郷に入りては郷に従え(家訓)
「よく急に新幹線とか乗れるね? お金持ちなの?」
秋元と名乗った彼が「資料を持ってくる」と言って場を離れ、残された俺たち三人(人?)は各々リンゴを食べながら雑談する。リンゴはローラが分けてくれた。心優しいゴリラだ。
「夏休みのバイト代が残ってたから」
「バイトかあ……いいなあ都会。この辺でバイトって言ったらクリスマスケーキ工場か新聞配達か年賀状仕分けくらいだもんなあ」
「コンビニとかの募集って無いの?」
「コンビニ自体がなあ。山ひとつ下れば無いわけじゃないけど、そっちにはまた別の高校があるから」
「今度近所にコンビニができるって言ってなかった?」
「あれね、見た目でコンビニだと思いこんで喜んでたんだけどね、仏具屋さんだった」
「仏具」俺とローラの声が揃う。仏具。
「仏具と墓石だよ……超高齢過疎地域の悲しさだよね……」望月さんは目線を落として自嘲ぎみに笑う。
「都会の高校に出るって考えは無かったの?」と聞いてみると、望月さんは真顔に戻って「朝弱いから一人暮らしも長距離通学も無理」と頭を振った。
「なるほど」
「美咲が朝弱いなんて初めて聞いた。いつも朝からテンションMAXじゃん」
「それはほら、ローラに会えるってだけでテンション上がってるだけだよ。一時間目はだいたい寝てるし」
「だめだよちゃんと授業聞かないと」
ローラが窘めるような口調で言い、それに望月さんが「だってえ」と甘えた声を出す。なんか空間が女子女子してるんだけどこれもしかして女子二人対俺の図? っていうかこれ女の子の部屋ってことなのでは?
「そうだよ。さっきからキョロキョロしてるのすっごい失礼だからね」
「う。……ごめん、つい」
「家から近いって理由で高校選んだの?」
「そうだよ、朝寝坊のために超頑張った。そこそこ偏差値高いしここ」
朝寝坊のために受験を頑張るというのがいいのか悪いのかはともかく、結果的には良さそうだ。しかしこの調子で行くと大学受験も似たような選び方をするのでは? という気がしないでもない。まあ、人の選択だから口を挟む気はないが。
「持ってきた。……何、お茶会でもしてたの」
秋元くんが何やら重そうなカバンを手に戻ってくる。早いな。こっちも近所なのか。
「うん。女子会」言ってから望月さんは俺を手で示し、「プラスワン」と付け足した。何そのささやかな疎外。寂しいんだけど。
「俺も入っていい?」
「特別ね」
望月さんが得意気ににっこりと笑う。秋元くんは呆れたような困ったような笑みを浮かべ、「どうも」と言いながら腰を下ろす。
「仲いいんだ?」
「ローラと居るときの望月は機嫌がいい」
「もちろん。だってローラと居るんだもん」
なるほどつまり最初に公園で会ったときとの態度の違いは慣れによる態度の軟化ではなく状況によるバフなのか。ローラ恐るべし。裏ボスかよ。もちろん表ボスは望月さんである。場の支配者。
秋元くんは手に提げていたビニール袋から素朴なさつまいもチップスを取り出してパーティ開けにし、その一枚を齧った。ローラがいるからか、お菓子のチョイスが健康的だ。そうだなポテチとかじゃ塩分も油分も多すぎるよなきっと。
秋元くん――くん? 秋元? なんかしっくりこないな? まあもういいや秋元で。秋元の話はこうだ。
百年前、ゴリラ界に魔王が現れた。勇者として召喚された
「うん、まあ、そこまでは俺も知ってる」
「なんで知ってるの?」
「説明されたから」ゴリラに。
「いくら説得に失敗したからと言って、王女ひとりをぱっと送り出せるはずがない。だから当時の国王は、王女に仕えていたカヴェリエーレ家の長男を一緒に異世界へ送り込んだ。何か悪いことが起きても彼女を守れるようにと」
