異世界観光・二日目・後

 ドラゴンボールの最初の方のたぶん牛魔王の辺りで孫悟空がサクッとかめはめ波を撃つみたいなあのシーンのノリで望月さんがサクッとビームを撃ってしまって俺は謎の義務感によりコンマ一秒でツッコミ入れちゃったけど秋元とローラとメリアは同じ顔で口開けてポカーンとしちゃってるし訓練場全体もなんだかポカーンとしてしまっていて大声出したのがちょっと恥ずかしい。当の望月さんはきゃー! やったー! 見た見た〜? みたいな感じで普通に喜んでいて温度差。温度差がすごい。

「菅原くんもやってみたら? 案外簡単だよ」

「いや簡単って、そんなわけ無くない? 軍人がこんなガチガチで訓練してるもんが簡単なわけ無くない?」

「いいからいいから」

 こうしてこうして〜と望月さんが嬉しそうに説明してくれるのでまあそれ自体は別にやぶさかでもなくて俺は的(だったもの)(望月さんのビームで派手に焦げている)に指を向ける。指先に集中し、力をそこに集める。呪文を詠唱する。指先からマッチの火くらいの何かがチョロっと出る。

「あれ? なんでだろ教え方下手だったかな」

 いやあそれあれでしょ運動部が文化部にダンクシュート教えて『なんでできないんだろ』とか首傾げるレベルのアレでしょ。教え方の問題じゃねえって。

「たぶん魔力みたいなものは望月の方が強いんだ」ショック状態から回復したらしい秋元が解説を添える。「望月は魔力が強い、菅原はテレパシー能力が強い」

「ええー……」

「どっちも向こうじゃ用途が無いんだからいいじゃんか別に」

「でも望月さんの方が勇者っぽい。かっこいい。羨ましい」

「わがまま言わない。血が薄いんだから偏るのは仕方ない」

 そうだろうけど。っつうかなぜ急に常識人ヅラし始めたんだ秋元?

「菅原が望月に引きずられてるからバランス取った方がいいと思って」

 なるほどありがとう。なんだその謎配慮は。

「それって」今まで黙っていたローラが喋りだす。「その、それくらいしなきゃいけないような戦いがあるってこと?」

 ローラの声は不安げだ。そういえばビームって、アニメとかゲームで見慣れてればかっこいい強いで済むかもしれないけど、それらを知らなければ単なる暴力というか武器というか、怖いものなのかもしれない。

 というかローラ、もしかしたら箱入り娘が過ぎてゴリラ界も人間界もあんまり知らないのでは? 箱入り娘っていうか、箱入りゴリラ。

 一応何かしらのフォローは必要な気がして、俺はローラに近づく。

「この世界には魔物というものがいます」

「魔物?」

「そう。人の悲しみとか怒りとかが形になったもの。どっちかっていうとおばけとか怨霊とか言った方がイメージは近いんだけど、伝わる?」

「怨霊……」

「そう。誰かが誰かを傷つけないために飲み込んだ気持ちが、代わりに魔物となって暴れることがある。だから俺たち――じゃないな、彼らはそれと戦って、人々を守る」

 ローラはちょっとぼうっとして、しばらく考え込んだ後で「そっか」と答えて笑った。

「ちょっと安心した。なんかすごい威力だったからびっくりしちゃった」

「それはよかった。威力についてはたぶん、望月さんが出力調整できなかったのが一番の原因だと思う」

「そっか、そうだよね。最初から調整とかできるはずないもんね」

 うんまあ初手からぶっ放せたことがまず一番の驚きなんだけどね。ローラの気が紛れたならひとまずそれでいいや。

「この前の旅ってそういう、魔物? を倒す旅だったの?」

「うん。魔物を操って人を呪ったり魔物を増やしたりしてる魔王がいて、それを倒す旅」

「メリアさんと、さっき言ってた隊長さん? と、三人で旅してたの?」

「いや、――もうひとり、仲間がいたんだけど」

 ユリウスの件は正直自分でも意外なほどガッツリと傷になってしまっていて、半年経った今でも時々思い出してはイラついたり凹んだりしてしまう。結局何もしてやれなかったとか、何かしてやれることがあったんじゃないかとか、いやあれはそもそもあいつが誰にも何も相談せずに早合点して暴走したのが全部悪いとかそういう今更何のメリットも無いようなことを延々考えてしまったりする。結局半年のあいだ考えてわかったことは、あいつはただ目的が一緒だから俺たちといただけで、俺や俺たちを信用していたわけじゃないんだろうということだけだ。

 急に黙り込んだ俺をどう思ったのか、ローラが「大変だったね」と声をかけてくれる。俺は頭を振り、「大変だったのは俺じゃないんだよ」と返事をする。実際何もしてないし。何もできなかったし。でもローラはそれにまた「違うよ」と言う。

