腐っても勇者の家系
帰り道で適当なお土産(果物とか雑貨とか)(写真もいいかもしれないと思って写真も撮った)を獲得しつつ家に帰り、玄関から居間に向けて「ただいまー」つって声をかけたら「おかえりー」って二人分の声がして二人分? と思っておそるおそる居間を覗いたら母さんとメリアが普通にお茶しててビビる。
「あんた部活は?」
「休んだ。っていうか何、何してんのそれ?」
「何って、お茶」
「おかえり」
「うんただいま、じゃなくて、何を普通にお茶飲んでんの」
何この絵。こたつに入るゴリラ。膝に猫(飼っている茶トラ・オス五歳・しましまだから名前はしま)。嘘でしょ。っていうか大丈夫なのあれうっかり握り潰したりしない? ゴリラの握力は500kgとか図鑑に書いてあったぞ? あ、でも普通にマグカップ持ててるから平気なのか?
「あんたねえ、部屋に女の子泊めるならなんか言いなさいよびっくりしたでしょ」
「いや別に泊めていたわけではなくてですね」っていうかなんでそんな普通のリアクションなの? どういう状況? まさか普通の女の子に見えてんの?「っていうかまた俺の部屋に勝手に入ったんかよ」
「洗濯物置きに行っただけよ」
「部屋の前でいいって言ってるのになんで中まで入るかな。思春期ぞ? 我、思春期男子ぞ?」
「部屋の前に積んでおいたらしまさんが上で寝るでしょ。毛だらけになっちゃう」
「ごめん、隠れようとはしたんだけど」
「うんまあ今思えばあの部屋に隠れる場所無いよなごめんな」
「隠れるも何も、普通に紹介してくれたらいいのに」
「いや〜〜〜〜〜〜それができたらそうしたんだけどね? っていうかなにこの状況? 何について説明すればいいのかわかんなくなってきたんだけど?」
「取り敢えず学ラン脱いでくれば?」
「あ、そうか。そうか? そこ?」
「お茶飲むなら淹れるけど」
「飲む。ありがとう。あ、あとこれお土産」
「わ。何? ありがとう。もらっていいの?」
「ウクレレって楽器。面白いかと思って」
「へえ、カズキこれ弾けるの?」
「いや全然」
「ずいぶん甲斐甲斐しいじゃない」
「うっさい諸事情じゃ諸事情。ほっとけ」
文句を言いながら部屋に戻り、学ランを脱いでジャージに着替える。ふと思い出してクローゼットを確認するも、そこに例の光の渦は無い。まあ別に毎回クローゼットに繋ぐ必要も無さそうだけどじゃあどこから来たんだあいつ? 家の中の別の場所だとしたら割と厄介なことになるのでは? と思うんだけどまさか母さんの前で確認するわけにもいかないしさてどうすっかな。むしろ全部話すべきか? 我が血筋に連綿と連なるゴリラの歴史から? 正気か?
とか考えていたら居間からたどたどしいウクレレの音が聞こえて、取り敢えずまあいっかと思って居間に戻った。居間ではメリアが大きな手でどうにかこうにかウクレレを鳴らしており、楽しそうで何より。座布団を引きずってきてこたつに足を突っ込むとちょうどしまさんを蹴ってしまったらしく、踵をがぶがぶ噛まれた。靴下厚いから別に痛くないけど。
「ごめんしまさん、寝てたの気付かなかった」
「にゃー」
「ごめん
台所から母さんの「和樹、ちょっとこっち来て手伝って」って声がして「えー今座ったとこなのにー」とか文句言いながらまた立ち上がる。メリアが「何か手伝う?」と腰を浮かせたのをまあまあいいからと制止しつつ、台所(と言ってものれんで仕切られているだけでほぼ同じ部屋なのだが)へ入る。
「客を働かせるわけにいかないってのはわかるけど客をひとり放っておくのもどうなの実際」
「ねえあんた、あの子どうしたの?」
母さんの声は小さい。心配とも疑いとも叱責とも取りにくい声。何について訊かれているのかはっきりしないうちから何かを答えようとするのは悪手だ。墓穴を掘りかねない。だから俺は極力なんでもないような顔で「何が?」と返事をし、テーブルに乗っていたお茶をすする。熱ちぃ。
「今日平日でしょ? 学校行ってないの?」
いや一番の疑問そこかよ。やっぱ適当に答えなくて正解。
「俺もまだ詳しくは聞いてないんだよね。変なこと言って困らせんのもやだし。母さん何か聞いた?」