「なるほど」
「で、その末裔が俺。エーヴィヒ様の末裔が望月と菅原」
「つまり俺と望月さんが遠い親戚ってこと?」
「そう。詳しくはエーヴィヒ様の長男の子孫と次女の子孫」
「美咲はお姫様の家系で秋元くんはお姫様を守る騎士様の家系ってこと? すごい! かっこいい!」
ローラ、リアクションが普通の女子高生だ。視線さえそちらに向けなければ。
しかしこの秋元、ずいぶん詳しいな。家系の歴史を知ってるとしても俺の顔見て一発で名前を当てられるってかなりすごいことなんじゃないだろうか。
「ねえ私それ初耳なんだけど」
望月さんが秋元に向き直る。っていうか距離近いな。やっぱ仲いいのかな。でもさっき俺と話してたときも結構近かったし望月さんの側がもともとこういう人なのかな。いや別にだから何って話でもないんだけど。
「もうちょっと面倒なことになると思って話さなかったんだよ。望月のその動じなさ何?」
「あれ? ってかだったら秋元くんもゴリテレ聞こえてなくちゃおかしくない? 聞こえないふりしてたってこと?」
話が噛み合っていない。
「いや、本当に聞こえないんだ。血ももう薄いし、うちの家系はそっちと違って特殊じゃないし」
「私より菅原くんの方がテレパシーの感度が高いのは、菅原くんの血が濃いってこと?」
「割合としては同じのはずだから、能力に偏りが出ただけだろう。メンデルの法則みたいなやつで」
急に説明が雑だな。いやまあそれ以上はわかんないか。
「ふーん……なんだ、ゴリテレが聞こえるのは愛の力じゃなかったんだ……」
そこか? 気にするのはそこなのか望月さん?
「俺からも一個疑問があるんだけどローラはなんでテレパシー使えるの」
「ゴリラだからでしょ」
雑かよ。何なんだよそのゴリラ信奉。
「え、だってあれだよね? 聖ジョルの東ローランドとかもみんなテレパシー使えるよね? だから集まってくれたんでしょ?」
望月さんが訊く。ローラが頷く。はい?
「待ってそんなにゴリラいるの? この辺? うさぎじゃないんだからそんな気軽にいるものじゃなくない?」
訊くと望月さんは「何が?」という顔で首を傾げてしまい、え、なに俺がおかしいの? 嘘でしょ?
「そのへんはうちでも調べてたんだけど、正直なところよくわかってないんだ。資料は漁れるだけ漁ったんだけど、あるとき突然、ずっと前からそこにいたみたいに発生してる」
「んん。んん? ええと、つまりあれか、世界五分前仮説みたいな?」
「だいたいその認識で合ってる。状況としては異常なんだけど、ここに住んでいる人たちやここを訪れた人たちはローラのことを疑問視しない。それこそ、鳥アレルギーの人間が学校で飼ってるニワトリに文句を言う程度の疑問しか浮かばないらしい」
「……魔法っぽい」
「もしあっちの世界の魔法だとしたら、たぶんその起点は望月だ」
「わたし?」
「あくまで本の知識だからあんまり鵜呑みにもしないでほしいんだけど、触媒無しに転移を行うならそれなりに強い――あー……霊脈? 的なものが必要になるはずで、ローラがここにいるってことは望月の霊力を辿ってきた可能性が高い」
「あー……なんとなくわかった。なんかすげえファンタジー理論」
なるほど、それで俺の部屋にワープホールを作れたのか。行くときは俺の霊脈を辿ってワープホールを作り、帰りは俺自身を触媒にワープホールを開いたと。向こうで実際に魔法を見てなかったら信じようがない理論だなこれ。
「ねえ完全に置いてけぼりにされてるんだけど結局どういう話?」
「つまり、ローラはこの世界の存在ではない?」
「その可能性が高い」
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