「別の誰かがもっと大変だったとしても、菅原くんが大変じゃなかったことにはならないでしょ?」

 言葉に詰まった。

 ゴリラと世界を救う旅をしていたこと、その中で仲間と思っていたひとりを失ったことは、人間界に戻ってから誰にも話していない。メリアやアレックスともちゃんと話さないまま戻ってしまって、だから慰められたのは初めてだった。そうだよ俺そこそこ凹んでるんだよ。

「ね、優しいでしょローラ」望月さんがニコニコしながら寄ってきて、「その上可愛くて頭もいいんだから」と得意気に胸を張る。なんで望月さんが得意げなんだ。


 おそらく時報なのだろう鐘の音がして訓練場の空気がふっと緩んだ。昼休みか。

「どうする、隊長探す? お腹が空いてるなら食堂も開いてるけど」

「ん、メリアがお腹空いてなければ隊長に会いたい。昼休みくらいしか会えそうにないんでしょ?」

「まあね。三人もそれでいい?」

 三人の了承が得られたので基地をずーっと横切って、別の訓練場へ向かう。

「最初からビームとかやっちゃうと危ないから、基礎魔法の訓練をする場所があるの」

「それはあれなの、応用とか効くものなの?」

「応用っていうか、コントロールができるようになるってことだね。モチヅキさんさっき全力でビーム出しちゃったでしょ? ああいうのは事故になりやすいから、ああならないための訓練」

 なるほど説得力がある。

「あ、あれ隊長じゃない?」

 少し離れた場所にアレックスを見つけてメリアに声をかける。アレックスは、たぶん言っていた新人なのだろうゴリラに囲まれている。

「ホントだ。隊長ー!」

 メリアが呼びかけると、気付いたアレックスが振り向いて硬直した。俺も手を振る。

「……菅原、なんで見分けられるんだ?」

「え?」

 あれ? 言われてみて気付いたけど俺なんであれがアレックスだってわかったんだ? ゴリラの見分けとかつくタイプだったっけ?

「……アレックスは、背が高いから、目立つ」

「すっごい歯切れ悪いんだけど」

「勇者さん、なんでいるんだ?」

 駆け寄ってきたアレックスが開口一番に訊く。まあそこ気になるよな。

「ちょっと用があって、ついでに顔を見に来た」

「そんな軽いノリで来ていいもんなのか? 異世界なんだよな?」

 わかる。


 ざっくりした事情と近況を話すとだいたい落ち着いたようで、アレックスも近況を話してくれる。魔王討伐の件以降、その功績が認められてアレックスは大隊の副長に、メリアは小隊の隊長にそれぞれ昇格したのだそうだ。っていうか小隊長がサボってていいのかよ。

「昇進おめでとう」

「ありがとう。おかげでだいぶ仕事が増えた」

「いいことじゃん新人教育。向いてそう」

「そうかあ?」

「だって世話焼くの結構好きでしょ?」

「まあ否定はしないけどな」

 アレックスが相変わらずいいやつなので俺はほっとする。

「で、勇者さんは何かあったのか? なんか落ち込んでないか?」

「いや……何があったわけじゃないんだけど」俺は望月さんのこととさっきのビームの件を掻い摘んでアレックスに説明する。「なんか、望月さんの方が勇者向きだったんじゃないかと思うと、ちょっとへこむというか」

「あー。確かにすごいなあの子」

 アレックスが望月さんを眺めながら言う。望月さんは少し離れたところで新人ゴリラたちにわーっと詰め寄っており、秋元がそれを追いかけている。保護者か。

「向き不向きはともかく、ちゃんと最後までやりきった勇者さんは十分すごいと思うぞ」

 アレックスが大きな手でわしわしと頭を撫でてくれる。隊長やっぱりちょっと俺のこと子供だと思ってない? いやもちろんサイズ的に多少仕方ないとは思うんだけど。っていうか何なんだろう望月さんのあの圧倒的な適応能力。適応能力っていうかゴリラ耐性。血筋のことを鑑みても異常なんじゃないかアレ。

「ずっとローラといたからかな。あの飲み込みの早さっていうか、物怖じしない感じ」

「どうだろう。それこそ初めて会ったときは驚いたの、美咲も。確かに慣れるのは早かったけど、驚かなかったわけじゃなくて」

 ローラは一度そこで言葉を切り、首を傾げて考える仕草をした。長いまつげが目元に影を作る。うーん、ゴリラの美醜は未だによくわからないけど、美咲ちゃんが美ゴリラだと主張するのでなんとなくそう見える気がする。

「そう、美咲の驚き方はいつも、すごくポジティブなの。ところを見たことがないくらい。きっと、あれは美咲の性格だと思う」

「はー……」

 アレックスと俺が感嘆に言葉を失っていると、ローラはいらずらっぽくちょっと笑った。


「ね、すごいでしょ私の親友」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る