絨毯ぐるぐる巻き×3

 王城まで行くことになりチーム編成も済んだのだが俺、秋元、望月さんの三人は変装も何もやりようがなく、結果、荷物に擬態して王城まで運ばれることになった。つまり、またアレだ。絨毯ぐるぐる巻き。

「やっぱそうなるか」

「まあ王城まで運ぶってなるとな。途中で見つかって戦闘になるのも避けたい」

 だよなあ仕方ないよなあと思いながら絨毯に寝っ転がってぐるぐる巻かれていると頭上から望月さんの「なんでそんなに平然としてるの……」と半ば呆れたような声が聞こえる。

「俺これ二回やってるし。大丈夫だよ安全だから」

 喉をそらしてぎりぎり顔が見える状態で答える。

「安全って言われても……」

「完全に荷物だな……」

 ホモサピエンス二名、完全にドン引きしている。まあ仕方がない。

「安全な街についたら外に出てもいいんだが、移動中は我慢してくれるか。狭くてすまない」

 アレックスが心底申し訳無さそうな声で説明してるけど、狭さの問題じゃないと思うんだよな、ふたりてきに。

 最終的にはもちろん二人も渋々ながら絨毯で巻かれて荷車に積み込まれたようだった。視界が上方に少ししか無いためお互いの状況は伺い知れないが、「狭い」とか「頭ぶつけた」とか「なんか眠くなってきた」とか都度都度二人の声が微妙に聞こえてくる。

 ゴリラ界の荷車はTHE荷車って感じの、何の変哲もないものだ。何の変哲もないっていうか、ゴリラ界全体の文明レベルから見ると不自然に古臭いというか原始的なもの。そういえばなんでこれこんなに原始的なんだろうか。

「物だけなら転送できるんだ。物流がそうだから移動方法はあんまり発展する必要がなかった。少なくとも生命体を転送できるほどの技術は、俺の知ってる限りでは確立されてない」

 絨毯の向こうから秋元がもごもごと答える。聞き取りにくい。

「でも俺らがこうして運ばれてるってことは、ある程度こういう運搬も残ってるってことだよな?」

「それはコストパフォーマンスの話」

「なるほど?」

 よくわかんないけど。いや話はわかるけどコストパフォーマンスが何を基準に測られるのかがよくわからないというか。ちょっと気になったけど込み入った話をするのに向く状況じゃないので見送りにした。秋元の話は長い。


 絨毯にくるまってゴトゴト運ばれながら暖かいし微妙に揺れるしで眠くなってきた頃、荷車が止まった。ちょっと口論っぽい雰囲気の声が聞こえてきたので俺は絨毯の中でどうにかもぞもぞ動いてなんとかそこから這い出る。絨毯は硬いので縁に手をかけて力を込めればそのままずるっと外に出ることができる。問題は手を絨毯の縁まで移動させるのが結構しんどいことだけど。

 俺らを運搬する都合があるから信頼できるメンバーで固めたとはいえそのぶん人数は少なくなってしまって、トラブルが起きた時のリスクは高くなっている。大隊長がいるのに出て行ってもすることないだろって思ってはいるんだけど絨毯にくるまって荷物のふりし続けるのもちょっと心臓に悪い。

「何する気だ」

「何もしない。様子見てくるだけ」

 秋元と小声で会話してから、エクスカリバーを抱えてそっと荷車を抜け出す。幸い、ゴリラたちに比べてこの体は小さい。気をつけて味方ゴリラたちの背後に隠れていれば見えやしないだろう。

「勇者様、なぜ外に」

「しっ。ごめん、様子が気になって。今どういう状況?」

「……荷物を検めさせよと要請されています」

 わあ。クリティカルでだめなやつじゃん。

「パッと見、敵っぽい感じ?」

「パッと見、敵っぽい感じですね」

「そっか」

 ぶっちゃけ敵っぽいのに見つかっちゃって「荷物を検めさせよ」なんて言われちゃってる時点でにっちもさっちもという感じで、暴力でねじ伏せるわけにもいかないだろうし埒あかないだろうしいっそ出てっちゃった方がいいんじゃねえかなこれ。戦闘になっちゃっても困るし。

「アレックス」

 声を掛けると、アレックスはあからさまにびっくりした様子で「は?!」と言ってこっちを見た。

「なんで出てきた?!」

「いやほらなんか埒あかないかなって」

「埒――なに、あのな、」

 アレックスの背後で敵っぽいゴリラたちは俺の姿を見て「勇者様では」「なぜ」「まさか王女を連れ戻したのは」と口々に狼狽を述べる。連れ戻したっていうかたまたま一緒に来ただけなんだけど、もしかしてまたここ数日で変な尾びれがついてないか?

