異世界観光・一日目
滞在する宿とかなんとかかんとかの手続きはまるっと引き受けてくれるとのことで、俺たち四人は「観光でもなさってください」との厚意によりぽいっと街に放り出されてしまった。相変わらず丁重なのか雑なのかよくわからない扱い。別に不満は無いんだけど。
そういうわけで俺は未だにキョロキョロしてる秋元と別の意味でキョロキョロしてる望月さんと望月さんにべったり絡みつかれてるローラを引き連れて街へ出る羽目になったのだった。なんというか、前回はそこそこ、ある程度の問題があったとはいえ常識人パーティだったから多少楽だったけど、今回は本当にツッコミ不在って感じだ。たぶん誰一人として非常識のレベルではないんだけど微妙に収拾がつかないというか。
「すごいすごいすごいすごい! 本当にどこもかしこもゴリラだらけ!! あっねえねえそこのお店見てきていい? 服屋さんっぽいのがある!」
言いながら望月さんはローラの腕を掴んだままふらふら〜っとそちらの方へ歩いていってしまい、俺と秋元は慌ててその後を追う。行動する前に申告してくれるのはありがたい。
「そういえばここさあ、服着てるゴリラと着てないゴリラいるじゃん? どういう基準?」
前回から気になっていたことを訊くと、秋元は「人間の着る服みたいに肌を隠す種類のものじゃないんだ」と説明を始めてくれる。「それは体毛があるから。ただ、雨の日に体が濡れないようにとか、職業のシンボルであるとか、あるいは単なる装飾のためだとかで着るものは無いわけじゃない。俺らの感覚で言うところのアウターに近いものだと思えばだいたい正しい」
「なるほど」
いやいいわ解説役。便利だな。前回は周りにゴリラしかいなかったからそこの比較検討はしにくかったんだ。質問の意図が明確に伝わるってイイ。あと同種同世代同性の安心感。今更ゴリラを敵だなんて全く思っちゃいないけど問答無用の圧倒的な安心感がある。精神的にすごく助かる。
「ねえ見て見て、ローラとお揃いのミサンガもらっちゃった」
ほくほく顔で戻ってきた望月さんの手首には、ローラの手首に巻かれているものと同じミサンガが巻かれていた。ローラは一周、望月さんは二周。なるほど便利だ。
「もらったって、どういう」
「可愛い子にはサービスだって。見る目あるよねあのおじさん」
それはどっちの意味なんだろうかおじさん。いや望月さん的にはおそらく可愛いのはローラだと認識しているだろうが。単にキャイキャイした女の子ふたりが来たから適当にサービスしただけだろうか。
望月さんのテンションの上がりようは割と予想の範疇というか、そもそも常識人なので勝手に居なくなったりはせずぴょこぴょこ跳ねながらきゃあきゃあ言ってる程度なのだけど、秋元は無言で足を止める。地面とか壁とか何が面白いのかよくわからないが止まるなら止まるでなんか言ってくれ。
そんなだから結果的に俺はずんずん進んで行っちゃう望月さん&ローラ組と気付いたら足を止めてなんか見てる秋元の間でひとりおろおろしてることになる。自由かよ。
「ねえねえあれは何? あの緑の建物」
「み゛っ」変な声が出た。ごほん。「あー……キャバクラ、てきな」
「なるほど。道理であの辺りだけ美男美女が多いと思った」
ゴリラに対するその造詣の深さ何? 英才教育? 望月家はそうなの? ゴリラの美醜見分けられるっておかしくね?
「別になんてことないでしょ。美醜なんて突き詰めれば個人の好みの話じゃん」
「とは言ってもなあ……体が大きいとかっこいいみたいなのはあるけど……」
「一緒だよ一緒」
「そうかなあ……」
なんかちょっと釈然としないものがあるんだけどそれはもしかしたら俺の中にゴリライコール強いかっこいいしか存在しないせいかもしれない。っていうかそれ以前にまず雌雄の見分けがついてない。でかくて強そうなのが必然的に雄に見えちゃうけどどうなんだろうか実際。
ゴリラ界は日が傾き始めている。季節はおよそ春か秋という感じで、暑くなく寒くない。前回来たときもこんな感じだったので、季節がないかもしくは周期がだいたい日本と似ているんだろう。一日の長さはというと、人の体内時計とは適当なもので、日が昇って落ちれば一日という感覚に変わりはなく、前回は長いとも短いとも思わなかった。今回はスマホがあるので、電波こそ入らないが時計としては機能する。現在十六時半。
「ところでローラ、どうかした?」
望月さんに急に水を向けられて、ローラが「えっ?」と高い声をだす。裏返っちゃったやつだ。聞いてなかったことにしよう。
「あ、ごめん聞いてなかった。何?」
「なんかぼうっとしてるみたいだから。疲れちゃった?」
「うん、ちょっとだけ。……こんな街、初めてだから」どきどきしちゃって、と続く声はゆるゆると小さくなり、雑踏の喧騒に紛れた。
「え~~~~~~~~かわいい~~~~~~~!!!!!!!!」
望月さんがきゃあきゃあ言いながらローラに抱きつく。ローラもきゃあきゃあ言いながら望月さんを抱き返す。秋元が微笑ましそうに二人を眺めているんだけどやっぱりツッコミ不在なのこれ?
