異世界観光・二日目・前

 二日目。引き続き観光をしてよいとのことだったので俺はあらゆる方向にわがままを言ってジネジッタ国北軍の駐屯基地へ行かせてもらった。ジネジッタの首都は国全体の中心ではなく割と北寄りにあったらしく、荷車というか観光用の人力車てきなものに搭載されて二、三時間で着くことができた。見張りに話を通して呼んでもらったメリアは俺の顔を見るなり開口一番に「なんでいるの?」と言った。

「来ちゃった」

「来ちゃったって、そんな軽いノリで来ていいものなの?」

「うんまあそうなるよな。わかるわかる」

 俺はメリアの両肩をぽんぽんと叩く。がっちりと筋肉がついており、安心感がある。やっぱり現実のメリアはちゃんと理性的だ。

「何の話してるの」

「いやこっちの話。会いたかったよ。やっぱ寂しいよな、誰かに会えないってのは」

 言うと、メリアは呆れたような困ったような照れたような微妙な顔で「まあね」と言って笑った。

「隊長も会いたがってたよ、もう会った?」

「ううんまだ。忙しいんだって」

「そっか、そういえば新兵の入隊が今日だ。で、あと、えっと、そちらの方々は」

 方々、という言い方に俺はまたちょっと笑う。そういえばちょっと人見知りするんだよなメリア。

「これがメリア。俺が前回こっちに来たとき一緒に旅してた仲間。あと一人アレックスっていうのがさっき話してた『隊長』で、今は忙しいっぽいからあとで紹介する。メリア、こっちは向こうの――えっと、……何?」

 振り返ると、望月さんと秋元が揃ってころんと首を傾げるところだった。

「何? って何」

「……ともだち?」

「ああ、そこか」秋元が一歩前に出てメリアに向き直り、俺を指して「勇者の子孫A」、望月さんを指して「B」とだけ説明した。おそろしく簡潔な説明だった。簡潔通り越して雑だろ。いいのかその態度。

「あとふたりは?」

「俺はエーヴィヒ姫の側控えの子孫で、ローラはわからない」

「わからない?」

「それをはっきりさせるために来たんだ、今回」

「なるほど。来たってどうやって」

 メリアはまだまだ疑問が尽きないという感じなのだけど望月さんはもう黙っていられないという感じでメリアにつかつか寄っていってじろじろ見る。メリアが首を竦めるようにして望月さんを見返す。そりゃまあ初対面の人間(人間)にこんなにガン見されたら引くわな。

「あの、何か……?」

 さすがに耐えかねたらしいメリアがおそるおそるといった調子で声をかけると、望月さんはぱっと顔を上げ、かなりの至近距離でメリアの顔を覗き込んだ。気圧されてメリアが首を後ろに引く。

「美人」

「え?」

「ローラほどじゃないけど、メリアさんもとっっっっても美人! ちょっと凛としててかっこいい系! 体も引き締まってて素敵〜、あっでもここちょっと跳ねてる、でもこういうところがまた可愛くてポイント上がったりするよね〜! いいないいなあ〜〜〜!!!!」

「え?」

 ただでさえ褒められ慣れていない(推測)メリアは謙遜の余地もなく怒涛の勢いで喋り続ける望月さんを目の前に完全に引いてしまっていて、俺に対して何かしらの視線を投げてくるのだけど、ごめん傍目に見てる限りではただただ面白い。望月さんの暴走も相手がメリアならまあ大丈夫かという感じであんまり止める気にならない。

「美咲」口を挟んだのはローラだった。声に苦笑が滲む。「あんまり放置されると妬いちゃうなあ私」

「え? あっごめん、えへへついテンション上がっちゃった」

 望月さんが一瞬でおとなしくなって楚々とローラの隣へ戻る。メリアが露骨にほっとしている。しかしすごいなローラ。この件に関しては秋元よりよっぽど使える。当の秋元は俺らから少し離れたところに立っており、何してんの?

「こう見ると異世界ハーレムだなって」

「微妙に突っ込みにくいとこ突いてこないでくんねえかな?!」

「なにどういう意味?」

「なんでもないです!」

 何だ、なんなんだ秋元。常識人かと思ったらとんでもねえボケを真顔でぶっこんできやがってさては楽しんでるだろあいつ。つうかちょっと笑ってるだろ。ツッコミに回れよただでさえ人手不足なんだぞオイコラ。

「メリア、今って時間ある? 話とかできる?」

「ん職務中だけど、今日は別に何の当番ってわけじゃないんだよね。トレーニングだけ。勇者さんが来てるんだし、多少付き合っても文句までは言われないと思う」

「なるほど、接待のために多少サボっても問題ではないと」

「有り体に言えばそうだね。なんたってあの勇者さんが来てるんだし?」

 メリアがにっと笑う。俺も笑う。秋元が「待って、勇者って何?」と割り込んでくる。

「あ、そっかそこの説明してなかったんだ。えっとですね、前回俺がこっちに来たときは『伝説の勇者の子孫』みたいな扱いで、魔物とか魔王とかと戦ってって感じで」

「うわ、なにそれRPGじゃん。勇者の子孫がまた世界を救ったってやつ? ドラクエじゃん」

「秋元ドラクエ通じるんだ?」

「いや、概要しか知らないんだけど」

 なんだ語れるかと思ったのに。

「でもアレックスがいないのは寂しいな。紹介もしたい」

「隊長はたぶん抜けられない。でももうすぐ昼休みだから話はできると思うよ」

 軍隊の昼休みなんてそれだけでも想像しにくいのにゴリラの軍隊の昼休みなんかまったく想像がつかない。たぶん普通に飯食ったり休んだりするんだろうけど。

「軍隊の訓練って何するの? どんな武器使うの? 手で取り回すような武器はナックルウォークと相性悪いよね? 背負う感じ?」

 望月さんのゴリラに対する素養が高い。何なんだ。

「武器は、そう、使わない。でも弓は使う、相手が本当に遠いとき」

「あ、そうか自分が移動しない前提なら使えるんだ」

「そう」

 望月さんのゴリラに対する素養が高い(二回目)。何なんだ(本音)。

「あとは魔法とか」

「え、すごい! 魔法? どんなの?」

「訓練場に行けば見られると思う、ついて来て」

 ノリが軽い。いいのかそんなサクッと見学できて。いやもしかしてこれは俺のおかげか? 勇者だから顔パスなのか?


 メリアに案内されて訓練場へ向かう。パッと見は弓道場のような、射撃訓練場のような、あるいはバッティングセンターのような感じだ。手前にゴリラが並んでいて、奥に的が並んでいて、呪文を詠唱してそれを撃つ。片手を前にかざしているやつもいれば、アレックスと同じように口から吐くやつもいる。やっぱり絵面が凶悪だ。

「すごい、すごいすごいすごい! かっこいい!」

 なんでこれにそんなポジティブでいられんの望月さん。だいぶ初見殺しだと思うんだけどこれ。

「私もやりたい!」

 アグレッシブかよ。

 ローラと秋元が危ないからやめろと止めるのだけど望月さんはちょっとだけだから! と言って訊かず、せがまれたメリアが呪文(?)を教えると、望月さんはキッと指先を的に向けてポーズをとる。真剣な顔をする。呪文をつぶやく。指先からビームが出る。つい大声が出た。


「いや出せんのかよ?!」

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