ゲームならこんなにステ低いキャラはまずメンバーに入れない

 軍の食堂でご飯を分けてもらい(悪いと思ったのだが、ローラを含めた四人分でも軍人の水準では一人前程度でしかないのだそうだ)野菜をもりもりと食べる。

「この後の予定は決まってるのか?」

 アレックスが野菜をもりもり食べながら訊いてくる。どうでもいいけどゴリラ三対ホモサピエンス三の食事風景、圧迫感がすごい。ゴリラ軍の食堂にテーブルはなく、なんとなく椅子てきなものがあり、トレイに野菜を乗せてそのまま食べるスタイル。野菜は一応ざっくりとだけ切られている。具体的にはキャベツ四等分とかそういう具合だ。キャベツというか、キャベツと白菜とレタスを足してかぼちゃで割ったみたいな別の野菜なのだけど。

「あー、一応、なんだっけあの町」「ゴドム」「そう、ナイス秋元。そのゴドムの町の駐屯さんに事情を話したら協力してくれることになって、かえってやることがないみたいな状態で」

「そうか。まあそうだな、そういうのは手が多い方がいいな」

「なんかちょっと申し訳なくはあるんだけどね」

「まあありがたく世話になっとけ。みんな『伝説の勇者さま』の手伝いがしたいんだろ」

「伝説の勇者さまねえ……それすげえ居心地悪いんだけどなあ俺」

「勇者さまの魔王討伐譚、たった半年でも背びれ尾びれがついてものすごいことになってるからね」

 アレックスの横でもりもり野菜を食っていたメリアが口を挟む。

「げ。なにそれ恥ずい」

「リュグナ様が喜々としてあることないこと言いふらしてたからな。伝説の魔道士を使役した伝説の勇者ってことでそりゃあすごい扱いになってる」

「あああああああ何してくれてんだあのアホは?! 俺あっち帰るときに必死で説明してったのに?!」

「リュグナ様に対して『あのアホ』って」横から秋元の困り果てたような声が聞こえる。でも本人アレだからな。

「菅原くん、そのリュグナ様って人によっぽど気に入られたんだねえ」

「その話って私たちも聞けないかな。面白そう」

 女子二人がのんきに相槌を打つ。他人事だと思って。

「やめて恥ずかしいから、って言うか俺マジで大したことしてないんだって」

「でも逆の立場だったら聞きたいだろ?」

「あー……異世界勇者冒険譚の主人公が知り合いとか超面白そう……」

「だろ」

「で、話戻すけど、結局この後の予定は特に無いってことか? 暇なら観光地でも教えようか」

 観光て。どこまで面倒見いいんだよ隊長。

「観光地! 見たい!」

「はい」すっと手を上げると望月さんと秋元が「はい菅原くん」と声を揃えて指名してくれる。アレックスとメリアが「なにそれ?」みたいな顔でこっちを見る。学生ジョークです。

「俺、ユリウスが滅ぼした村を見たい」

「あー……」

「待ってユリウスって何? 誰?」

「ユリウスっていうのは、この前のとき一緒に旅したもうひとりの仲間」

「滅ぼしたっていうのは?」

「ちょっと諸事情あって」

「え、諸事情あるからって許されるものじゃなくない?」

「うん、まあ、そうなんだけど。でも俺にとっては大事な仲間だし、だから一回手を合わせに行きたいみたいな」

 みんな――特にアレックスは思うところがあるのか、しんと黙り込んでしまった。望月さんと秋元もスタンスを決めかねるみたいに視線を投げあっている。いたたまれなさに身を縮めていたところ、「わたしは」とローラが声を上げた。

「……わたしは、いいと思う。いいことだと、思う」

 ローラの一声で場の空気が緩んだ。アレックスが息をつきながらかりかりと頭を掻く。

「ここからだと、川舟で半日くらいかかる。あのあたりは宿場もないから、帰りのことを考えると明日にした方がいい。ゴドムに戻るとまたかなり時間がかかるから、ここに泊まっていくといい」

「泊まりって、そんな急に、いいの」

「まあ、兵舎も部屋が余ってるから大丈夫だろう」

「ごめん、ありがとう」

「いや、こっちこそありがとう」

「ローラも。ありがとう」

「ううん」

「女子寮も部屋空いてるか?」

「空いてますね。ふたり同室でも別室でも」

「私はローラと一緒がいい! なんならメリアさんとも一緒がいい! パジャマパーティやりたい!」

 元気かよ。っていうか望月さんの制御をローラひとりに任せて大丈夫なのかこれ?

