自己犠牲・ダメ・絶対

 敵ゴリラたちの目を逃れるため、俺たちはあっちの扉に身を隠しこっちの部屋に身を隠しと迂回しながら王宮内を進む。王宮って何があるんだ? っていうのが元々の疑問なのだけど、予め見せてもらった場内の構造図を見る限りでは役所てきなものであるらしい。税金とか戸籍とかなんかの申請とかを取りまとめる部屋が個別にあり、会議室がある感じ。

 走る隠れる走る隠れるを何度も繰り返し、その上ずっと気が張りっぱなしなので運動量に比べて異常なくらい疲れるのだけど、望月さんは割とぴんぴんしているというか、道の安全が確認されるなり猛ダッシュで先へ進んでいく。

「っていうか疲れないの望月さん」

「全然」

「人間の体力じゃねえって……」

「勇者さん、いつぞやモチヅキさんの方が勇者に向いてたかもって言ってたろ」

「うん? ああうん、言ったね」

「あの時呼ばれたのが勇者さんでよかったよ。……戦線には慣れてるつもりだったが、ずっとこの勢いじゃ身が持たない」

 アレックスが苦笑いしながら言う。喜ぶところかこれ?

 現在俺たちは王宮の三階にいる。このあたりは国のトップのトップ、王に直接口をきけるレベル(俺も直接喋ったけど)(勇者なのでノーカン)のスーパーエリートが仕事をする場所だ。国王ともなれば個別の案件に対して直接決定を行うことはほぼ無いので、情報が吸い上げられる国政ヒエラルキーの実質的な頂点。そして、四階には玉座の間がある。防衛の観点から見て王様が一番高いところにいるのは納得できるんだけど、移動手段が階段なあたり、体力的には一番しんどそう。毎日四階まで登るの?

 ローラの居場所を示すコンパスはまだ上を指しているので、ローラが玉座の間にいることはほぼ確定ということになった。まあ、想定通りではある。玉座の間は文字通り玉座がある場所で、王様がいる場所で、だから柱とか絨毯とかに魔法陣を編み込んで防衛の術式が組まれているらしい。王城自体は直属の軍隊が守っているものの、玉座の間と寝殿はまた別格ということだ。

「さて、ここから先は隠れる場所もない、文字通りの一本道だ。前からも後ろからも敵が来る可能性があり、挟み撃ちもありうる。相応の覚悟と注意が必要だ」

「ここを登りきったら、ローラがいる」

「うん。本当にもうすぐだ」

「行こう。早くローラに会いたい」

「頼むから暴走はしないでくれよ。望月が本気でビーム撃ったら玉座ごと木っ端微塵にしかねないんだから」

「ローラに向けてなんて撃つわけないでしょ」

「モチヅキさんと勇者さんは、攻撃するときはできるだけ見方を巻き込まない位置に移動してくれ。アキモトくん含め、三人はできるだけ戦わないで済むようにようにするつもりだが、何が起きるかわからないからな」

「了解。隊長もがむしゃらにビーム吐いたりしないでね」

「もちろん。メリアとアキモトくんは巻き込まれないように注意してくれ」

「はい」「はい」

 わずかに沈黙が流れる。確認するような視線が互いの間に飛び交う。階段を駆け上がって扉を開ければ、そこはすぐに玉座の間だ。何が待ち受けていてもおかしくない。

「行こう」

 望月さんの号令で全員がうなずく。

 扉の外に人気がないことを確認し、全員で駆け出す。階段を上り、重い扉を押し開ける。この世界に来てほとんど一番最初に見た、あの玉座の間だ。玉座を取り囲むようにして、十数頭のゴリラたちがいる。

「見えた、ローラ!!」

 望月さんが叫び、走り出す。目線の先、玉座に居る誰かは何やら大仰な法衣を纏っており、俺の目にはそれがローラであるようには見えない。

「え、あれローラ? なんか雰囲気が違――」

「この私がローラを見間違うわけないでしょ?!」

 尤もです大変失礼いたしました。しかし「この私」って。

 走り出した望月さんを秋元が追いかけ、その後ろを俺とアレックス、メリアが追走する。もちろんそれを見逃してくれる相手ではなく、さっきアレックスに言われた通り、俺はローラとそこに近づいていく望月さんから距離を取る。まあさっき使ってみた感じだと巻き込んでも大事には至らなさそうな気がするけど、用心するに越したことはない。

「峰打ち!」

 叫びながらエクスカリバーを振る。両刃なので峰とかは無いのだけど、切るなと言えば切らないでいてくれる剣だ。エクスカリバーの打撲(?)をくらった敵は、例のごとく謎の混乱状態に陥る。混乱というか、行動不能というか、なんかそういうやつ。転んでは立ち上がり立ち上がっては転ぶ。三半規管あたりに効くのだろうか?

