次期王位継承者

「もう三年近く前になるかな、先王の后が逝去なさった。先王に子はひとりしか無かった。正当な王位継承者はその第一子、ジェンティーレ様にあるんだが、それとは別にこの国にはいやなジンクスがあってね。今まで何度かあった女王の治世下で続けざまに大きな災害や戦争が起きたことを指して『女王が国を滅ぼす』とする見方があるんだ」

 女王が国を滅ぼす。なんかすごく差別っぽい考え方だけど想像に難くはない。

「……その第一子、って、もしかして」

 リュグナは答えず、ただ目を細めて笑う。なんではっきり喋らねえのかな魔術師連中。

「我が子に凶刃が向くことを恐れた先王は彼女を遠くに逃した。かつてこの国を救ってくれた伝説の勇者を頼ってね。次期女王がいないとなれば争いの何割かは起こらずに済んだわけだ。もちろん政争は政争であったのだけどね」

 なるほどつまり秋元の憶測は当たらずしも遠からずってことか。ローラは望月さんの魔力だか霊力だかを縁に俺たちの世界へ逃がされたのだ。でもだったら、偽王はともかく王様はその話を知っていたはずで、いやあの時忙しかったから王様もいいとしてもリュグナはなんでそれ俺に言わなかったんだ?

「そりゃあ、訊かれなかったからね。彼女の存在を君は知らないんだろうと判断した」

 うんまあ知らなかったんだけど。

「どちらにせよ向こうに帰りたいなら急いだ方が良い。良くも悪くも彼女の存在は知れ渡ってしまった。はもう止まらない。君たちにできることは一刻も早く逃げ帰ることだけだ」

 これは、なんか言い回しがややこしいけど要するに「危ないから逃げろ」ってことだろうか。

「じゃあ、ローラをここに呼んでくれたら良い。そしたら俺たちは安全に向こうに戻れるんだろ」

「それは無理だ」

「どうして?」

「以前ちらっと話したことがあったかな、王族には魔除けの術をかけてある。移動魔法なんて以ての外、じゃなきゃ誘拐し放題になるだろう? きちんと同意を取って陣を敷かなきゃ、王族は動かせない」

 なるほどそれはもっともだ。魔法世界の安全対策も大変だな。

「じゃあ、――じゃあ、私たちと一緒に来てください。そうすればローラと話ができる、ローラを安全なところに」

「それも断る」

「どうして」

 声に焦りを滲ませている望月さんと対称的に、リュグナはうっそりと笑う。

「僕は彼女の選択を見てみたい。このまま帰られちゃつまらないのでね」

「そんな」

「……言ったじゃんこいつ人格がアレなんだって」

「失礼だな君は。敬虔だと言ってくれ」

 リュグナの態度は変わらない。味方だと思えばありがたかったこの余裕も、味方でないということになればただ怖い。どこまでわかってて、何を考えていてこうなのか。

「さて、では退出願おうか」

「え、あ、待ってこれだけ、ユリウスのノートを預かってほしい。あの病の治し方が書かれているはずなんだ。他に預ける相手がいない」

「おや。わかったそれは頼まれよう。そうか、そのために呼んだんだな」

「あの」

 割って入ったのは秋元だった。顔が青い。

「リュグナ様は……今も、を恨んでおいでですか」

 秋元の声は震えている。それが恐怖のためか緊張のためかはわからない。っていうか「我々」って、なんでゴリラ側なの秋元?

「その話はまた今度にしよう。少なくとも、私の今の選択は君らが憎いからそうするわけではないよ」

 来たときと同じようにびよーんと移動して気がつくと元の場所にいる。具体的には忌みの山の小屋の中にいる。ローラがびっくりした顔をしている。急に大きい声出したからかな。ごめんな。

「ローラ!!!」

「わ、なに急に」

 望月さんに飛びつかれたローラが状況もわからないまま望月さんの背中をとんとんと叩く。望月さんはよほど怖かったんだろう、ローラから離れもせずに呻いている。

「とにかくアレックスのところに戻ろう。足元こんなじゃ魔法陣も書けないし、あっちの方が安全だ」

「何、どうしたの? さっきのノートは?」

「ノートの件は大丈夫、片付いた。でも別の問題が発生したので急でごめんけど北軍のとこに戻る。話は移動しながら」

 四人で小屋を出て、山中へ戻る。散々のんきに観光していたくせに今更緊張している。「彼女の存在は知れ渡ってしまった」とリュグナは言った。だったら今頼れるのはアレックスとメリアだけだ。その他のゴリラたちがどっち側か、俺にはわからない。


――勇者さん、聞こえるか?


 聞こえてきたのはアレックスの声だった。ゴリラテレパシーだ。

「丁度よかった、今」

――勇者さん、急いで引き返してきてくれ。緊急事態だ。

「緊急事態?」

――陛下を討ったと、玉座を奪ったと宣言したやつらがいる。

「え?」

「どうした?」

 秋元が俺の顔を覗き込んでくる。王を討った。玉座を奪った。それってつまりあの王様は死んじゃったってことで今は偽王が立とうとしているってことでつまり、

ってそういう意味かよ……?!」

 リュグナは知っていたんだ。あの時点で既に王様は死んでいて、だからあいつは「現王」を「先王」に言い換えた。「事態はもう止まらない」もそうだ、もう話の中心は先王ではなく次の王位継承者、ローラに移っている。本当に一刻の猶予もないんじゃねえかあのアホ! ゴリラ!! 一言にいろんな意味込めすぎだろ!!!!!

――勇者さん? 聞こえてるか? 何かあったのか?

「アレックス。さっきリュグナに会ってきたんだ。たぶん、王様はもう亡くなってる。詳しい話は――」

 言いかけたところで足音が聞こえた。木の隙間に数人の影が見える。

「……詳しい話は、あとで。出来る限り急いでこっちに来てほしい」


 たぶんあれは、敵だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る