「望月だって別に非常識なわけじゃない。大丈夫だ」秋元がそう答え、小声で「たぶん」と付け加えた。たぶんか。

「勇者さん、これで午後は空いたな?」

 アレックスがにやりと笑いながら訊いてくる。何その顔こわい。パシられる?

「いや別にパシりってわけじゃない。せっかくこっちに来てるんだ、新兵たちに戦闘の心得のひとつふたつ――」

「嫌に決まってるじゃん?! 俺ド素人だよ?! どう考えても自分で語った方がいいじゃん!!」

「大丈夫だ、相手も素人だから」

「いやいやそういう話じゃなくてですね?!」

「ゴドムから片道丸一日かけて野宿で観光したいって言うなら止めないけどな?」

「うっ」

 アレックスがにやにや笑いながらこちらを見る。視線をやった先でメリアは半笑いで顔をそらしている。あれはあれだ、助ける気のない顔だ。っていうかアレックス、そんなに人悪かったっけ?

「はいはーい私もその話聞きたーい!」

「私も聞きたーい」

「俺も」

「あああああ裏切り者お!!!!!」

「諦めた方がいいよ、隊長はこうなったら引かないから」

「話すことなんか何もないの知ってるだろ!! 逃げ回ってただけじゃん!!」

「いやいやそんなことないでしょ。ガロから悲鳴が聞こえたときの勇者さんかっこよかったじゃん。『助けてって言われて――」

「やめて! やめて!!」

 俺が必死で止めているのに望月さんとかローラとかが「えーその話聞きたいー」ってわざとらしく相槌を入れていてあっこれ味方いないやつだな?

「秋元ぉ」

「野宿込み往復二日は困る。第一、菅原が行きたいところに行くんだろ?」

「そりゃそうですけど……」

「よし決まりだな。そろそろ昼休みも終わりだし、午後はもともと座学の予定だったから都合がいい」

「頼むから舵は取ってよ隊長」

「もちろん」

 その割には笑い含みなんですけど隊長。

 そんな感じで俺はゴリラ新兵たちの座学で教壇に立つはめになった。座学が行われる、俺の語彙の中だと「教室」以外に適切な言葉の見つからない部屋は、しかし俺の知っている教室とは大きく様相が違っていた。特に机とか椅子とかはない。ゴリラ正座。正座できるのかゴリラ。

「できるよ正座くらい」

「え、なんかごめんなさい」

 望月さんに軽く怒られつつ教壇に立つ。とはいえ話すことなど特に無く、俺は混乱したまま「はじめまして、勇者です」と頭の悪い自己紹介などをする。はじめまして勇者です。なんかのタイトルっぽい。

「ええと。隊長――じゃないか、昇進したんだっけ、アレックス副長? に『戦闘の心得を』と言われてここにいるんですけど、俺は正直戦闘に関しては全くの素人というか、その話をさせるならアレックスの方がよっぽど正しい話ができるわけでですね――」


 正直、俺の話はグダグダもいいところだった。アレックスに舵を取ってもらい、新兵たちにばんばん質問してもらってぎりぎりどうにか体裁だけを保ったようなものだった。それでもゴリラたちはいちいち頷き、相槌を打ち、ときに大きな手で拍手しながら聞いてくれて、どうにも恥ずかしくてたまらない。

「こっちは聞いてて面白かったよ」

「うん、面白かった」

「菅原からツッコミを除くとああなるんだな」

「秋元だけなんかすごい辛辣なこと言ってない?」

「そんなことはない」

 嘘つけよ笑い噛み潰してるくせに。

「でもあれ本当によかったの? 足引っ張るくらいなら逃げる方がマシとか軍人さんに吹き込むのあんまり良くないんじゃないの?」

「ん、根性論よりよっぽど役に立つだろ。特に新兵なんかは自分の力量も立場も何も考えずに変な責任感だけで動くのが多いから、あれくらい言っといた方がいい。メリアのときも随分手を焼いたんだ」

 うわあすげえまとも。めっちゃホワイト上司じゃんか。

「実際、勇者さんは『できるだけ邪魔にならないように』って気をつけた上でいざってときはしっかり動いてくれただろ? かなり助かったんだよ」

「えー……おう……面と向かって褒められると恥ずかしいね……?」

「慣れろって言っただろ。しばらく滞在するならまだまだ褒められるぞ」

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