「あの、すみません、俺の顔に免じて、通してくれたりしませんか」

 そんなことを言ってみるのだけど、ゴリラたちは少したじろいだだけで姿勢を崩すまでに至らなかった。それどころか少し距離を詰めて、俺たちを拘束しようとする。俺はエクスカリバーを抜き、それをゴリラたちの眼前に示す。

「見逃してほしい。手加減は得意じゃない」

 手加減は得意じゃないっていうか、俺の側でまだ踏ん切りがついていないので戦えないだけなんだけど。こういうときはもうとにかく「勇者様」っていう看板を掲げてハッタリかますに限る。リュグナが何を吹聴して回ったのかは知らないけど、使える風評は使わせてもらう。

 さすがのゴリラたちも魔王を倒した国宝の聖剣を見てたじろいだのか、動きが止まった。それでもまだ態度は軟化しない。

「温情を頂いたのがわからないか?」

 背後から声がしてちょっと振り向くと、秋元が俺の少し後ろに控えるように立っていた。なんか急にブチ切れモードの秋元に睨まれて敵ゴリラたちが一歩退く。アレックスとメリアはかろうじて真面目な顔を保ってるけど俺と望月さんはちょっとぽかんとしてしまう。なんなの怖い。俺が怒られてるわけじゃないのになんかすごい怖い。っていうかいつの間に出てきたの二人? っていうか何その言葉遣い? 従者モード?

「引けと言ってる」

 引き続きブチギレ従者モードの秋元が言うと、敵ゴリラたちは互いに顔を見合わせ、俺と秋元を何度か交互に見た後、何かを諦めたかのようにすっと道を譲る姿勢を見せた。俺のときは引かなかったのになぜ。秋元はアレックスとメリアにそれぞれ目配せした後、俺をぎちっと睨みつけて首根っこを掴んで荷車に放り投げた。掴まれた首根っこと荷車のふちに打ち付けた肘が超痛い。でも自ら再び絨毯に包まっていく秋元の姿がちょっとシュールで笑える。

 俺に怒ってたのか別にそうでもないのか怒ってる風に見えただけであれはもしかしたら「威厳がある」にカテゴライズされるべき態度なのか? とかなんかぐるぐる考えてはいたんだけどアレックスの言ってた「最寄りの町」の「安全な宿」についた途端、秋元は怒髪天モードになって俺の前に仁王立ちした。一方の俺、正座。秋元いつぞや俺のこと「主みたいなもの」って言ってなかった? 主を床に正座させる? 王家と秋元家の関係ってずっとこんなんだったん?

 なお、秋元の横にはアレックスが同じく怒髪天モードで仁王立ちしている。仁王立ちっていうかこっちはまあ、見た感じ普通に立ってるだけなんだけど。

「なんでわざわざ矢面に立つような真似をした」

「だって――」

 弁解しようとしたところにアレックスと秋元の「だってじゃない!!!!!!!」がハモってかぶさる。話聞かないなら訊くなよ。二人の背後で望月さんが苦しいくらい笑ってる。笑ってないで味方してくれよ。

 散々説教されて足も痛いしげっそりしてたらどっかに何かの調整に出かけていたメリアが戻ってきて代わりにアレックスが出ていく。そういえばもう作戦始まってるんだよな、忘れかけてたけど。

「お疲れ。隊長のお説教長かったでしょ」

「メリアも受けたことあるんだ?」

「そりゃあ、新兵時代は散々。怖かったなあ隊長」

「秋元も怖いから気をつけた方がいい」

 メリアが秋元に説教を食らうことはまあまず無いんだけど、一応注意しておく。ジョークがちゃんと伝わったのでメリアがくすくす笑う。そのちょっと後ろで秋元がこっちを睨んでいる。目を合わせてはいけない。

「さっきはありがと。隊長を心配してくれたんでしょ?」

 秋元に聞かれないようにか、メリアは少し声を潜めた。つられて俺も小声になる。

「メリアがわかってくれてんならいいや。あとで隊長にも説明しといてよ、俺から言うとまた怒られそうだから」

「任せて」

 メリアがどんと胸を叩く。ヤダ勇ましい超頼れそう。やっぱメリアはいいやつだ。いや本当はみんないいやつなんだけど、怒られた直後なのでメリアの優しさが沁みる。もしかしたら秋元への弁解も望月さんに任せた方が早く収まるのかもしれない。なんか今一瞬あんまり気づきたくないことに気づいた気がするけどスルーしよう。微妙な疎外感は忘れよう。二対二対一じゃないこのチーム?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る