本人の意志を無視して周りが盛り上がっちゃってるパターン

 西の英雄、ボナパルト氏との話はだいぶややこしい事態になったようだ。曰く、ボナパルト氏本人に王位継承の意志がない。というか当人はふつうに王家支持派で、つまりローラが王位を継承することに賛成してるタイプ。周囲が勝手に祭り上げてるだけ。

 ローラに王位継承の意志はないのでボナパルト派と対立する気はないよと言ってみたところで「いや私も王位に就く気は無いんだよ」てきな話になっちゃったらしく、かといって彼を祭り上げる周囲は割と熱狂的で、丸一日問答を繰り返した挙げ句「取り敢えず王位継ぐって宣言しといてください」てきな口裏合わせを行ってどうにかまとまった、という具合だった。らしい。

 ボナパルト氏およびボナパルト派の面々はローラを王室から奪還することに協力する。そのような書面を小隊の一つが持って帰ってきて、その場にいた全員で胸をなでおろす。

「でもそれはそれで後々変な火種にならない? ボナパルトさんは王位継承の争いに入っていくことになっちゃうよね?」

「まあ、うん、なると思う」

 メリアが話しながら苦笑いする。メリアの隊の部下たちはそれぞれ自室に下がって休息に入っており、メリア自身も報告が済んで肩の力を抜いたところだった。

「いいの?」

「年端もいかない娘が巻き込まれるよりマシだろうって」

「おおー……かっこいい……」

 どんな方かは存じ上げないが、株が急上昇した。前線を退いた老兵ってだけでもかっこいいのに、面識もない誰かのために戦ってくれるんだからそりゃもう超かっこいい。

「まあ問題は『王女に王位を継承する意志がない』っていうのをおおっぴらにしちゃうと今度は王家支持派と反りが合わなくなってくることなんだけどな」

「そこはもう『本人を説得してくれ』で押し通すしかないっぽくない? 何にせよ今の状態はまずいんでしょ?」

「まあ、そうだな。王の傍に信頼の置ける臣下の一人もいないんじゃ、国民だって王政を信用できない。それは女王支持派も反対派も同じのはずだ。本来は先王から臣下やら何やらを引き継ぐんだが、今回はそれも見込めないだろうしな」

 その上ローラにはこちらで過ごしていたときの記憶はなく、翻訳魔法がなければ言葉すらわからない。そもそもこの状況で、襲撃によりほとんど空っぽになっているだろう王室を、長く異世界で暮らしていたローラが継ぐ、という事自体がかなり無理だ。

「取り敢えず西の大きい勢力を説き伏せたってだけでも手柄だ。東側にもそんなに不安はない。一番心配なのは南か」

「南になにかあるの?」

「単に遠くて連携が取りにくい」

 なるほど。

「普段は中央が連絡を継いでくれるんだが、今回はそれがあてにならないからな。東からも西からも南の情報は入ってきてないし、どう動くかが読めない」

「ちなみに南軍ベースまで行こうとすると何日かかる?」

「何もなければ往復一月ってとこか」

「げえ」

 一月待ちぼうけはつらい。参勤交代ってどんなもんだったんだっけ? なんか一回授業で聞いたような聞いてないような、時速四キロで一日十時間進むとして一日四十キロの片道十五日だから六百キロとか? でも川舟とかあったし他の交通機関が無いとも限らないわけで――いいやめんどくさい。往復一ヶ月な。

「俺のテレパシーが使えればぱっと連絡できるんだけどな。あれピンポイントで連絡できたりしない?」

「向こうが専用の触媒でも持ってればできるんだが」

 なるほど電話番号知ってれば電話できるとかそういう話? 相変わらず言葉のイメージに対して微妙に不便だなテレパシー。

「じゃあ望月さんは? お互いに触媒持っとけばピンポイント通話できそう?」

「え? ああそうか、モチヅキさんもテレパシーが使えるのか」

「たぶん。出自ほぼ同じだし」

 本人はローラと自分の愛の力だって思ってたらしいけど。


 そういうことで取り敢えず三人分の触媒を作ってもらうことになったって話をしたら望月さんは「テレパシーが使えるならローラと話だってできるはず!」と言い出して部屋の隅でうなり始めてしまった。効果範囲一キロくらいだって自分で言ってなかったか望月さん?

「触媒なんて受け取っても、どうせ俺はテレパシー使えないんだけど」

「いやいや、ビームとかエクスカリバーの件があるしさ、案外使えないって思いこんでるだけかもしんないじゃん?」

「そうかな」

「受信だけでもできたら御の字ってことで持っといてよ。三人とも持ってた方が安心でしょ」

「まあ、それもそうか」

 秋元と望月さんは隣町から来た魔術師に教えを請うて魔法周りの特訓をしていたらしい。こっちもこっちで「触媒があればできることが増える」というような話になったらしく、望月さんも秋元も耳飾りやら腕飾りやらでゴテゴテになっている。っていうかユリウスのときはそういうのぜんぜん考えてなかったんだけどもしかしてあいつマジですごいやつだったのか?