「ううん、何も。和樹の友だち? って聞いたらそうですって言うからお茶してたんだけど」
この対応である。やっぱ人間に見えてんのかな。じゃなかったら棚上げが過ぎる。ゴリラ乗せられるってどんな棚だよ。耐荷重何kgだよ。
「まああとで聞いとくよ。大丈夫」
「本当に?」
「もしガチで困ってるんだとしても、俺に話したくなかったらわざわざ来ないでしょ。大丈夫だって」
「……それもそっか」
「うん」相変わらず物分かり百点満点だな。さすが俺の親というか、このあたり血筋かな。
お茶とお茶請けを抱えて居間に戻る。メリアはまだウクレレを弾いている。そういえばチューニングとかなんとか気にしてなかったけどちゃんとした方がいいのかな。なんの参考書もなしに楽器だけってのもどうなんだか。
「母さんそこしまさん居るから蹴んないようにね」
「はいはいしまさーん失礼しますよーっこいしょっと」
「アレッ――」言いかけてから「アレックス」が日本人名では無いことに気がつく。いやメリアも日本人名ではないけど取り敢えずこれ以上話がややこしくなるのは避けたい。っていうか自己紹介とかしたんだろうか。「隊長は元気?」
「うん、元気だよ。すっごい会いたがってた」
「今回はひとりで来たの?」よし。ナイスだ俺。この言い方ならいろんなものを誤魔化したまま本題を話せる。
「うん。あんまり大挙して行っても迷惑だろうって」
大挙って言ってもまあ精々リュグナ含めて三人とかだろうけどまあそれでも三ゴリラ(単位)は俺の部屋には隠せないわな。いやメリアだけでも隠せなかったけど。
「さて、夕飯作ろうかな。食べていくでしょ?」
母さんがメリアに向けて訊く。やっぱ名前聞いてないのか?
「あ、私は」
「ベジタリアンだよね確か?」
メリアが答える前に慌てて割って入る。あれこれちょっとピンチなのでは?
「そうなの?」
「ベジタリアン……?」
「メリア」俺はメリアの首に腕を回し、頭を近づけて小声で話す。「あのですね、こちらには動物の肉を食べる習慣がありまして」
「動物の肉」
「そう。あっちにいるときは言わなかったんだ、文化とか倫理とかわかんないから」
「……私は、食べない」
「だよな」っていうか図鑑読んだ限りでは肉を消化するのがまずもって無理っぽい。「じゃあベジタリアンだと言っておいてくれ」
メリアが頷く。俺はメリアの頭を離す。
「ベジタリアン? です」
「ダイエットでもなくて? 大丈夫? 栄養足りなくて倒れたりしない?」
「まあまあまあそのあたりは本人の主義主張ってことで」
「ふうん」
母さんはちょっと首を傾げつつ、でも取り敢えずは納得した(棚上げしたとも言う)ような顔で台所に去っていった。セーフ。
「嫌な気分したらごめんな。詳しくは必須アミノ酸とかの話になるんだけど」
「ヒッスアミノサン?」
「ええと。メリアが体内で作れる栄養素――栄養素は通じる? なんか命の源みたいなやつ、それが俺らは作れなくて、食べ物から摂らないといけない、みたいな」
「なんとなくわかった」
「助かる。俺も正直なんとなくしかわかってないんだ」
その後無事に食事を終え(兄貴と父さんは帰りが遅かったので三人で食事をした)、兄貴が帰ってくる気配を察知して部屋に引き上げた。母さんだけでも面倒だったのに兄貴はもっと面倒だ。喋りたくない。
「気になってたんだけどちゃんと帰り道とか用意してあんの?」
これ聞いていいのかなと微妙に悩みつつ、でもまあ誤魔化したままにもできないので出来る限りなんでもないような顔で聞く。メリアは俺の部屋のマンガ本をちまちまとめくりにくそうに弄びながら「日付が変わるときに自動的に転移するって」と答えた。
「シンデレラかよ」
「シンデレラって何?」
「こっちの世界のお伽話。十二時になると魔法が解ける。それ、気になるなら貸そうか?」
「貸していいものなの? なんか大事な古文書とかじゃない?」
「いやそんなもんうちにあるわけないじゃん」
「勇者さまの家に代々伝わる系の何かかと思った」
なるほど。そういえばメリア的には俺は伝説の勇者の血を引きし勇者なんだな。残念ながらこっちの世界での俺は普通の高校生です。あと今メリアが読んでるのは割と王道の異世界勇者冒険譚です。
