通り過ぎるだけの町 4
モスバーガーを出ると、田舎そのものの店先の俺のバイクの隣には、女の子がよく乗るお洒落スクーターが止まっていた。
クリーム色の車体には、ヘルメットと同じラメのバタフライ。
ミチルの言う通り、通勤にしか使っていないという感じでピカピカだった。タイヤも全然残っている。
「……あ。後ろに乗せるって言っても……荷物どうしよう」
今更ながらそれに気づいた。
本来、女の子を乗せるタンデムシートには、でかいバッグが載せられて、紐でくくりつけてある。こんなに大きいとコインロッカーになんてまず入らない。
だいたい、ミチルが原付乗りでヘルメットを持っていたからよかったようなものの、俺は、どうやってふたりでその『山』に行こうと思っていたのか。
我ながら、情けないほどに計画性がない。
ミチルはしばらく無言で考えていた。
やがて、決心したように言った。
「私の家に置いておこっか。近くだから」
◆
ミチルのメゾネットまでは、モスから五分ほど走った。
たった五分ほどであっても、先行するミチルから数メートルの距離をおいて一緒に走るのは気分がよかった。
スクーターのシートに座った丸いお尻とか、ぴんと伸びた華奢な背中とか、ヘルメットと肩の間の細い首なんかを、女の子だなーと見ていたらいつのまにか着いていた。
待ち合わせまでけっこう街をぶらぶら走ったが、そのあたりには見覚えなかった。
空色のメゾネットは、まだ新築と言ってもいい軽量鉄骨二階建てで、センスのあまりないデザイナーが、お洒落に作ろうとして失敗しました、という、若干滑り気味の洋風デザインだった。
一階と二階、それぞれ二部屋の建物が二棟で、合計八世帯という計算になるが、ちゃんと舗装された立派な駐車場は、かるく十五台は止められそうな広さで数が合わない。おまけに、車は二台しか止まっていなかった。
近くを水の綺麗な小川が流れていて、まわりにはほとんど建物はなく、田んぼばかり。見通しのいい開けた場所だった。
遠くには、雄大な山脈が、街を囲む緑色の壁のように連なっている。小川はそこから流れてきているらしい。
俺は、両手でなんとか抱えられるほど巨大な荷物を持ち、フラフラしながら二階のミチルの部屋への階段を上った。
先に上がったミチルがドアを開けて待っていてくれる。
なんだか、居候として転がり込んできたみたいだな、なんて思いながら玄関に入ると、すかさずいい匂いがして、ああ女の子の部屋だな、と急にドキドキしてきた。
玄関のすぐそばにはバスルームの戸があって、ミチルが言った通り、ついさっき使った形跡があった。
蒸気とソープらしい爽やかな匂いがまだ残っていた。
洗濯かごの中に薄いピンクのブラジャーとショーツが見えて、俺は慌てて目を逸らした。長旅で、まあいろいろと溜まっているのは否めない。
「すごい荷物だねえ」ミチルが言った。
「夜逃げしてるみたいだろ」と俺はなるべく余裕を
「いいよ。かまわないからそのまま置いちゃって」
俺は、床を傷めないように、そしてそれ以上に腰を痛めないよう、慎重に荷物を降ろした。
はーっと息をつく。
「おつかれさま」ミチルはニコリと笑う。
「あ」と俺はあらためてミチルを見て「……お邪魔します」
「あがってコーヒーでも飲む?」
最初こそ、緊張してとても大人しそうに見えたミチルは、態度にちょっと余裕が出てきていた。自分の部屋に居ることで、気持ちが大きくなってるのかもしれない。
逆に俺の方は少し緊張している。
「いや、いいよ。荷物だけ置かせてもらえれば。早く出ないと、山はすぐ暗くなるしね」
「ふうん」とミチルは少し色気のある大人びた顔で笑った。「ナンパの達人さん、意外に遠慮しぃなんだね」
「誰がナンパの達人だ」と俺は顔をしかめた。「人聞きわりーな」
「だって、ねえ? なーんか気づいたら家にあげちゃってるし」
ミチルは目を細める。
なんとなく居心地悪くて、俺は、
「ま、とにかくさ。行こうよ」と言って、さっさと階段を降りた。
結局、靴も脱がなかった。
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