「ごめん失礼な質問かもしれないんだけど気を悪くしないでほしいんだけど微笑ましいみたいな顔で見てるけどあれは微笑ましいってカテゴリでいいの」
「そうだよ」
そうなの?
「そうだよ。だってあれはエーヴィヒ姫がかつて望んだ光景そのものだから」秋元が笑顔を作って俺を見る。「姿形も文化も何もかもが違う二者間であれだけの信頼、親愛がつくられてる。それが喜ばしい以外に何だと思う?」
訊かれて初めて、自分の中の差別感情を目の前に引きずり出されたような気分になった。もちろんそんなつもりじゃなかった。でも態度としてはそれ以外の何でもなかった。ああそうか、差別したのか今。
「……ごめん、俺が悪かった」
俺が謝ると、秋元は小さく喉を鳴らして笑った。
「怒ってるわけじゃない。実際、望月の適応速度は異常だと思う。丸一日くらいはかかると思ってた」
「いや丸一日でもかなり早いと思うけど」
しかしローラ、マジでちょっと元気が無さそうに見える。確かに向こうの世界で街に出る機会は無かったんだろうが、単なる緊張で片付けていいもんだろうか。
「疲れたのかもしれないから、早めに休もう。宿は用意してくれるみたいだし」
「そうだね、ローラに無理させたくないし」
「え、いいよ悪い、美咲も秋元くんもすごい楽しそうなのに」
「ローラが一緒じゃなきゃ楽しくないもん。今日は休んで、明日また一緒に回ろ」
「……うん、ありがとう」
だいたい話もまとまったところ悪いんだけど今日の宿はまだわからない状態で、これはたぶん誰かに問い合わせなきゃいけないもので、そのためには礼拝堂に戻るのが最短ルートなんだろう。テレパシー、ピンポイントで相手を選びたいとまで言わないけど方角と距離くらい決められたらいいんだけどなあ。魔王戦の時はすっげえ役に立ったけど日常レベルでは役に立たないんだなこれ。
ローラに気遣いながら来た道を戻り、礼拝堂の手前で腕章をつけたゴリラに会った。状況を説明すると宿は取ってくれたとのことで、そこからまた十五分くらい歩いて宿へ向かう。
取ってもらった部屋は大きめの広間だった。大きめというか、ゴリラ的にはツインルームくらいのものなのかもしれない。わかんないけど。曰く、街にちょうど旅の商隊が来ていて、四人いっぺんに泊まれるような場所が他に無かったのだそうだ。
宿の食事は相変わらずというか野菜果物のオンパレードで、でも誰も特に文句は言わなかった。ローラがいるから慣れているんだろう。一方の俺はというと、前回食べて知っていたとはいえ、やっぱりちょっとつらい。肉とか米とか贅沢は言わないからせめてもうちょっと油っ気が欲しい。
「っていうかさあ、高校生にもなって男女同室ってどうなの実際」
ゴリラベッドは相変わらずゴワッゴワのガッサガサで、寝心地がいいとは言えない。
「一応言っておくと俺、空手と合気道と柔道の段位持ってるからそのつもりでよろしく」
警戒がガチじゃん。何もしねえよ睨まないでくれよ。つうかそっちの意味じゃねえし。
「あれ、秋元くんって弓道部とかじゃなかった?」
「部活とは別にやってる」
遠距離戦もいけんのかよなにそれ強い。つうか羨ましい。俺もなんか戦闘ステータスあれば前回もっと楽だったかもしれないんだけどなあ。楽っつうか、なんかできたかもしれないっつうか。
俺がちょっといろいろ思い出してくさくさしている間にも望月さんは上機嫌で「へへへー、なんか合宿みたいー」とにこにこしていてすごい。カルチャーショック皆無。
「この前の修学旅行とかローラと一緒に行けなかったしさあ、なんか嬉しくなっちゃうなあ」
「ローラは留守番だったんだ?」
「そりゃあ、ゴリラは旅客機に乗れないし」
あ、そこは現実的な話なんだ。よくわかんねえな望月さんの世界観。
「菅原」
「ん、何?」
「電気――じゃないな、灯り、これどうやったら消えんの」
「そこにスイッチがあるじゃろ?」
「……なんでここだけ向こうと同じなんだ?」
俺に訊かれても知らん。
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