の塚なり社なりを築き、村の言い伝えとして敬えば、それで終わり。

 古代日本の暗部。歴史の陰惨な裏側。『流れ者』というファクターを巧妙に利用した完全犯罪だ。


 うねうねした山道をひたすら三速のギアで上っていくと、やがて、頂上らしき開けた台地に出た。街全体が広く見渡せる。

 ショートケーキのいちごのように一ヵ所だけ緑が固まっている場所があり、その中に古い社が建っていた。

 たしかに鬼を封じ込めたと言われても納得なほどに古い。

 杉林の病院以来、なんとなく不協和音めいた雰囲気だった。少なくとも俺にはそう感じた。

 それでも、走っているうちに少し頭の冷えた俺は、バイクを降りて神社に歩きながら、鬼にまつわる話と、それに対する私的な見解を聞かせてみた。

 ミチルは「ほええー」と感心して言った。

「じゃあ私ら悪党どもの子孫てわけだ」

「悪党とは言い切れないけどね。重い年貢とか強制され続けての、苦渋の選択だったかもしれないし」

「でも、それにしたって、ねえ?」

「日本中、あちこちこんな話はある。でも、伝承も言い伝えも、生き残ったほうが勝手に作って語り継ぐものだから、都合よく改変されててもおかしくないよな。特に、死んだ、殺したなんて話は、美談にするんじゃねえ?」

「さすがあちこち旅してるだけあるね。タイヤキくん、話おもしろいね」

 ミチルは目尻を下げて、たおやかに笑う。もうさっきのことなんて忘れたかのような、屈託のない顔。切り替えの早い子だ。

「こういう昔話って、『ふらっと現れた外部の存在』が事件を解決するってパターンが多いんだよ。きっと俺みたいな旅人じゃないかって、ちょっと感情移入するんだけど、そういう流れ者って、利用されたり、事件に巻き込まれたりも多かったと思うんだよな。消されても、足つかねーし」

「うーん。こわいこわい」

「旅してると、メシ食わせてもらったり、一晩の宿を提供してもらったりって、ホントありがたいからな。ほいほい面倒ごと頼まれたり、利用されるだけされて、ポイなんてのもおかしくない。孤独な旅人の悲哀ってやつさ」

「あ、でもねでもね」とミチルはコロコロとした口調で言った。「逆に、そういう旅人って、どこの誰か分からないんでしょ? 悪さもし放題だったんじゃないかなー。たとえば、村の女に手を出しまくって逃げちゃうとか」

「う」

「きっと村の人間からすれば、怪しい流れ者ってすごく厄介な存在だっただろうから、まあ、どっちもどっちなんじゃないかな」

 そういう方向から物事は見ていなかった。俺は、どうしても、旅人サイドからの一方的な視点になる。

「村一番の美人に手を出して、ふと消えちゃったりとかね。悪いねー」

「村一番の美人が、怪しい旅人を相手するかね?」

「うーん。イケメン限定で」

「なんだそりゃ。顔かよ」

「狭い村。代り映えしない面々。そんなところにフラリと立ち寄る謎の美形。……こりゃ魅力的に見えちゃうかもよ」

 ミチルは芝居がかった口調で言った。

「それ、どんな設定? だいたい、俺の経験上、長期放浪してる旅人なんて、小汚くて、うさんくさくて、貧乏で、イケメンとはほど遠いぞ」

「イケメンじゃないと物語にならないから、そのへんの設定はゆずれませんな」

「みかんって、けっこう、ドラマとか見るの好きなほう?」

「うん。よく見る」とミチルはちょっと恥ずかしそうに言った。「ほかにやることないしね」

「ほかにやることないから、か。……俺はそんなふうに大事にしない時間の使い方は、ちょっとイヤだな」

 それは本音だった。本音だったから、つい真剣な顔で、無意識のうちに口から出ていた。

 ふと見ると、ミチルはびっくりした顔で俺を見ていた。

 反射的に少し笑ってしまった。

 本音を出してしまった後の照れ隠しの笑いだった。

 けれどミチルは、俺からゆっくり顔を背けると、どこか虚ろな顔で、ぼんやり前を見つめていた。

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