郷に入りては郷に従え(二回目)

 翌朝。アレックスから地図端末を借り(見た目がスマホなのでホモサピエンス側で一悶着あった)、早くから川舟で移動してたどり着いた村は、村というか花畑になっていた。建物の名残らしきものは見えるが、それらも植物に飲み込まれてしまっている。そんなに昔の話じゃなかったはずなんだけど、こうして見ると何百年も前の話みたいだ。植物の成長スピードが向こうの比じゃないのかもしれない。しかしなぜ花畑?

「こっちでは墓を立てる習慣がない。代わりに花を植えるんだ」

 秋元がうんちくを垂れる。

「花を?」

「うん。そしてその花が終わると、それで成仏したってことになる」

「っていうと、これは成仏してないってこと?」

「普通は誰かが死んで花を植えて、その花が枯れたら終わりなんだ。日本で言う四十九日とかと似たようなもので、その期間の目盛りみたいな役割をこの花が担う。でもここの場合、あまりにも沢山の人が死んでしまったから、この中で受粉と発芽を繰り返して咲き続けちゃってるんだろうな」

「あー。その感じだと刈り取るわけにもいかないし結果的にってやつ」

「うん」

 一面に咲いているのは背の低い、縦長の、ひらひらした黄色い花だった。菜の花とはちょっと違うけど、視界全体の印象は菜の花畑に近い。もう誰も住んでいないと聞いたからおどろおどろしい場所を想像していたけれど、全然そんなことはなかった。人工的な花畑みたいに整ってこそいないけど、驚くほど明るくてきれいだ。

「キンギョソウにちょっと似てる」

 ローラが小さくつぶやく。

「キンギョソウ?」

「うん、えっと、たぶん。合ってるかどうか、自信はあんまりないんだけど」

 キンギョソウって聞いても金魚の水槽に入っている水草しかイメージできないんだけど花なのか。

「ローラ、花の名前なんてよく知ってるね?」

「白石さんがときどきお花を持ってきてくれるの。おうちが花屋さんなんだって」

「白石さんって、三年の?」

「そう」

「そういえばたまに花が生けられてるときあるなあ」

 同じ高校に通う(ローラは通ってはいないか)三人が知らない人の話をし始めて若干の疎外感を感じる。ローラ、割と普通に受け入れられてるんだよなあ。周りはどういうスタンスなんだろうか。たとえばうさぎとかハムスターだったとしても、ふつうに会話できる生き物が学校に住んでるって結構受け入れにくそうな気がするんだけど。

 人間、というか仏教徒ならこういうときは合掌すればいいんだけどゴリラ界ってどうするのが作法なんだ? と思ってコンマ二秒でそういえば見たことあったなと思い当たった。アレ。アレかあ。俺は一旦ため息を付き、また大きく息を吸って胸を張る。せーの。

 唐突にドラミングを始めた俺をどう思ったのか、三人がぽかんとしてこちらを見る。うんまあそうなる。そうなるよ。

「……ドラミングはグーじゃなくてパーだよ?」

「え、そこ?」道理で結構痛いと思った。

「てか何、どうした急に」

「いや、あの、ゴリラ式の追悼をですね」

「ドラミングにそんな意味あるの……?」

「望月さんが知らないなら無いんじゃないかな……」

「でもこっちにはこっちの文化があるんだし、姿形が似てても仕草まで同じとは限らないだろ。あっちの世界だって宗教によって違うんだし」

「あ、そっか」

 ありがとう秋元つらいからフォローしなくていいよごめんて。

「ドラミングすればいいの?」

 望月さんが腕まくりをしながら俺を見る。そこで「私もやる」って即決する辺りものすごく勇ましい。

「俺も礼があるなら則る。やり方知らないけど。ローラもたぶんわかんないよな?」

「え、あ、うん。わからない」

「ゴリラなのに?」

「ドラミングするのは雄だけだからね」

 そうなの? っていうかどこから来るのそのゴリラに対する深い造詣?

「ドラミングのやり方はねえ」

 望月さんが身振り手振りでドラミングを教えてくれるので習う。何この光景。四人で黙祷ドラミングをする。ねえ何この光景。

 思ったより難しいとか体のひねりがどうとかぶつくさ話し合っている生真面目な三人を連れ、アレックスから借りた地図を見ながら山道を行く。「最悪迷ってもテレパシーがある」というのは楽でいい。圏外とか無いといいけど。

「ねえこれどこに向かってるの?」

「えーと、すごい雑な説明をすると、でかい木」

「木?」

「ユリウスが――ユリウスって俺の、前回来たときの仲間ね。さっき言ってた極悪人。あいつが『機会があったら見に行くといい』って言ってたから、見たくて」

「木かあ……」

「なんかごめん、俺の見たいもんばっかりで」

「花が咲いてるといいなあ」

 望月さんが機嫌良さそうに答える。縁もゆかりもない土地で勝手に連れ回されてこの対応、めちゃくちゃ心が広い。

 ユリウスが「とてつもない大樹」って言ってたからたぶんかなり大きい木だと思うんだけど、なにせ道の周辺も所狭しと木々が生い茂っているものだから、上方の視界がものすごく悪い。

「っていうか地図それ役に立ってるのか?」

「現在地を見失わないで済む」

「つまり目的地は不明と」

「その通りです……」

 しばらく歩くと足が疲れてくる。そういえば三日前も坂道上ったり下ったりで疲れてたっけな。っていうかそうか秋元とか望月さん、ローラと出会ったのがまだ三日前なのか。三日前に出会って今一緒に旅行ってすごいな。なんかもう結構友達って感じがする。まだ出会って三日だけど。

 関係ないことぶつくさ考えながら取り敢えず上に上に歩いていたら急にぱっと空間が開けて、木の隙間に大きな木が現れた。高さだけでも今まで見てきた木の倍くらいあって、「あれか」「あれじゃない?」「あれかな」「あれっぽい」って四人分の声がカブる。

 大きな木だった。高さが普通の木の倍くらいある。幹の太さに至っては四倍くらいある。

「すごい」

「でかいな」

「でかい……」

「きれーい」

 ユリウスが「大量の死体を養分にして育った」って言ってたからなんとなく赤い花を想像していたけど、実際の花は白い。花びらの一枚がかなり大きい。その大きい白い花びらが地面に大量に落ちているせいで一面が白っぽく、明るい。

「見上げた感じ桜なんだけどね」

「木自体がでかいからバランス的にはそうだな」

「でも花びらは木蓮くらいある」

「遠近感狂うな……」

「写真撮りたいんだけどなー。スマホの電源が切れてる」

「充電できないからなあ」

「そういえば魔法で充電できないのかな」

地図これの仕組みによってはできそうなもんだけど」

「電気とか充電っていう概念を説明できる気がしない」

「カメラ持ってくればよかったなあ」

「ねえあれ何だと思う?」

 カメラの話題に入れていなかったローラが何かを見つけたらしく、望月さんの肩をつつく。ローラが指した方を見た望月さんが「小屋?」と声を出す。小屋?

 ローラが指した方向、木の向こう側には確かに何かがある。木で作られた、四角い、小屋に見える何か。もしかして、

「……俺、あれ見に行きたい」

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