「でもいいや。いつ返せるかわからないし、字もわからないし」
「そういえばそうだった。俺もあっちの字は全然わかんなかったもんな」
「カズキ、一番最初に地図買ってたでしょ? 字が読めないのにどうするつもりだったの?」
「俺あのとき字が読めないってことを完全に忘れてたんだよな。言葉が通じるもんだからさあ」
一度堰が切れれば、思い出話に花が咲いた。たった数ヶ月前の出来事が今はひどく遠いように感じられる。野菜と果物だらけの食事、ゴリラ規格のベッドや椅子。試しに俺の部屋の椅子にメリアを座らせてみようとしたら、高くてうまく座れないらしく、ふたりでまた盛大に笑った。スタバとか連れて行ったらびっくりするだろうな。メリアはどうやら俺の言った「学校」を「勇者の特殊な教育機関」くらいに受け取っていたらしく、その説明もした。ゴリラ界は幼年期の段階で適性の審査があり、学者は学者、軍人は軍人と個別の教育を受けるらしい。そりゃあ勇者育成機関とも思うわな。でもそんないきなり大学みたいなことしてどうするんだろうか。読み書きとか計算とか、ある程度共通で必要なものってあるじゃん。
「そういうのは生まれたときに魔法で教えるよ」
「え? なにそれどういうこと?」
「何も教えなかったら喋れないでしょ?」
「え、ってことはそっちの世界の赤ちゃんはほぼ生まれたときから喋るの?」
「うん」
なにそれこわい。いや合理的なのか? 魔法のある世界わからんな。
「こっちの世界はどうなってるの? 学校入るまで喋らないの?」
「こっちは親が教えるというか……親との会話の中で自然に覚えるというか……」
「非合理じゃない?」
やっぱそうなるのか。異文化だなあ。
話しこむうちにあっという間に時間が過ぎ、気がついたらメリアの体は薄く光をまとって消えかけていた。時計を見ると、二十三時五十八分だった。
「もうすぐだね」
「こっちの時間が基準だったんだな」
ほんの少しの沈黙。こちりと時計の分針が進む音がした。
「楽しかったよ。久しぶりに会えて嬉しかった。あんまりちゃんと構えなくてごめんな」
「ううん、こっちこそ急に来ちゃってごめんね」
「次来るときは予告しといてよ。結構びっくりするし、ちゃんと準備もしたかった」
「予告って、どうやって」メリアが笑う。俺も笑う。
「なんとかして」
「頼んでみるね」
「また会おう」
「うん、また」
移動はたぶん、リュグナが王宮に現れてみせたのと同じものだったんだろう。メリアの影が崩れ、光の粒になって消えていく。後には何も残らなかった。たったひとりいなくなっただけなのに、唐突な静寂が部屋に満ちる。家族はもう眠っているだろう、たぶん。俺も寝よう。シャワーとかは明日の朝でいいや。
そっか。あっちにはリュグナもいるし他の魔道士もいるからこっちに来ることは不可能ではないのか。なんか今生の別れみたいに思ってたのもちょっと大袈裟だったのかな。
ああ、でもそうだ、ちょっとは人間に擬態できないのかな。完全に変わるのは無理でも、一日とか時間制限付きでも人間っぽくなってくれたら。そしたら、見せたいものが山ほどあったのに。もうちょっと早くそれを思い出していたら、メリアに言伝くらいできたかもしれないのに。
そんなことを考えているうちに、俺は眠りの中に沈んだ。
――……
「カズキ」
ん。
「起きなくていいのか」
んー……?
「いま、なんじ……?」
「知らん」
いや雑かよ。っていうかこのやり取り昨日やったよ。っていうかこの声は――
「今度はアレックス?! 昨日メリアが来て帰ったところなんだけど?!」
急に大きな声を出したせいで全力で噎せ返る。えずくほど咳き込む俺の背中をアレックスが大きな手のひらでぽんぽん叩いてくれる。いやこのくだりももう昨日やったって。
「大挙して来たら迷惑だろうってことになって、一人ずつにしたんだ」
「あれそういう意味かよ?!」
――というところで目が覚めた。目覚ましが鳴る二分前だった。
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