女子耐性とかは無いので

 ゴリラテレパシーが伝わる相手なんだったらそれで話せれば十分な気もするのだが、あれはなにせ相手を選べない。日本中のゴリラから返答があっても困る。となれば物理的に移動してみるしかなく、俺はナップザックひとつで声のした方へ向かった。ゴリラ速でおよそ半日くらいの距離だなーとかあたりをつけつつ時間的にも金銭的にもそんなに余裕がなかったので、鈍行と急行の間を取った結果、各停の新幹線。住んでいる街から新幹線と電車を乗り継いで四時間。我ながら何をしているのかと思う。お陰で冬休みのバイト代は吹き飛ぶし。

 降りた駅はそこそこ寂れており、普段使っている駅と似ていた。小さい駅はどこもこんなもんだろうか、駅に付属のコンビニも全国チェーンだし、既視感しか無い。強いて言えば駅に貼られているポスターにまったく見覚えが無いくらいで、その他は地元とさして変わらない。所詮はJRという感じの眺めだ。

 どっかに動物園でもあるんだろうかと思っていたのだが、そんなことはまるでなかった。進めば進むほど普通の住宅街で、路地が割と急勾配続きで、階段が多くて、息が切れる。何だこの歩きにくい街。宅配便業者とか死ぬんじゃないの。チャリとかどうすんの。

 道の途中で見つけた公園で、ペットボトルのスポドリを飲む。はあ、閑か。いいよね小旅行。知っているようで知らない景色。落ち着く。なんかもう日々の些事がどうでもいいような気がする。開放感が半端ではない。鳥は鳴くし猫は寝るし木はただ風に吹かれてさらさら言ってるし雲は流れるしゴリラはいない。っていうかこんなとこにゴリラいるわけなくない? 全然普通の住宅街なんだけど。もういちかばちかで呼びかけてみようかなあ。おーいゴリラー、っつって。どうやったらテレパシーの半径縮められるのか聞いときゃよかったなあ。どんなに強力でもコントロールできないのって不便だ。


 さてここからどうすっかな、もう一回喋ってくれねえかなとか思ってたら公園に制服の女の子が入ってきたのでなにとなしに眺める。女の子は公園の端の自販機で飲み物を買っている。そういえばこの辺の住民に訊いたらゴリラの存在は知ってるんじゃないか? と思いながら立ち上がり、いやそれ不審者だよな? と思ってももう座るわけにもいかず、できるだけ自然に、困ってるふうに話しかける。

「あの、すみません」

「はい?」

 さらさらに細くて少しウェーブがかった焦げ茶の髪を後頭部の真ん中くらいでポニーテールにした女の子だった。丸く大きく好奇心が強そうな目、白すぎず黒すぎない健康的な肌色、ぽってりして柔らかそうな唇。

 ぶっちゃけた話、ごく普通に、むちゃくちゃ可愛い。

「変なこと訊くんですけど俺別に変質者とかナンパとかじゃ全然ないんですけどこの辺にゴリラっていたりします?」

 一息に全部説明しようとしたら不自然な早口で不自然な長台詞が出ていやダメでしょこれと思ってはいるんだけど逃げたら逃げたでより怪しいので逃げるわけにもいかない。

「ゴリラ?」

 うんまあそうなるわな。

「あ、すみません変なこと訊いて」

 やっぱり今の無しで、と言おうとしたところに女の子の「何ゴリラですか?」という返答がかぶさる。

「何……?」

「ゴリラにも種類があるじゃないですか。東ローランドゴリラとか、西ローランドゴリラとか、マウンテンゴリラとか、クロスリバーとか」

 女の子は思ったより親切というか、不自然なほど詳細に訪ね返してくる。猫を探しているんですけど。どんな色の猫ですか。三毛ですか茶トラですか、みたいなテンション。

「……すみませんわかりません……」

「ゴリラを探してるんですか?」

「あの、最近このあたりでその――何かありませんでしたか、ゴリラにピンチが迫るような何か」

 我ながら何言ってんだ。ゴリラにピンチって。女の子も心なしか怪訝な顔をする。

「何かの取材ですか?」

「いえ、なんと言いますか、その、引き続き変なこと言うんですけど、……助けて、って、聞こえたので」

「聞こえた?!」女の子が急に大きな声を出す。一歩踏み寄って俺の肩を掴み顔を覗き込んでくる。「ローラのゴリラテレパシーが聞こえたってこと? え、どこの人? 高校生? 私にも聞こえなかったのに?!」

