VSゴリラ
木立の向こうで数人の話し声が聞こえる。俺のせいだ。俺がテレパシーで居場所を知らせてしまったから。迂闊だった、クソ。
「移動しよう。できるだけ隠れられる場所に」
どうする。どうする。今は武器も何もない。望月さんのビームはあるけどあれだってハイリスクだ。
「菅原、あれが敵だっていう根拠は?」
「勘」
「勘か……」
「俺は勘だけで個体の見分けもつかないゴリラの偽王見破った男だぞ舐めんな」
「それ見破ったっていうかハッタリだよね?」
ハッタリだけど。
「アレックスにテレパシーで連絡は取ったから、きっと北軍から助けが来る。そっちと合流する。他は敵か味方かわからないからできるだけ避ける」
「いざとなったらビームで応戦するよ」
「望月のビームは調整できないだろ。あれが人に当たったらと思うとぞっとする」
「一瞬で何もかも消し炭になりそうだもんな……」
「ねえ、何を警戒してるの? 何が起きてるの?」
勝手に話を進めている俺らに、ローラがおずおずと口を挟んだ。そうだ状況わかんないんだローラ。
「あー、えーとですね、びっくりしないでっていうのも無理な話だから極力小声でびっくりして聞いてほしいんだけどね、ローラがこの国のお姫様だってことが発覚しました」
「え?」
「それでその、更にまずいことにですね、王様がついさっき亡くなってしまったらしく」
「え?」
「詳細省くんだけどローラ今ちょっとやべーのに追われてるっぽいのね」
ローラはもはや「え?」という程度のリアクションもしない。目と口をぽかんと開いてフリーズしてしまっている。まあ、そうなるのもわかんなくはない。そもそも俺らがリュグナのところに行ってたのも認識できてないはずだもんな。
「だから俺らとしては一刻も早く強くて頼れる味方のところにローラを連れて行かないといけない。オーケィ?」
「……おーけぃ」
ダメっぽい。仕方ないけど。
「本当に姫と勇者のパーティになっちゃったな」
「あ、ほんとだ。いつの間にかファンタジーだ」
いつの間にかっていうか喋るゴリラの存在がそもそも結構ファンタジーだったと思うんだけどそこノーカンなの?
「省いたとこの説明は後でちゃんとするから、今わけわかんないと思うんだけどちょっとだけ我慢してて」
「うん、ありがとう」
物分りが良くてありがたい。ひょっとしてローラのこの気品あふれる振る舞い、ガチ王家の高等教育の賜物だったりするんだろうか。
敵(仮)はぼそぼそと小声で何か話している。どうせならテレパシー使ってくれれば盗聴できるんだけど小声で話されると却って聞こえないので具合が悪い。でもたぶんゴリラ的にあれは機密とかなんとかを扱うときに使うもんじゃないんだろうな。どっちかっていうと拡声器。
足音を立てたくなくて息を殺していたら急に上から「いたぞ!」って声が降ってきて上を見るとゴリラがいて前からも後ろからもゴリラが来てあっという間に取り囲まれてしまう。そうだ、「ゴリラは木を登る」という超初歩的なことを忘れてた。
「ジェンティーレ姫だな」
「人違いです」
脊髄反射でしらばっくれてはみたけど向こうは俺に何か訪ねたわけでもないらしく、意に介さない。敵は前に二人、後ろに一人。抜けるなら横。秋元も望月さんも同じようなことを考えていたらしく、目配せするとそれぞれ軽く頷いた。
「その方をこちらに引き渡してくれさえすれば危害は加えない」
「渡せない」
「なぜ?」
なぜってそんなの、決まってる。
「何の手順も踏まず一方的に要求してくるようなやつらに友だち渡せるわけないだろ」
「そうですか」
敵が明らかに臨戦態勢に入る。
「望月、ローラ連れて逃げろ!」
「ローラ、こっち!」
秋元ががなり、望月さんがローラの手を引いて駆け出す。
「待って、二人を置いていけない!」
「いいから逃げるの!」
「追え!」
「追わせるわけないだろ」
走り出そうとしたゴリラの足を秋元が掬う。ゴリラがよろける。重心が傾いたところで更に腕を掬い上げ、ゴリラが転ぶ。転ばされたのが癇に障ったのか襲い掛かってきたゴリラの腕を躱し、また足元を掬う。その辺の枝葉を拾って視界を邪魔して、飛んで屈んで避けて避けて。おちょくるみたいな戦い方。でもすげえ。
「構うな、姫を追え!」
敵の、おそらく一番偉いんだろうゴリラが怒鳴る。俺は走り出したゴリラの目の前に滑り込み、ビームを撃つ。相変わらずライターの火くらいのしょぼいのしか出ないが、目眩ましにはなる。
「――っこの」
逆上してこっちを向いたゴリラの顎をめがけて拳を突き上げる。一番怖いのはゴリラビームだ。いやその他の攻撃も当たったら一撃K.O.な気がするけどビームはやばい。おそらく死ぬ。口を閉じさせてしまえば詠唱はできないはずなのでアッパーカットは有効。体が小さい分懐に入りやすかったのもラッキー。
興奮のために足だけで立ち上がっていたゴリラは俺のアッパーカットを受けて仰け反りよろけておりその隙をみてちょっと逃げる。いやこれ距離取らないほうがマシか? いやでも腕とか掴まれた上で近距離ビームとか受けたら死ぬよな。やっぱ避けると逃げるが基本か。
避ける。逃げる。目眩まし。秋元ほど器用には立ち回れないが、小回りが効くって意味ではこっちの方が有利だ。その上こいつはカッとなりやすいタイプ。攻撃がどんどん荒く大雑把になる。あとは体力が持てば。
急にすごい音がして振り向くと、林の一角が派手に焦げていた。更にその向こうで爆発みたいなものが続く。たぶん望月さんがパニックになっている。もう一人いたはずのゴリラが視界から消えている。まずい。
「菅原、望月の方に――」
言いかけた秋元に敵ゴリラの手が伸びる。避けろと叫ぶ暇もなかった。足を掴まれた秋元は、そのまま体ごと振り回されて木に叩きつけられた。
「秋元!」
秋元はぼとりと地面に転がったまま、身動ぎもしない。急いで駆け寄ろうとしたところに望月さんとローラの悲鳴が重なる。慌てて振り向くと、望月さんが肩の辺りを押さえてうずくまっている。
「っくそ」
そのまま望月さんのところまで一気に走って、ローラの腕を掴んで連れて行こうとする男に体当りする。それでも俺なんかの体重じゃゴリラはびくともしなくて、そのまま腕を掴み上げられる。振り回される。腕から鈍い音がして、強烈な痛みが走る。気がつけば倒れ込んでいた。どこかが痛い。
「やめて、もうやめて、これ以上みんなに攻撃しないで」
ローラの声が聞こえる。立ち上がらなくてはいけない。立ち上がって、勝てなくても時間を稼がなくては、きっとすぐにアレックスたちが来てくれる、それまでどうにかしなくては。足はまだ動く。走って、飛びつく。
左腕は動かなかった。両腕に体重をかけていたせいで勝手によろけて、簡単に振りほどかれる。右腕を掴まれて振り回されたところまではわかった。体全体が何かに当たって、肺の空気が全て体の外に押し出されるような感覚があって、そのまま視界がブラックアウトした。
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