再決起

 気がつくとベッドの上にいた。ベッドっていうか、例のごとくがっさがさの、なんなら山の中の草地の方が柔らかかったんじゃないかと思うようなところにいた。まさかあのまま拉致られたのかと思って少し慌てたけどどこも痛くないし拘束とかもされてないしなんか間仕切りみたいなものの影からアレックスが「勇者さん」とか言いながら姿を現すしで北軍に回収されたっぽいことがわかる。

「よかった、目を覚ましたか」

「望月さんと秋元は?」

「大丈夫、無事だ。もうすぐ治療も終わるだろう。あと一人――ローラは今まだ見つかってない。三人の怪我がひどかったから先に連れてきたんだが」

「ローラは、……たぶん、連れて行かれた」

「何があったんだ」

 俺はわかっている範囲のことを全てアレックスに話した。途中からメリアも合流しての話になった。ユリウスのノートをリュグナに届けたこと、そこでローラの正体を知ったこと。王様がもう亡くなっていて、王権争いのほとんど中心にローラがいるらしいこと。

「……陛下の」

「そういえばあったなそんな騒ぎ。てっきり次王が決まったから収まったんだと思ってたが」

 味方が来てくれるまでどれくらいの時間があったのかはわからない。ゴリラ相手に戦えってのも土台無理な話だとわかってる。けど、だからって仕方ないと割り切れるようなものじゃない。

「――情けねえ、また何もできなかった、クソ」

「勇者さんのせいじゃない。ただ行儀の悪い奴らがいたってだけだ」

「リュグナ様は? どうして助けてくれなかったの?」

「あいつは俺たちの味方じゃない」

「あっち側ってこと?」

「それもまだわからない。ローラの判断に従うって言ってた」

「あてにはできないな」

「あいつがあっち側についたら、俺たちは文字通り手も足も出ない」

「でも、ローラさんの側に付くなら私たちの敵にはならないんじゃない?」

「……だといいんだけど」

 話が一区切りする頃、間仕切りの向こうから望月さんが合流した。表情が曇り、視線をあちこち漂わせる望月さんは、さっきまでとはまるで別人のようだ。

「望月さん、大丈夫?」

「ローラは?」望月さんが泣きそうな声で言う。「ローラ、ねえ、ローラはどこ? ローラ、……どうしよう、私がもっと、ちゃんと」

「ローラは大丈夫だ」

 望月さんがへたり込み泣きそうになっている後ろから、秋元が合流した。こちらは特に変わった様子は見られない。

「秋元、怪我は」

「回復魔法ってすごいな。ささくれとか口内炎とか全部治った」 おそらくジョークなのだろう、秋元は自分の指先をしげしげと眺めながらそんなことを言った。 「すこぶる快調だよ。次は負けない」

「なんかすげえかっこいいこと言ってるけど相手ゴリラだぞ?」

「ローラは、……大丈夫って、なんで?」

 望月さんの声にいつもの勢いはない。短い言葉をどうにか繋いで文章にしたような、力のない声。あんなに大好きだった親友を目の前で連れ去られたんだ、心的ダメージは俺の比じゃないだろう。秋元が気丈に見えるのも、あるいは望月さんの前だから気を張っているだけなのかもしれない。

「あの場で殺さなかったなら、殺さない理由があるってことだ。あいつらはローラを生きたままで連れて行かなきゃならなかった。だったらまだ間に合う」

 なんかすげえ言葉を使うな秋元。友だちに対して「殺される」「殺す」って言葉使うか普通?

「アレックスさん、ご存知の範囲で構いません。ローラを連れて行ったやつらについて知っていることがあれば聞かせてください。それと、今この国で何が起きているのかを」

 秋元が話を振ると、アレックスは軽く頷いて全員の顔が見える位置に移動した。

「まず女王を嫌うやつらがいる。こいつらはローラを玉座に就かせたくない。一方で王家を狂信するやつらがいる。こいつらはローラを玉座に就かせたい。そこに、王をコントロールしたい連中がいる。こいつらは女王なら御しやすいと思っているだろう。今回彼女をさらったのはたぶん三番目の連中だ。王家を狂信する奴らならこんな乱雑な手段は使わないだろう」

「つまり俺らは、その全部からローラを取り返さなくちゃいけない」

「え、それどういう規模の話? どれくらいの量が敵になる?」

「国中をきっちり三等分とはいかない。王家を狂信する連中と女王を嫌う連中がだいたい国の五割ずつ、それぞれ八割が消極派ってとこか。二割が過激派、そこに少数『王女を傀儡化したい』やつらが加わる。全体で三割はいかない」

「にしたって三割かあ……それ結構やばいのでは……?」

「相手が誰だろうと関係ない! 私は何が何でもローラを助けに行く! そして絶対に助ける!!」

 望月さんが立ち上がり、元の調子で叫ぶ。顔色と肺活量が元に戻った感じがする。「復活が早くて助かる」と考えていたのがそのまま声に出て、望月さんに睨まれる。

「迷ってる時間は無いんでしょ。私の一番大事なものなんて、最初から決まってる」

「秋元は?」

「俺だって、全部最初から決まってる」秋元はそう言いながら望月さんを指で差す。

「困ってるの俺だけかあ……」

 笑おうとして笑えなくて、ため息をつく。全身が重い。

 これはこの前の戦いとは違う。ユリウスは戦う正当性を「生きる意志」だと言った。でも今回は違う。これは政争で、内戦で、そのどちらが正しいかなんてわからない。できれば戦いたくなんかないけど、ローラはもう連れ去られてしまっていて、そのローラはこっちの国の正当な王位継承者で。もちろん、不本意に連れ去られた友だちは取り返したいけれど、それがこの国にとって最善なのかどうかはわからない。なにしろ「ローラを取り戻す」というのは「王位継承者を向こうの世界に連れ去る」こととほぼ同じであり、それが国内に何の混乱も招かないとは思えない。

「アレックスたちはローラをどうしたい?」

「ん。彼女が王位を継いでくれるならそれが一番良い。でも今回彼女を連れ去った連中は正しい手続きを踏んでいない。傀儡化は避けたい。だから俺たちは連中から彼女を取り戻し、正当な手順で王位を継承してもらいたい」

「なるほど……」

 頭を抱える俺に、「菅原はそれでいいんじゃないのか、別に」と秋元の静かな声が降ってくる。「俺らはもう戦うしか選択できないけど、菅原はそうじゃない。そうじゃない誰かがいないと、俺たちだけじゃきっと何かを取りこぼす」

「……何言われたかよくわかんなかったんだけど」

「何が正しいかはわからなくても絶対に間違ってるようなものはわかるだろ」

「いやだから意味がわかんねえって」

 秋元はすこしの間考える素振りをした後、ふと口元を緩めて俺を見た。


「ツッコミ役は任せた」


 なるほど任せろ。

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