「菅原の分もある。付けてろ」

 じゃらりと手渡されたのは石のついた輪っかと布の紐の編み込みの輪っかがふたつ、金物っぽい光沢の、つまり細いチェーンみたいな繊細そうな輪っかがひとつ。アクセサリー類に詳しくないので「輪っか」としか認識できない。

「ええー……かわいい……やだ……」

「わがまま言わない」

「っていうかどれが何? どう使うの?」

「こっちが耳飾り。耳の裏に引っ掛ける感じ。これは首飾り。こっちふたつは腕飾りだから腕に結ぶ。貸して」

 秋元が俺の横に回って耳飾りを付けてくれる。何、どうせなら望月さんにお願いしたいんだけど。っていうかあれかお前は望月さんと耳飾りの付け合いでもしたのか秋元おいこら秋元。

 耳飾りをつけた耳は重く、耳の上の皮膚が引っ張られる感じがしてなんとなく首が傾く。首を振ると耳に遠心力を感じる。うーん新感覚。ちょっと抵抗あるけど入れ墨じゃなかっただけマシだと思おう。ゴリラに入れ墨文化がなくてよかった。入れ墨できるのか知らないけど。

「取り敢えず今は王城の偵察に行ってる隊の帰還待ちだ。俺らにできることがあるかどうかもそれが戻ってこないとわからない」

「無いだろ基本」

「その割には準備万端なんじゃん? 礼装作ってもらったりしてさあ」

「……なんかしてないと望月が拗ねるんだよ……」

「ぶっちゃけた話さあ」望月さんはまだ壁を向いてぶつぶつ言っている。こっちの話は聞こえていないはず。「秋元はローラの居場所がわかったら助けに行きたい?」

 秋元は恨みがましい目で俺を睨めつけ、うなだれてため息を付き、望月さんの方を一度見て、「行きたい」と答えた。

「正直、待ってるだけっていうのは俺もつらい。でも望月を連れて行きたくはない」

「割とマジで忠臣なのな」

「仕方ないだろ、そういう家系なんだよ」

 謎に半ギレで返事されたんだけど俺としては褒めているつもりだった。かっこいいじゃん忠臣。

「取り敢えず三人とも行きたいは行きたいんだな」

「俺はお前らふたりとも行かせたくない」

 秋元が小声で呻く。でも残念、俺は一緒に来てくれって言われちゃってるんだよなこれが。


 ついさっき、一人で会議室に呼び出されて何を言われるかと思ったら「一緒に来たいか」と訊かれたのだった。

「行きたい」

「だろうな」

「あーでも迷惑じゃなければって話なんだけど」

「いや、迷惑ではない。むしろ俺らが頼む側だ、一緒に来てほしい」

「え、マジ?」

「うん」

「なんで?」

 訊くと、アレックスは眉のあたりをぐねぐね動かして「やっぱり嫌か」と不安そうな声を出した。俺はちょっとびっくりして「いやぜんぜん」と両手を振る。

「全然嫌じゃないんだけど、足手まといにならない?」

「勇者さんが一緒に来てくれれば、何かあったときにぱっと連絡取れるだろ」

 なんだ連絡要員か。まあ戦力になるほど強いなんて思ってないけど。

「いや、戦力としても期待はしてるんだぞ」

「いいよフォローしなくてー。別に落ち込まないし拗ねないしー」

 わざとぶーたれて見せると、アレックスは頭を掻いて笑った。

「アキモトくんがモチヅキさんを連れて行きたくないって言ってたろ。でもたぶん連れて行かなかったらそれはそれで悲しませるだろうし、かといって勇者さんひとり連れて行ってもどうせバレるし、困っててな」

 まあ噴火は避けられないだろうなあ。

「ちなみに、三人全員連れて行くことって可能なの?」

「いるならいるで助かるはずなんだ、一応俺たちも面識があるとはいえ、王女が信頼してるのは三人だろ」

「三人っていうか、あっちふたりだと思うけど。俺もこっちに来たその日に会ったばっかりだったから」

「それじゃあなおさら、アキモトくんとモチヅキさんにもいてもらった方が助かる場面はあると思うんだよな」

 アレックスが文字通り頭を抱えてしまったので、俺は真っ先に声をかけてもらった嬉しさもあって「まあなんとか説得してみるよ」と虚勢を張ってしまったのだった。回想終わり。


 とはいえ、秋元の説得は難航しそうだ。

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