決断

 そこからまた丸二日半くらいが経って、例のコンパスを持って王都に偵察に出ていた隊が戻ってきた。その隊の報告によると、やはり反応は王都にある。王都周辺に特殊な警戒の気配はなく、却って不気味なほど静かだったそうだ。

 今日の会議はベースにいる全員が集まった大規模なもので、つまり現在集められる情報はほとんど集まっているということになる。

「どう見る?」

「……不気味だよな。あれだけ派手に狼煙を上げておいてその後の音沙汰がない。ここまで話が届いていないだけかと思っていたが、城下ですら変わった様子が見られないとなると」

 正直なところ、王様が変わったからって市街にどういう影響が出るのか俺にはちょっと想像しにくいのだが、アレックスいわく「中央から使者が来て大隊長クラスくらいは面通りするもの」らしい。それがないと国全体をまとめることができないし、城下だけのままごとになりかねない。そもそも王政ってどういう仕組みになってんだ?

「罠かな」

「それはまず考えられない。向こうは王女を手に入れたとはいえ、圧倒的に少数派だ。そもそもこちらが相談して団結するだけの時間を与えてしまっていることがまずおかしい」

「何かアテが外れたってことか」

「王位の継承ができてないんじゃないかと思ってる」

「ええと、俺それよくわかんないんだけど、王位継承って具体的に何をするもの?」

「何しろ継承自体が二、三十年ぶりだからどうも――正直俺らもこの目で見たことがあるわけじゃないんだけどな。宮廷魔術師が次王に魔法をかけるのだと聞いてる。魔を退け、国土を十全に守れるようにと」

 なんかそれ聞いたことあるぞ。リュグナがなんか似たようなこと言ってたぞ。あんまり具体的に覚えてないけど。もしかして裏から足引っ張ってくれてたりするのかな。期待し過ぎかな。っていうかリュグナに対しての連絡ルートって誰が知ってるんだろう。それこそ宮廷魔術師か?

「じゃあ、今が攻め込むチャンス?」

「かもな。向こうに計算ミスがあったならこっちとしても時間は与えたくない。周辺に連絡して首都ごと包囲、道を塞ぎつつ少数で乗り込んでみるか」

 包囲戦か。

「南との連絡はどうしますか?」

「そこだよなあ。東西と連携して首都包囲しつつ南に穴を開けておいてそこを叩いてもらうくらいだとタイミング的にも間に合わないわけじゃなさそうだが。出方によっては包囲戦も壁が薄くなりやすいし」

「首都の外にも仲間がいた場合はどうなる?」

「戦闘になるだろうな。挟み撃ちにされる可能性もある。その上、軍内部に敵が残っている可能性もゼロじゃない。各チームを少数にはできないからその分できるだけ多く人員を割かないといけない」

 ふーむ。相手が見えないっていうのはなかなかまずそうだ。

「できるだけ多く人員がほしいから、できれば三人にも協力してもらいたいんだが」

 アレックスがそう言って秋元を見る。秋元は眉根を寄せて渋る。

「そのことなんだけど、俺からも一個話がある。いい?」

「ん。全員にか?」

「うん。まあ正直大隊長クラス三人が聞いてくれれば十分なんだけど、全員に聞いてもらった方が手っ取り早い」

 息を吸う。息を吐く。会議室は静まり返っている。息を吸う。よし。


「俺は北軍ベースを離反する。今後一切ここには協力しない」


「は?!」

 室内が一斉にざわつく。

 秋元をどうにか説得する、というか丸め込むというか足元を掬うというか、なんかそういうののために俺が無い頭振り絞って考えついたのがこれだった。

「待て、何を言い出すんだ急に?!」

「もう決めた」

「決めたって、何も聞いてないぞ?!」

 秋元が声を荒げる。よしよし。そのまま熱くなってろ。

「そりゃあ言ってねえもん。どうせ反対するだろ。情報は揃ったみたいだし、俺は一人でローラを連れ戻しに行く」

「何を無茶なこと――

「あ」

 望月さんがなにかに気がついたように声を上げる。ワンテンポ遅れて秋元も気がついたようだった。じわじわと表情が引きつっていくのが笑える。

「その上でけど?」

 宣言すると、望月さんが勢いよく立ち上がって右手を高らかに上げた。

「私は行く。菅原くんと一緒に、ローラを連れ戻しに行く!」

「……そういうことか……」

 秋元が頭を抱えて盛大に溜息をつく。はははざまみろ。

 秋元を動かすためには、北軍に付き従っているわけにはいかなかった。北軍に付き従うというスタンスでは秋元の「菅原おれと望月さんを戦線に出したくない」という意見を覆せない。単騎で攻め込むと宣言すれば慌てて乗ってくるだろうと思ったし、実際にそうなった。

「ニヤニヤすんな」

「あまりにも想像通りのリアクションが来たから面白くなっちゃってさあ」

「つまり勇者さんはこちらに協力しないがこちらが勇者さんに協力するのは認めると?」

 アレックスが眉を互い違いに動かしながら俺の顔を覗き込む。

「ぶっちゃけ俺らだけでどうこうできると思ってないし」

「びっくりした……」

「相当肝を冷やしたぞ今……」

 メリアとアレックスが交互につぶやく。他の面々もそれぞれにため息を付き、肩を下ろし、うなだれる。秋元を欺くにはまず味方からとは言ったものだが、まあ、そこそこ悪いことをした。

「ごめん。こうでもしないとまとめられそうになかったからさ」

「作戦変更だ。我々は勇者様に協力する。行動をともにする人員は最低限。それと、これは俺のわがままなんだが、俺は勇者さんと一緒に城へ入る」

 アレックスが宣言する。異論は上がらない。

「大隊長、私もそっちに行きたいです」

 メリアが言うと、アレックスは「ん。そうだな」と軽く了承した。

「二手に分かれるかもしれないことを考えれば城内知ってるやつの方がいいか。構いませんね」

 残りの大隊長ふたりも特に異論は無いようだ。ずいぶん信頼されてるんだなここふたり。

「小隊長、王城に入ったことがあるんですか?」

 自分の隊の部下に問いかけられてメリアが笑う。


「なにしろ王城の地下に幽閉されたことがあるからね」

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