王位継承

「や、お疲れ様」

 ローラが目を覚ましたタイミングで呑気な声が割って入って、俺らはつい身構える。

「リュグナ様――」

 駆け寄ろうとした敵の何人かが、だるまさんがころんだみたいに駆け寄ろうとしたポーズのまま固まる。一番最初に会ったときに見たアレだ。拘束魔法みたいなやつ。

「何しに来た」

「嫌われたものだなあ。君らと敵対した覚えはないんだけど」

 リュグナは笑いながら歩を進め、警戒するアリクイみたいなポーズで鼻の頭にシワを寄せている望月さんのすぐ前まで近づくと、ローラに視線を合わせて「女王陛下」と膝を折ってみせた。

「……わたし?」

「戴冠していないから厳密には『まだ』女王ではないね。今この国には王がいない。王の座を狙う者はいくらかいるけど、正当な後継者は君だ」

 リュグナは唇の端を釣り上げてローラを見る。

「君の意思を聞きに来た」

「私の、……意思」

「……リュグナは結局この国の何なの?」

「ん、別に何でもないよ。強いて言うなら長老かな。一番長生きしてるのは確かだから」

 長老て。

「君が玉座を望むなら、今ここで戴冠の儀式をしてしまおう。宮廷魔術師たちは不在のようだしね」

「戴冠って、それこそ勝手にできちゃだめな種類の魔術なんじゃないの? 王権の継承ってそんなパッとできていいもん?」

「まあ大なり小なり越権行為だけど、今はこうするのが一番いいだろう。手順はよく知ってるしね。王権さえ正しく継承されればできることも増えるし、越権については陛下が裁いてくれればそれに従う」

「先王の臣下たちは?」

「寝返ったか、殺されたか、幽閉されたかだね」

「わーお」

「リアクション軽いな」

「逆に軽いリアクションしかできねえよ怖いやだ」

「……この争いを、終わらせて欲しい」

 ローラが静かな声で言う。

「女王陛下のお望みとあらば」

 それはつまり、願いを聞き遂げてほしければ玉座を望めという意味だった。ローラはリュグナの目を見据えたまま動かない。その目から何を読み取ったのか、リュグナは少し笑ってパチンと指を鳴らした。あれゴリラにもできるのか、とか思っていたら、周囲から「ぐぅ」といくつかの声がして、どさどさとゴリラたちが倒れていき、数秒の後にはローラと俺たち、メリアとアレックス以外に立っているものはいなかった。

「何――何をしたの」

「争いを終わらせるのは簡単だ。。混乱もじきに収まるだろう」

 は? え、つまり今こいつ敵側皆殺しにしたってことか?

「ちょっとそれは――」

「ひどい」反駁しようとしたところ、ローラが半ば悲鳴じみた声を上げる。「これじゃあ意味がない、こんな、どちらかが滅べばなんてことはしちゃいけない!」

「意味はある。こうすることで君を傀儡化しようという人間はひとまずいなくなる。少なくとも彼らは先王を殺したんだ、粛清は避けて通れない」

「それでも、こんなのだめ、絶対に間違ってる。もっとちゃんと、手続きとか話し合いとか、裁判とか、こんな一方的にじゃなくて」

 ローラが血相を変えて詰め寄ったところで、リュグナは腹を抱えて笑い始めた。こうなると「あっいつものやつか」ってわかる。さすがの俺も一瞬びびったけど。相変わらず趣味が悪いこのクソ男。

「つくづく面白い子を連れてきたね。無鉄砲は勇者の血筋かと思ったけど、君らの世界っていうのはみんなこうなのかな。苛烈なんだか呑気なんだか」

「まあ散々平和ボケしてるって言われる国の出身だからね俺ら」

「女王陛下。あなたの望みを聞き遂げよう。反逆者たちを囚え、あなたが望む誠実さで遇しよう。争いを退け、この地に平和をもたらそう。陛下の御世が一日でも長く続くように尽力しよう。今から私はあなたの臣下だ」

「……菅原くん」ローラがJKにあるまじき結構な形相で俺を呼ぶ。「……この人、信じていいの?」

「……まあ、人格はともかく能力については保証する」

「ずいぶんひどい言われようだ」

 ラーの鏡見てから言え。

 こっちはこっちで話していたけど背後が妙に静かだなと思って振り返ると、望月さんが顔を歪めてうつむいていた。そりゃそうだ、取り戻しに来た、一緒に帰るはずだったローラがなんだかんだ玉座を継承するって話になってるんだから。

「望月さん、大丈夫?」

「……ローラの選択はローラのものだ。私のわがままで捻じ曲げていいものじゃない」

 望月さんが低い声で答える。慎重に慎重に絞り出されるような声。本当は一緒に帰りたいのにそれを口に出すのを堪えているような――

「だから私もここに残る」

――違った。全然違った。

 望月さんの発言に、ほとんど間髪入れず秋元が「言うと思った」とため息をつく。

「言うと思ったで済ませていいのかそれ」

「言うと思ったで済ませてよくはないけど言うと思ってたのは事実だ」

 うん、まあ言われてみれば想像の範囲内ではあったけど。

「望月が残るなら俺も残る」

「え?」

 俺はてっきり秋元が引き止める方に動くと思っていたので面食らってしまう。

「そうだろ? 元々王女仕えの家系だ。望月が居ないならあっちに俺の役割はない」

 え、何、なんでそんな簡単に全部手放せちゃうわけ? いくら大事だからって友だちひとりのためにその他全部捨てるとか、間違ってるとまで言わないけどあまりにもこう、アンフェアじゃない? 向こうの誰も引き止めることすらできないこの状況で決めちゃっていいことじゃなくない?

「だめだ、それは――あの、だめ」

 頭の中がまだごちゃごちゃしていてでも今言わなきゃどうしようもないので俺はそのごちゃごちゃしたものをごちゃごちゃしたまま喋る。

「俺すげえ――すげえ後悔したんだよ、後悔したし腹立ったし、なんで一言引き止めさせてもくれないんだって、なんでお別れもさせてくれなかったんだってずっといらついてて、でももう当人いなくて、ぶつけるところもなくて、……ごめん、全然言いたいことまとまんねえんだけど、……それはだめだ、そんなの、今ここで決めちゃだめだ」

「……ローラ」

 望月さんがローラのそばまで歩いていって、ローラに抱きつく。

「絶対、また来るから」

「うん」

「菅原、ありがとう。ごめん。無神経だった」

 秋元に謝られて、俺はようやく二人がここに残ることをやめてくれたのだと悟った。肺の中身を全部吐き出すような巨大なため息をついたら体から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。

「……びっくりすんじゃん、やめろよそういうの」

「菅原がいてよかったよ。俺らだけじゃ踏み外すところだった」

「お前らさあ……」

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