墜落
校庭に石灰で魔法陣を書き、俺の持っていたお守りを触媒にし、四人で手を繋いで異世界転移の呪文を唱えたところ、魔法陣が強い光を放った。同時にものすごい風が吹いてきて、四人で必死になってお互い手を離さないように気をつけるんだけどいつまで経っても風が止まなくてこれなんかおかしくね? 風吹いてる時間長くね? と思って頑張って目を開けてみたらめちゃめちゃ上空にいてビビる。眼下にどこかの町が見え、小さかった屋根がぐんぐん近付いてきてあっやばいこれ超落ちてる。この高さから落ちたら死ぬ。でも自力でなんとかできる種類のものじゃないしさすがの秋元とはいえ魔法陣なしになんかできるわけじゃないだろうしこの世界でこのタイミングで助けてくれそうな誰かっていうとひとりしか思いつかないわけで俺はその名前を全力で呼ぶ。
「リュグナーーーーーーーー助けてーーーーーーーーーー!!!!!」
瞬間、体が何かに引っかかったように減速した。イメージ的には雲を突き抜けるような、現実の雲ではなくアニメの微妙に質量のある雲を突き抜けるような感覚が何度かあって、最終的に高飛びで使うマットくらいのもの(見えない)に一旦着地した後、十五センチくらいの高さからまたちょっと落ちた。結果的にちょっと打った膝が痛いくらいで済んだ。なるほど上下方向に座標がずれることは想定してなかった。
落ちた場所は街のちょっと横くらいの、見慣れた懐かしいサバンナだった。今日も草木が青々としている。
「っっっっっっあ、すっげビビった、はーやばい死ぬかと思った、全員無事? 怪我ない?」
「大、丈夫、生きてる」
「びっくりした……今のなに? なんか、見えないクッションみたいなのにぶつかったような」
望月さんとローラが口々に感想を述べる。何も起きないか無事に転移するかの二択だと思ってたら急に上空に放り出されたわけだからそりゃびっくりもするわ。
「菅原、今リュグナって言ったか? リュグナってまさかあのリュグナ様か?」
一足先に状況を飲み込んだらしい(すげえ)秋元が、肩で息をしながらこちらを向く。顔が青い。
「あ、そうか秋元は知ってるのか? たぶんそのリュグナだ。伝説みたいなものだっては聞いてる」
「みたいなものっていうか、完全に伝説だろ?! 生きてるのか?!」
「うん。確かあれ、時間の止まった……塔? 外観見てないからよくわかんないけど、建物に」
「外観見てないって、中には入ったってことか?!」
「うん、あの、呼ばれて」
「呼ばれた?!」食いつきっぷりがすごい。びっくりする。常識人かと思ったら常識ゴリラ側なのか秋元?
「待て、どういう――なんでそんなことができる? リュグナ様の居た『塔』って、つまり」
「あのごめんあのね詳しくは訊かれてもよくわかんないっていうかですね、俺の仲間の話だと、時間を止めた塔にずっと引きこもってるって話でして、俺としてもちょっとお呼ばれしたくらいの気分しかなくて」
「引きこもってる?」秋元の勢いが弱まる。「……俺の知ってる話と違う」
「違う?」
「リュグナ様は閉じこもってるんじゃない。閉じ込められたんだ、この国の人々の手で」
「どういうこと?」っていうかやっぱり「人々」って言うよね? ゴリラゴリラとか言わないよね? 俺だけじゃないよね?
「昔――この国がまだ無かった頃、後に初代の王となる男がリュグナ様の力を頼った。リュグナ様は彼に請われて国の土台を作った。陣を敷き、結界を張り、人々が安全に暮らすための礎を作ったんだ。国ができて人々は喜び、同時に恐れた。『作れるものは壊すこともできる』と。それで国中の魔道士たちが結託し、リュグナ様をあの『塔』に閉じ込めた。外界に対する干渉はかなわない、時間すらも干渉しないあの場所に。いつでもまた使えるように、生かしたままで。だからリュグナ様が生きているなら出てくるなんてことはありえない。出られたなら生きているはずがない」
「……ふつうに出てきたんだけど」
「出てきたって?」
「呼んだら、こう――瞬間移動みたいな、ぶわーって」だめだ語彙力がついてこない。っていうかわかんない。何が起きてたんだあの時。
「……なるほど、『閉じこもってる』ってそういう意味か……」
秋元が力のない声で吐き出しながら、顔を覆って座り込む。情緒安定してなくない? 大丈夫?
「リュグナ様は本当にただ自らあの塔に引きこもってたんだ。人々の恐れと無責任な依存を両方わかった上で、生かされてくれていた」
「なるほど?」
「気が遠くなる……我々はどんな大罪を……」
秋元が顔を覆ってうなだれる。うーん、そこだけ切り取るとものすごい聖人のような気がするけど本人がアレだからなあ。なんか別の意図があるような気がしてならない。それもそこそこ不遜で悪趣味なやつ。
「ちなみに話したいなら呼んでみるけど」
「いや、今はいいや。ちょっと整理がつかない」
「私ら全然ついていけてないんだけどなんかものすごい偉い人に菅原くんがサクッと会ったことあって秋元くんがびっくりしてるって認識でいい?」
「大体合ってる」
「そんでさっき助けてくれたのがその人っていうこと?」
「そう」どうでもいいけどものすごい理解早いな望月さん。話が早くて助かる。
「リュグナー、助かったよーありがとうー」
やっぱり虚空に向けて声を出す以外のテレパシー起動方法はわからないので虚空に向かって声を出す。
――どういたしまして。すまないが今ちょっと忙しいんだ、あとで会いにいくよ。
「了解ー」変わりないようで何より。でもたぶんあいつ何百年単位で特に変わりないんだろうな、秋元の話を聞いた限り。
「……それテレパシー? なの?」
望月さんが怪訝な顔をしている。
「あーうん、声を出さずに伝えるコツがわかってない。望月さん、リュグナの返事も聞こえてない?」
「何も聞こえなかった」
「そりゃ変に見えるわ……パッと見ひとり言じゃん」
「ローラはどうしてるの? テレパシーにコツとかある?」
「どうって言われても……ううんごめん、感覚的なものだから、言葉にするのは難しいかも」
「そっか」
「念じれば届くのかもしれないけど、脳内ダダ漏れかと思うとそれちょっと怖いんだよね俺。ローラ、どう? 俺の考えダダ漏れたりしてない?」
「特に何も」
「よかった」
「で、ここからどうするの? 現在位置わかんなくない?」
「取り敢えずそっちに街が見えるから、あそこに行ってみよう。誰かが助けてくれるかもしれない」
「誰かって、誰が?」
「誰かは誰かだ。ここがどこかもわからないのにそれが誰かなんてわかりようがない」なんか言ってて自分でよくわかんないことになってるけど。
「何かアテがあるのか?」
「まあ、大丈夫」
ゴリラ優しいし。
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