「待って待って待って顔が近いびっくりするっていうか何この状況?!」

「あ、そうだローラにご飯あげに行かないと」

 女の子が急に我に返る。テンションの落差すっげえなこの子。追いつかないんだけど。

「一緒に来てくれます? テレパシーのこと、もっと聞きたいし」

 女の子がにこっと笑うので俺はなんかよくわからないんだけど「行きます」みたいな返事をしていてでもまあたぶんその「ローラ」が助けを求めていた本人なんだろうし原因と結果を知るという目的には近付いているっぽい。女の子について坂道を上ったり下ったり上ったり上ったりして十分くらいで到着したのは、普通の高校だった。

「ローラ~~来たよ~~~~~!!」

 女の子が入っていったのは、ぱっと見はちょっと大きいだけのこれも普通の部室棟だった。幅いっぱいの大きな扉があり、反対側に窓がある。トタン屋根があり、出入り口には簡単な錠がされていた。内側もまあまあ普通の部室。ただし藁が山になっていたり(ベッドだろう)タイヤが置かれていたり(椅子だろう)とゴリライズはされてるっぽい。女の子は校舎で受け取ってきた野菜と果物の山を、部屋のテーブルにそのまま置いた。豪快だ。

「おはよう美咲。あれ、……えっと、美咲の友だち?」

「こちら――そうだ名前も訊いてなかった。誰?」

 誰? ってそれはちょっと、連れてきておいてあんまりな扱いじゃないか?

「俺は、菅原和樹といいます」

 っていうかなんで普通に会話成立してんの? ゴリラが日本語喋っちゃってるのか女の子がゴリラ語を理解しちゃってるのかどっち?

「私は望月美咲。こっちはローラ。ひと目見てもらえばもうわかってると思うんだけど世界一可愛い東ローランドゴリラの女の子で私の親友。あっでもねでもね可愛いってだけじゃないよ? ローラは優しくて頭が良くて、強くて思慮深くて綺麗好きでその上さらに――」

 望月さんがものすごい勢いでローラを褒め称える。悪いけど俺まだゴリラの美醜とかわかんねえよ。どこにスキル振ればわかるようになんのかもわかんねえよ。でもそうか、この子が「ミサキ」か。ミサキ、来ちゃダメ、って言われてたのがこの子か。何があったんだアレ?

「初めまして。美咲の知り合い……でもないの?」

 ローラと呼ばれたゴリラが首を傾げる。サイズ感としてはメリアより若干小さいくらい。

「さっき公園で会ったの。この人、菅原くん、ローラのテレパシーを聞いて心配して来てくれたんだって」

「すごい、美咲にも聞こえなかったのにどうして?」

「ね。私もそこ詳しく聞きたくて連れてきたの。なんで?」

 なんでと訊かれても困る。ゴリラテレパシーという前提が介在するとしてもどう話を組み立てたら「なんで」に答えられるのかがいまいちわからない。ゴリラだらけの異世界のとある国の姫様の血筋が――あ、だめだ心が折れそう。そもそも異世界から話を始めなきゃならないのが無理ゲー。つらい。

 そもそもの話、俺からしたら「なんで」は望月さんの方だ。ローラのテレパシーが俺に聞こえたのも謎っちゃ謎だけどそこは向こうのゴリラとこちらのゴリラがほぼ同一の種族であると思えばそんなに大きな疑問ではない。やっぱり問題は望月さん、というかという言い方だ。まるで誰にでも聞こえるかのような言い方。

 さてどう説明したもんかなと考えていたら扉を叩く音がして外から「ローラ」と男の声が聞こえた。

「はーい」ローラと望月さんが声を揃える。

「あれ、望月もいるの? 入っていい?」

「どうぞー」

「ローラ」誰か来てるの、と言いさして、そいつは言葉を切った。俺を見て驚いたように目を見開く。「……菅原和樹?」

「秋元くんどうしたの? 補講?」

「課題提出。もう済んだ。なんで菅原がここにいるんだ?」

「ローラのテレパシーを聞いて心配して来てくれたんだって。知り合い?」

 望月さんが俺の方を見る。秋元くんと呼ばれた彼について、どこにでもいそうな黒髪眼鏡学ランではあるが、具体的な見覚えはない。心当たりも特に無い。俺が記憶の引き出しを大急ぎで引っ掻き回している間に秋元くんは何か合点がいったらしく、「あー……なるほど……」と呻いて頭を抱えた。

「ややこしいことになった」

「何、どうしたの?」

「今どういう話してる?」

「なんで菅原くんにローラのテレパシーが聞こえたのかって話」

 望月さんが回答すると、秋元くんはまたちょっとの間頭を抱えたあと、「わかった」と言って顔を上げた。

「何が?」

「俺が全部説明する。そこ三人で話し合ったって埒が明かないだろ」

「あの、話割ってごめんけどそもそもどちら様? どっかでお会いしました?」


「秋元晴彦。ジネジッタ国第七十九代第一王女エーヴィヒ様傍控えカヴェリエーレ家の末裔だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る