 玉座の間に元々いたゴリラたちの他、背後の扉からもどんどん敵が入ってくる。ただでさえ頭数が違うのに、ますます混戦になってくる。しかしここには木や何やのように登れるようなものがないから、不利とはいえ戦いにくいわけではない。望月さんがローラのそばから離れない分、秋元も望月さんのそばからあまり離れずに済んで、安心してゴリラたちをちぎっては投げちぎっては投げしている。


 視界の端でメリアが戦っている。ローラが倒した眼の前のゴリラが、ローラの腕を掴んで体制を崩させる。その背後から近づいてきた別のゴリラが、メリアめがけて拳を振り上げる。

「メリア!」

 アレックスの怒号が響くも、メリアは体制を崩したところで、まだすぐには動けない。


 腕力じゃなくて慣性の話。


 ついさっき秋元から聞いた話が脳裏をよぎる。つまり、今体制を崩しているメリアを突き飛ばすくらいなら、もしかしたら俺でも出来るのかもしれないという直感。

 大した考えもなしに踵を返し、転びかけたメリアの背中を思い切り蹴り飛ばす。メリアは体制を崩した勢いのまま前方向に転がり、敵が振り下ろそうとする拳の射程から外れた。しかしその背中を蹴りに飛び込んだ俺は、後ろに半分ひっくり返ったような姿勢でその拳の真下に入ってしまったわけで。

 振り下ろされる拳がはっきりと見える。ああこれやばいなと思う。視界がスローになり、気分がなんとなく落ち着いてしまう。

「勇者さん!!」

 メリアの悲鳴が聞こえる。ごめんな女の子の背中思いっきり蹴ったりして。――ああでも、よかった。ちゃんと守れた。これで、――誰も失わずに、済――


「いいわけあるかあっ!!!!!」

 とっさにエクスカリバーを振り、起こった風で敵ゴリラを吹き飛ばす。ついでに自分も後頭部から思い切り地面にすっ転んだ。なるほどこれ結構便利だ。

「っあ、走馬灯見えた危ねえ」

 どうにか体制を立て直して敵に向き直る。しかし死ぬ瞬間に時間が圧縮されるってマジなんだな。いや死なないけど。死んでたまるか。

「無事?!」メリアの声が届く。

「生きてる!」大声で返事をする。

 自己犠牲はクソだ。自分だけ満足して消えるなんて馬鹿だ。俺は誰もになんかしない。毎日五十回の腕立て伏せの効果を見せてやる。

「望月離れろ! それ以上は望月が危ない!」

 秋元の怒号が聞こえて振り返ると、望月さんはローラの周囲から出た触手とも蔦ともなんとも言えないにょろにょろしたものに半分飲み込まれかかっていた。

「もう――離さない、今度は腕がちぎれたって、絶対に離さない!!」

 望月さんに腕を掴まれているローラの目は虚ろで、おそらくは望月さんの声すらもう聞こえていない。

「菅原、ローラの服を切れ!」

「なにその無茶?! 漫画じゃないんだからそんな都合よくできるわけないだろ?!」

「リュグナ様の話、ローラには加護の魔法があるって話! リュグナ様でさえローラ本人の同意がなければ魔法はかからない、だったらあの服になんか仕掛けがあると思うのが普通だろ!」

「普通ってどこの普通だよ?!」

「古典で竹取物語ってやったろ?! !!」

「あっオッケー理解!!」

 普通かどうかは取り敢えず置いといて秋元の言わんとする所はわかった。「天の羽衣」でイメージを共有できるんだから教養って大事だ。

「――この剣は悪しきものを断つ正義の剣、だから大丈夫、できる、……頼むエクスカリバー、あのわけわかんねえ拘束を斬ってローラを守れ!」

 もう間に合わないとか助けられないとか、そんな下んねえ直感に二度と従ってたまるか。そんなもんのために友だち失ってたまるか! 最後まで足掻きもしないで諦めてたまるか!!

「ローラを返せ!!!!!!」

 振り抜いたエクスカリバーの剣光は、望月さんもローラもすり抜けて、ローラの纏っていた法衣を焼いた。ローラから出ているように見えたわけのわからない触手みたいな植物のつるみたいなものもまとめて焼けて、その中からローラだけが望月さんめがけて倒れ込む。

 ローラも望月さんも、無事だ。

「っっっっっっっっあ、くっそびびった、漏らすかと思った無理超怖いホントやだああいうのやーだー」

 玉座の間らしい真っ赤でふかふかした絨毯に転がって溜め込んだ弱音を存分に吐き出すと、望月さんが「もうちょっと長くかっこつけてられないの」と言って笑った。望月さんの膝の上にはローラの頭が膝枕よろしく乗っかっている。

「無理。一分以上はもたない。びっくりしすぎて吐きそう」

「かっこよかったよ。一瞬」

「身の丈ってものがあるからね……」


「美咲……秋元くん、菅原くんも。……私、どうなったの? ここはどこ?」

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