モシャスがあればよかった
「うわ重、よくこんなの振れるね?」
望月さんがエクスカリバーを上段に構えて言う。持ってみたいと言うから持たせてみたが、そりゃ女の子には重いよな。腕とかびっくりするほど細いし。
この状況にあって相変わらず俺らにできることはなく、あれから数日、なんとか地方のなんとか地区のどこそこが味方になってくれたとかどこの軍からどれくらいの離反者が出たとかそういう報告を聞きながら、作戦を練るという名目で今日も放置されている。肩身が狭い。
俺らの姿形が目立ちすぎるというのはわかる。エーヴィヒ姫の件があるからたぶん外見を似せる魔法くらいあるんじゃないかと思うんだけど、そのクオリティについて考えると頭が痛くなるので結局進言はしていない。毛深い人間になるだけのような気がする。百年前の技術で判断するのも悪いだろうか。
「振ってるっていうか振り回してるっていうか」実際はほぼ振り回されてるっていうか。
「菅原くん運動部?」
「いや書道部」それ自体は事実なんだけど言ってしまってからちょっとした見栄が発生して「あ、でもイベントででかい筆振ってることがある」と若干付け足す。
「大きい筆?」
「あの、パブロみたいな」
「パブロ?」ごめんゲームの話。
「えーあーえっと、パフォーマンス用のこれくらいの筆があって」
身振り手振りで「これくらい」を示す。イベントって言っても別に大げさなものではなく文化祭とかの話だ。つまり年一回か、練習を含めても十回程度。部員全員で袴を着込み、第二体育館の床に広げた紙の上に巨大な文字を書く。ただ曲がりなりにも文字なのでそこそこ正確に筆を振る必要がある。
「なんとなくわかった。あれ何キロくらいあるの?」
「二十キロとか」
「なるほど、じゃあ余裕だこれくらい」
エクスカリバーの重さはだいたい五キロくらい。確かにあの筆よりは軽いが、長さがある分なのか何なのか上段に構えようとするとただぶら下げて持つよりも重く感じる。第一、筆はときどき振り回すことがあるくらいで上段に構えたりはしない。
「秋元くんも持ってみる? テンション上がるよこれ」
「いや、いい」
思ったよりもきっぱりと否定されて望月さんが目を丸くする。
「え、なんで?」
「俺が触って錆びたら立ち直れない」
「大丈夫でしょ別に」
望月さんはちょっと笑っちゃってるんだけど秋元の顔は真剣も真剣だ。俺も望月さんと同じく「まあ平気でしょ」と思ってるし何ならもう一回俺が触ればリセットできんじゃね? くらいに思ってるんだけど歴史ガチ勢の秋元てきには本気で立ち直れないような話なのかもしれない。
「とはいえ俺もその剣についてはあんまり知らないんだけどな」
「秋元なのに?」
俺は割と本心から「秋元なのに?」と思ったんだけど当人的にはよくわからなかったらしく、秋元は「何だよそれ」と言って眉を顰めた。
「うちで保管してた文書はエーヴィヒ姫の時代より前のものだ。エクスカリバーより新しいものは知らないんだよ」
「うん? ってことはこれ、じいちゃんがこっちの世界に来る前は無かったってこと?」
「そうだよ。人間用じゃなかったら持ち手がそんなに細いわけない。第一、ゴリラは剣を振れないだろ。誰も使えない武器なんかあっても意味がない」
もっともだけどじゃあなんで西洋風のデザインなんだよ。じいちゃんの趣味かよ。
「ところでそれ、菅原は本当に使えるのか?」
「んん一応前回はなんとかなったんだけど、相手が軍人ともなれば剣術の心得がないのは不安ではある」
「そうじゃない」
秋元が半ば睨むような目で俺を見る。
「菅原、それで人を斬れるか」
秋元の声は静かだ。やはり秋元、こいつは強敵だ。いや味方だけど。
「……斬れない、だろうなあ……」
見栄も張れなかった。変な笑いとため息が同時に漏れた。
「え、なんで?」
「……これ、めちゃくちゃ切れるんだよ。魔物なんか豆腐みたいに、何の手応えもなくてさ。加減も何もやりようがないんだ」
今回の敵は前回みたいな魔物ではない。前回も人(ゴリラ)と戦ったりはしたけど、そこに俺はほとんど参加していない。アレックスやメリアなら組み付いて無力化することもできたし、ユリウスなら魔法でそれができた。でも俺は、エクスカリバーは、斬ることしかできない。それも、ほとんど何の手応えもないほど簡単に、無慈悲に。そこに俺の手加減とかそういうものは一切無い。できない。これで斬るということは、殺すということとイコールだ。
「俺は、人を殺せない」
たとえば俺自身、あるいは望月さんや秋元、味方の誰かがピンチに陥ったとしても迷わずに振れる自信はない。
「じゃあ戦闘力は上がらないじゃないか」
「七くらいにはなんねえかなあ、脅しみたいな効果で」
「え、でもそれっておかしくない?」
「おかしいって何が?」
「だって伝説の剣でしょ? 錆びてたって菅原くんに応えたんでしょ? ただよく切れる刃物なわけなくない?」
――つまりこの剣わりと強いって話?
