急がば回れ

 居場所がわかったと聞いてまた会議室に移動したんだけど正確には「居場所の方角がわかった」かつ「その方角であればあそこだろうという目処が付いた」という話らしい。アレックスが「この方角ならあそこだろうという目処が付」くらいまで喋った段階で望月さんが「よし行こう」と言い切る。

「望月さん、ステイ」

「なんで」

「なんでじゃなくて。さっき話したばっかりでしょ、勝手な行動はしないって」

「でもローラの居場所がわかったんでしょ?!」

 あっだめだこれさっきの会話あんまり意味無いわ。なんかわかってたような気もするけど。

「すまないがもう少し堪えてくれ。がむしゃらに動いても却って遠回りすることになる」

「う……わかった……」

 望月さんが唇を尖らせてしぶしぶ腰を下ろす。アレックスが露骨にほっとした顔になる。俺ですらわかるんだから望月さんには筒抜けだぞその顔。

「取り敢えず今空いてる隊を偵察に出す。王女の居場所が確定したらそのときにまた声を掛ける」

「俺としては最後まで秘密裏のまま動いてくれる方が助かります」

 望月さんを戦線に出したくないらしい秋元がそう言って案の定望月さんに睨まれる。秋元は望月さんと目を合わせないように顔をそらす。

「ただ待ってるなんてできない。私は、絶対に、ローラを、助けに、行く」

 圧。圧がすごい。

「……まあその辺りは追々相談しよう」

 アレックスが再度沈静化を図る。望月さんはまだ秋元を睨んで唸っている。

「あのさ、あの、どこなのその『ローラがいるだろう場所』って」

 ローラの名前を出すと望月さんの注意がこちらに向く。望月さんの視線から逃れた秋元がため息をつく。ちょっとした爆弾みたいになってきたな望月さんの扱い。

「うん。まだ予測の段階だが、たぶん王城だ」

「あー……言われてみるとやっぱりって感じだな……」

「陛下を殺した連中が王女を攫って籠城してるって考えるのが自然だろうな。エクスカリバーを取りに行ったときは特に戦闘にはならなかったらしいが、今はどうなってるか。城下まで警戒態勢になっているならつらい」

「市街地での戦闘は避けたいもんなあ」

 ガロのときもその次の――あれ、名前なんだっけあの町、病院の傍で戦ったときも、周囲に被害を出さないように気を使って戦うのはかなりつらかった。俺何もしてないけど。つらそうだった。今回の相手は魔物じゃないし向こうももしかしたら周辺への被害を嫌うかもしれない。あるいは周辺への被害を厭わずに攻撃してくるかもしれない。何もかも「かもしれない」の域を出ない以上はありとあらゆる対策を練るしかない。ので、望月さんの言うような今すぐ突撃はもちろんできない。

「首尾よく王城まで行けたとして、王女が城のどこにいるのかもわからないんじゃ動きようがないからな。大人数で動けば相手にバレる、かといって少人数で探すにはあの城は広すぎる」

「近くまで行けば正確な場所がわかる?」

「うん」

 アレックスが机の上に置いたのはコンパスだった。とはいえ普通のコンパスみたいな平面状のものではなく、上下も指し示すことができる球体状のものだ。見た目ログポース。

「これがおおよその方角を指し示してくれる。近くに行けば行くほど精度は上がる」

 うんまあ見ればわかる。コンパスじゃ距離はわからないし、そりゃここからローラの居場所を特定するのは無理だわな。

「大隊長」

 戸口から顔を出したのはメリアだ。

「戻ってたのか。お疲れ」

「今よろしいですか」

「うん。ああ、勇者さんたちは戻っていいぞ。煩わせたな」

「もしよければ、俺もメリアの話を聞きたい。周辺の状況でしょ?」

「俺も聞く」

「じゃあ私も。地名とかわかんないけど」

「ん、まあいいだろう。じゃあメリア、報告を」

「はい」

 メリアの隊はここ数日で二、三の村と町を回ってきたらしい。そんなに大きな混乱があるわけではないが、どこも少しずつ浮足立っている。途中連絡した隊から聞いた話では、半ば占領状態におかれている村もあるようだ。

「それから、これも伝聞の話にはなりますが、やはり各軍からも離反者が出ているようです。西軍からは一個大隊相当が離反したとの話です」

「離反組との連絡は」

「現在四、五、六隊が試みているそうです」

 深刻っぽい会話が続いているが、正直俺には何がなんだかほとんどわかっていない。東西南北軍それぞれのカバー範囲もわかっていないしなんなら国土の全体像も人口の分布も政治周りのこともさっぱり知識がないのだから当然といえば当然だが。

「その、イッコダイタイっていうのはどれくらい?」

「各軍が大隊三つで構成されてる。つまり西軍の三分の一が離反したってことだ」

「うわ」

 もともとだいたい半分くらいで王家派と反王女派に分かれているとは聞いたけど、言うて国を守る軍の三分の一が離反ってヤバいんじゃないだろうか。デフォルト王家派ってわけじゃないのか。

「まあ、王家に忠誠を誓う事と王女に反対することは矛盾しないしな」

「え? あ、そうか、前の王様は信用してたけど王女はちょっとって話?」

「うん。西の――この前勇者さんが来たときには通らなかった街なんだが、イアゴって街に英雄と呼ばれた男がいるんだ。隣国とのちょっとしたいざこざを解決した立役者なんだが、その男を次王にしたい連中が西には多い。多分それが影響してるんだろうな」

「ってことは、その人たちは私たちとは敵対しないってことだよね?」

「そう。王女は王位継承を望んでいない、力尽くで連れ去られたので取り返したいと説明すれば敵対せずに済むはずだ」

「ボナパルト様にも既に使者を送ってあります。個別に説得するより早いと思ってのことです」

「うん、それでいい。ありがとう」

 ボナパルトっていうのがそのイアゴの英雄なんだろう。関係ないけど軍人モードのメリアはやっぱりちょっとかっこいい。

「……気になってたんだけど」秋元が俺の方を向いて小声で言う。「なんで人の名前が向こうと似てるんだ?」

「あー、なんかたぶん、予想なんだけど、うちのじいちゃんが魔王を倒したときに験担ぎてきなやつで『子供に名前をつけてください』って言われて名付けたのが残ってるんじゃないかな。俺も同じこと言われたから。ボナパルトって俺ら側の名前なの?」

「ナポレオンの名字がボナパルトだ」

 なるほど安直なんだか博識なんだか。

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