I'm back

 近くに見えた街に入ろうとすると、ものすごい勢いですっ飛んできたゴリラ三人に囲まれてしまった。腕章を付けているから、たぶんこの街かこの近くに常駐している駐屯兵だろう。

「こんにちは」

 おそらく不審な侵入者として対応するつもりだったのだろうゴリラたちは、俺を見るなり「え、――あれ? 勇者さまでは?」と声を上げた。話が早くて助かるけど個体の識別とかできてんのかな。特に俺と秋元、背格好もカラーリングも同じようなもんだし。

「どうしてこのようなところに。お帰りになったと伺っておりましたが」

「ええと、話せば長くなるんですけど一旦帰ってまた来たという感じで」

「そちらはお連れ様ですか?」

「はい。怪しいものではありません」

「菅原くん」

 駐屯兵と話していると、望月さんに後ろから服の裾をつんつんと引かれた。なにそれ可愛い。

「なに?」

「何て言ってるの、ゴリラたち」

「え? あれ、わかんない? 菅原も?」

「わからない」

「マジか」

 ローラは俺が「わかる?」と訊く前に、視線を向けただけで首を振った。え、ローラもわかんないのか。ということは望月と秋元がローラの言葉を理解していたわけではなく、ローラがそもそも日本語喋っちゃってたってことか。しかもローラはこの世界のゴリラ語はわからないと。マジか。

「どうかされましたか?」

「あーえっと、彼ら、言葉がわからないらしくて」

「ああ。それでは礼拝堂へご案内します。詳しいお話もそちらでお聞かせください」

「礼拝堂?」

「はい。勇者さまも前回こちらへいらしたときにご覧になったでしょう?」

 あ、あれか。あの黒魔術みたいな怪しい場所。礼拝って言葉から随分遠い気がするんだけどあれ。俺のイメージしてる礼拝ってもっとなんかステンドグラスとか赤い絨毯とかパイプオルガンとか――まあいいや。たぶんこのイメージもドラクエをベースにいろいろ混ざった似非宗教観だろうし。

「案内してくれるって。ついて来て」

「案内って、どこに?」

「礼拝堂。前に俺が掛けてもらった翻訳魔法を三人にも掛けてもらう。そしたら三人も言葉がわかるようになるはず」

「慣れてるな」

「まあ一回来てるからね」

「美咲、さっきからキョロキョロしすぎ」

「だって右も左もゴリラだらけなんだよ……?! すごい、本当にゴリラの文明だ……!!」

 望月さんはまだ小声だが、その声には興奮がたしかに滲んでいる。ローラの腕に抱きつくように体を寄せながら足元だけぴょこぴょこと跳ねている。楽しそうで何よりだけどこれ言葉がわかるようになったとして制御しきれるのか俺ら。秋元にそう尋ねると、秋元は望月さんと俺とを交互に見た後で「……頑張るしかない」とコメントを返した。弱気。


 礼拝堂に入ると、俺は三人とは別室に通された。審問っぽくてちょっと緊張する。

「いえ、そんな大仰なものではありません。我々は勇者さまとお話してみたかっただけです。翻訳も必要ありませんし」

 そうは言ってもゴリラ三対俺という空間はなんか結構な圧迫感がある。ゴリラサイズの椅子は低いから気分的には楽なんだけど。

「そんなに時間かかるもの? 俺のときは一瞬だった気がするんだけど」

「それは予め陣を敷いていましたから。今からすべて準備するとなると、三十分ほどはかかります」

 なるほど。急に来てごめんかった。

「勇者さまはどうしてまたこちらに? 何か我々の聞き及んでいない問題でも発生したのでしょうか?」

「いや、今回は呼ばれて来たわけじゃないんだ。さっき俺と一緒にいた子、」あれ? そういえばこっちの世界で俺たちとゴリラってどう区別すればいいんだ? 前回はゴリラしかいなかったからだいたい「人」って言葉で誤魔化して喋ってたけどどう表現すればいいのこれ?

「勇者さま、どうかなさいましたか?」

「え? あ、ごめんえっと、俺と一緒に来た背の高い方の女の子わかる?」

「女の子――ええ、はい」

 言いながらだいぶ微妙な顔をする。これさては性別がわかってねえなって思う。いや俺もゴリラの性別とかパッと見じゃわかんないから仕方ないけど。

「紹介はあとでするとして、その背の高い方の子が、どうやらこっちの世界から来たんじゃないかという話になって」

「さて……そういう話は聞いた覚えがありませんが……」

「そっか。あっちで話してても埒が明かないと思って来てみたんだけど。こういう話って誰に聞くのが一番いいんだろう?」

「そういうことであれば我々も助力いたしましょう。人手は多い方がいい」

 どうでもいいんだけどゴリラが胸を叩いて「任せろ」みたいな素振りをするとなんか頼れる感がすごい。胸の厚み。拳の大きさ。超頼れそう。

「いや、ただでさえ急に来たのにそこまでお世話になるのはさすがに」

「いえいえ大丈夫です。何しろ世界を救っていただいたのですから、勇者さまの力になれるとあれば皆競って力を貸してくれるはずです」

 うーんやはりゴリラはいいやつらだ。ありがとうゴリラ。持ちつ持たれつの関係っていいよな。持ちつ持たれつっていうか、担がれ運ばれてた記憶の方が多いけど。

「そういうことなら、じゃあ、お世話になります。こっちの復興状態はどう? 散らかしっぱなしで帰っちゃったからちょっと心配してたんだけど」

「そのあたりはご心配に及びません。一同尽力しましたし、あのリュグナ様も手を貸してくださいましたから。目を瞠るような速度でしたよ」

 ああ。もしかしてさっきの「ちょっと忙しい」ってその話か? まあ使えるものが適切に使われてるのはよいことだ。本人も面目躍如ができて本望だろう。

「国交は大丈夫だった? 偽王が随分荒らしてたと思うんだけど」

「そのあたりも一応、説明してご了解をいただきました。もちろん、応援依頼を断った国々の犠牲者たちは謝って戻ってくるものではありませんが、勇者さまのご活躍もお借りしてトントンというところです」

 すごいな。そんなサクッと溜飲を下げてくれるもんだろうか。いくら偽王が好き勝手してたとはいえ魔王が攻めてきたのに協力を拒んで専守防衛って、結構ガチで戦争になりかねないっていうか国交断絶レベルの話だったと思うんだけど。ゴリラ界ちょっと寛大すぎるのでは? っていう話を秋元にしたところ、秋元が「それはこの国――というかこの世界の宗教の話だ」と言ってまあ長い長い話を始めてしまい、疲れた。

「それはねえ、秋元くんにその手の話を振ったのが悪いよ」

「秋元あれなの、歴ヲタ?」

「そうそう。だからダメだよ、迂闊にその手の話を振っちゃあ」

 望月さんがニヤニヤしながら秋元を見、秋元は「菅原が知りたがってたから説明しただけで」とぶつぶつ釈明する。ローラはそんな二人を見てくすくす笑う。和やかだ。

 三人に対しての翻訳魔法は無事に終了したらしく、望月さんは礼拝堂の中を歩き回ってはあれは何だこれは何だと魔道士たちに話しかけている。ストッパーたる秋元はというとこちらも調度品を眺めるのに夢中になっていて、俺はローラと二人でなんとなく取り残されてしまう。

「……あれは、あれでいいの?」ローラが不安そうに訊いてくる。

「……今のところストップ入ってないし……?」俺もよくわからないのでぼそぼそ返事をする。おいそこの歴ヲタ。お前がそっち側に行ってどうする。

 っていうかツッコミ役いないのここ?

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