王女探索

「お三方、今少々よろしいでしょうか?」

 ノックに続いて戸口から顔を出したのは、アレックスに教わってた新兵の一人だ。寝癖なのか知らないけど、頭頂少し後ろの毛がだいぶ豪快に跳ねていて、なんとなく鳥っぽい。インコとかそんな感じ。

「アレックス大隊長より言伝です。至急会議室まで来るようにと」

「はあい」

 望月さんが間延びした返事をする。考えてみれば大隊長アレックス小隊長メリアに対してはタメ口なのに新兵に敬語を使うのってなんか変だ。まあ、俺ら別に偉いわけでも何でもないし単なる親愛度ゲージの話だから構いやしないんだけど。

 北軍ベース内はがらんとしている。それぞれの隊がそれぞれに編成を組んで近隣の街や村に出かけているからだ。誰が味方になってくれるのか、誰が敵対するのかを探っている。訓練場、玄関、食堂の横を抜けて会議室へ向かう。

 余談だがゴリラ世界の建物にも玄関はある。靴を履かないのになぜ? と思うのだがいちおう玄関マットてきなものが敷かれており、そこを通ると足の裏の汚れが落ちるらしい。便利。廊下にはホコリが見えるので建物全体に防汚魔法がかかっているわけではないっぽい。省エネ?

「大隊長、お三方をお連れしました」

「ん。ご苦労だった。勇者さんたちも、悪いな急に呼び出して」

「ううん平気。何か進展あった?」

「最寄りの町から魔術師を呼んだんだ。体勢はまだ整ってないが、王女の居場所くらい把握できると思ってな」

 ローラの話が出るなり、望月さんの顔色が変わった。ここ数日の望月さんは普通に元気で、いつもと変わらない様子に見えた。でもそれはたぶんかなり無理をしてのことだ。望月さんが無理をしていたのだということすら、少なくとも俺は今の今まで気づかなかった。

「それで、なんか触媒があれば貸してもらいたい。なにしろ面識もなにもないもんだから探す手がかりが足りないらしくてな」

「触媒?」

「彼女の持ち物とか、無いか」

「持ち物……」ぼうっと呟いてから、望月さんは慌てて手首のミサンガを外す。「あの、これ――ミサンガ、ローラとお揃いの、これ使えたりしない、かな」

「試そう。借りてもいいか」

「うん。お願い」

 望月さんが神妙な顔でミサンガを差し出し、アレックスが同じく神妙な顔でそれを受け取る。

「その魔術師さんは今どこに?」

「医務室に魔法陣を書いてる。基地の中じゃあそこが一番いいんだと」

「霊脈てきな話?」

「だな。まあ、だから俺らもあの場所を医務室として使ってるんだが」

 そっか、回復も魔法か。


 割と真面目な話、あれだけローラとべたべたくっついてた望月さんの服とかちょっと探せば毛の一本や二本よゆうで見つかるのでは? という気がしなくもないが、「毛」というなんか雑な単語に躊躇してしまい、発言の機会を逃した。いやでも猫の毛だって洗濯しようが何しようがしばらく服についたままになってるわけで、残ってると思うんだよな。いいんだけど別に。


「ローラがいない」ということを改めて思い出してしまったのか、そこからしばらく望月さんは魂が抜けたように静かだった。ローラを連れ去られたときみたいに狼狽えるでもなく、ただ部屋の隅をじっと眺めて微動だにしない。正直ちょっと怖い。フェレンゲルシュターデン現象だ。

 ほとんど人(ゴリラ)がいないせいでろくに機能していないながら取り敢えず引き続き食堂として使っている食道で生のキャベツ(てきなもの)とかをモサモサ食べながら秋元に耳打ちする。

「秋元」

「ん」

「あれ放っといて大丈夫なやつ?」

「放っといて大丈夫なやつではないけどローラ以外がかまっても意味がないやつ、だな。あるいはメリアさんくらいがかまってくれれば多少マシかも知れないけど、俺らじゃない」

「あー……つまり保留?」

「保留。たぶんできることがないから呆然としてるだけ」

 それは「だけ」で済ませていい話なのか秋元?

「ちょっと前の、そっちの学校の――なんだっけ、なんかローラのピンチのときは望月さんが単騎で解決したん?」

「まあ、ほとんどそうだ。真犯人見つけて問い詰めて吐かせて、逃げてたローラを迎えに行って、連れ戻してきた」

「強ぇな」

「まあな」

 なんでお前が得意げなんだ秋元?

「でも怖いのはここからだ。ローラの居場所がわかったら、確実になんかするぞ。見張ってないと勝手に突撃しかねない」

 なるほどたしかにそれはやばそう。怒り狂って四方八方ビームを撃ちながら侵攻する望月さんの図、味方の絵面ではない。

「しないよそんなこと」

 望月さんの声が割って入って秋元とふたりで肩を跳ね上げる。

「どこから聞いてた?」

「『怒り狂って四方八方ビームを撃ちながら』から」

 なるほどっていうか俺それ声に出してた? 間違ってテレパシーかなんか飛ばした?

「ここにはちゃんと味方がいるんでしょ。私一人が勝手になにかしたって邪魔にしかならないのくらい、わかる」

「ならいいけど、俺らは数に入れてよ?」

「数? 何の話?」

「いやほら突撃するんでもなんでもさ。俺らはローラと望月さんの味方だから。望月さん一人で勝手になんかするんじゃなくて、俺ら三人で勝手になんかしようって話」

 我ながらちょっとかっこいいこと言ったかなと思ってドヤってたら隣で秋元が盛大に溜息をついた。

「俺を数に入れるな」

「え? なんで?」

「そっちこそなんで俺を『勝手になんかする』側に数えてるんだ、止めるに決まってるだろ」

「えー? 知らないとこで動かれるより良くない?」

「それはそうだけど、……お前ら、菅原も望月も、俺にとっては王みたいなもんだ。そうやすやすと動かれちゃ困るんだよ」

 秋元はいらいらした調子で頭を掻きながら呻く。俺は望月さんと顔を見合わせ、また秋元を見る。王と言われたことが可笑しくてすこしわらう。

「かっこいいこと言うじゃん」

「望月だけでもいちいち肝を冷やしてるんだ、菅原までそっちに加担されちゃ困る」

「あー、もしかしてこの前のこと怒ってる?」

 望月さんが口を挟むと、秋元はバッ!!!! と顔を上げて望月さんを睨みつけた。

「小宮山先生の件はいい、水戸さんも警備員さんもいたんだろ、けど銃持ってる人間にひとりで向かってくとか馬鹿か?! 人の気も知らないで――」

「そんな大きい声出るんだ?」

 望月さんが半笑いでそんなことを言い、水を注された秋元は口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。望月さんが笑いをこらえたような変な顔で「ごめんって、もうしないから。ちゃんと秋元くんに許可取るから許して。ね?」と手のひらを顔の前であわせてお願いのポーズをする。かわいい。俺もあれやられたい。

「……本当ほんっとお前ら、鷹藤の血筋、本当ほんっっっっとやだ腹立つ」

 望月さんは笑ってるけど秋元のこの様子だとたぶんなんだっけカヴェリエーレ家? の子々孫々が王家の人間(ゴリラ)にどれだけ振り回されてきたかが目に浮かぶ。人間界に嫁ぐとか言い出した姫様の子孫だもんな、そりゃ散々に振り回されたことだろう。ちょっと同情してやらんでもない。

「勇者さん」

 間口の方からアレックスの声がして、三人で振り向く。


「王女の居場所がわかった」

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