――あのな。国の宝剣をわりとなんて言うか普通。
「菅原?」
「……それ、言われた。そんなわけないだろって、確かユリウスが言ってた」
なんだっけ。なんか言われたぞ。あの前後一気にいろんなことが起きて、エクスカリバーもほとんどすぐ返却しちゃったから斟酌の暇もなかったんだけど。
「なんかあるんだ。ただよく切れる刃物じゃないんだ」
「なんかって何だよ」
「いやそれがあいつなんにも説明してくれなかったからよくわかんないんだけど」
あのゴリラいっつも一言足りない、っていうか一言どころじゃなく足りない。
魔王と戦う(戦ったの俺じゃないけど)(ユリウスも実際戦ったのか微妙だけど)直前、地面に這うあの泥を消したとき。あのとき、術そのものを使ったのはユリウスだったはずだ。でもユリウスは俺に祈れと言った。祈れだったか信じろだったか願えだったか念じろだったか忘れたけど、とにかくなんかそんなようなことを言った。ユリウスはあのとき、俺とエクスカリバーの力を必要とした。だからきっとなにかはある。
「そうだ、確か『魔を焼き払い道を開く』、『お前が信じていればそれで祓えない魔はない』みたいな事を言ってた。なんかそういう魔法ある?」
「……ある」
あるんだ。
「魔力の増幅って意味ではな。そう聞いてなんとなく腑に落ちた。つまりエクスカリバーは魔力を増幅させる術式と、同時に触媒の機能も持ってるんだろう。触媒の機能は正直、副産物みたいな気がするけど」
「説明プリーズ」
「つまりここに来て初めてエクスカリバーを手にした時、菅原はおそらく無意識のうちに『これは何でも斬れる伝説の正義の剣だ』と思い込んだんだ。剣と魔法の世界に来て、勇者が使った伝説の剣ですって渡されたこれを疑うことが無かった。だからエクスカリバーは菅原の信じた通り、なんでも斬れる伝説の剣として振る舞った。菅原自身の魔力を増幅させて使いながら」
「……話はわかるけどすーげえファンタジーだなあ」
あとなんか秋元が真面目な顔でファンタジー理論垂れ流してるとちょっと笑える。これは言ったら確実に怒られるから言わないけど。
「望月のビームと同じだ。菅原はあれをゴリラの能力だと思って、自分にも使えるものだとは信じなかった。だから使えなかった。自分の持ってる魔力を使うために必要な条件なんだろう」
「俺、血筋のことがあるから『ちょっとくらいなら使えるかも』って気分があって、だから『ちょっとくらいなら』使えたってことか」
「そうだと思う。もちろん多少魔力の素養は変わってくるんだろうけど、そもそも望月ほど『できる』と信じていなかった」
「いやあれ見て一発で『私にもできる』って信じられるならそれは望月さんがすごいという話では」
「うん、まあそれはそう」
「そこは認めんのかよ」
「実際そうだろ。物差しにするにはいろいろ規格外すぎるんだよお前ら二人とも」
まあわかんなくもない。
エクスカリバーは文字通り伝説の剣だ。確かにおれはそこを疑ってなかった。疑っていないというより、それに縋っていた。わけわかんない世界に来て、魔物が居て、魔物を倒さなきゃ自分がどうなるかわからない状態で、この剣を信じなければ自分ひとりではどうにもならなかったのだ。
っていうかじいちゃんの命名が結構いい仕事したんじゃねえのかこれ。エクスカリバーって言われたらそうかエクスカリバーか強いな(確信)ってなるだろ。
「ねえねえ、エクスカリバーが魔法を増強するならさ、ファイヤーソードとかサンダーソードとかできないかな。かっこよくない?」
望月さんがうきうきした様子で言う。殺したくないって話してんのに殺傷力上げてどうすんだ望月さん。
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