うる星ゴリラ(1.5章)
メリア襲来
「かずき」
ん。
「かずきってば」
何?
「起きなくていいの?」
んー……?
「いま何時……? 目覚まし鳴った……?」
「知らないけど」
雑かよ。
ん? っていうかこの声って――
聞き覚えのある声にどうにか頭を持ち上げてみると、そこにはゴリラがいた。ゴリラっていうか、
「なんでメリアがここに?! は?! 俺の部屋だよねこれ?!」
一気に目が覚めた。急に大きな声を出したせいで全力で噎せ返る。えずくほど咳き込む俺の背中をメリアが大きな手のひらでぽんぽん叩いてくれる。
「おはよう」
「うんおはよう。は? っていうか七時半?! ――じゃなくて、え? なんでいるの?」
「来ちゃった」
遠距離恋愛中の彼女か?!
そんな軽いノリで異世界行き来すんなよこっちだとゴリラって確かレッドリストに載ってるんだけどこんな住宅街のど真ん中に普通にいていいはずないだろうが?!
「和樹ー?」
「ドゥオア?!」
部屋の外から母親の声がしてまたビビる。慌ててドアの前に転がり出てそれが開かないように押さえた。部屋の中にゴリラがいる光景はやばい。泡吹いて倒れかねない。
「何、何か用?」
「いや、起きてるかなと思って。誰かと喋ってた?」
「え? ああうん、えっと、クラスの友だちが宿題見せてくれって電話で」
「こんな朝早く?」
「なー。迷惑だよなー」
「ふーん」
ぺたぺたとスリッパの音が遠ざかっていく。危ねえ。あっっっっぶねえ。別にぜんぜん俺のせいじゃないし何も悪いことはしてないんだけどだいぶ肝が冷えた。変な汗出た。
「なんか、忙しい?」
誰のせいだよ誰の。
「っていうか何、来ちゃったって、そんな軽いノリで来ていいもんなの異世界」
「えへ」
「えへじゃなくて。あのね、あの、どっから説明したらいいかな、こちらの世界には俺と同じ形状のベージュ色の生き物がいっぱいいましてですね、メリアと同じ形状の生き物はあんまいないのね」
「何の話?」
「早い話が俺以外の人に見つかると捕まるおそれがあります」
「……捕まってどうなるの?」
「……具体的な話は知らないけどたぶん保護される……?」
「……何から?」
密猟者とか? いや知らんけど。
「とにかく、見つからないように。大騒ぎになるから。取り敢えず俺は学校に行かねばならないので出かけるけど対処はあとで考えるのでこの部屋から出ないように」
「学校って何?」
「あとで説明する!!!!」っていうかゴリラ界に学校無いの? マジ?
取り敢えず時間がやばいので慌てて着替えて部屋を出る。戻る。メリアが驚いた顔でこっちを見ている。
「一応言っとくと、会えたのは嬉しい。元気そうでよかった。ゆっくり話がしたいし、でも今は急ぐので、あとで。いってきます」
「うん。いってらっしゃい」
メリアが笑ってひらひらと手を振る。俺も手を振る。台所の、誰かが焼いたパンを適当にピックアップして食う。兄貴のだったらしく兄貴から文句が飛ぶ。逃げるように家を出て、電車に飛び乗る。やっと脳みそが目覚めてくる感じがして、少し考える。今回もクローゼットがゴリラ界とつながっているのか? 学ラン出しっぱなしだったから確認しなかったな。ちゃんと帰り道用意してんのかなメリア。っていうか食事どうすんだよ。あれ? っていうかひいひいばあちゃんは食事どうしてたんだ? あの量の野菜とか果物とか無理くね? 生活基盤の用意とかまずもって一般市民には無理だし一般市民以下の財政状況しか持ってない高校生だしむしろ生物的には然るべき機関に保護を願い出たほうが正しいのでは? 然るべき機関って何?
「すーがーわーらッ」
「うおァ?!」
背後から両肩を掴まれてまたビビる。今なにかが完全にオフになっていた。振り返った先にはクラスメイトがいる。
「何、なんでそんなビビったん」
「なんかボケッとしてた。はよ」
「はよ。ははーんさてはエロい夢でも見たのかムッツリスケベ大臣」
そんな悠長な事態じゃねえっつうのバァカ。つうか何だその役職。
「今ちょっと疲れてっから二年くらい黙っててほしい」
「二年か~~~~~~高校二年から二年黙れってほぼ絶縁だよね~~~~~~~~」
色麻が大袈裟に体を仰け反らせてわめく。朝っぱらからこのテンションはキツい。少なくとも昼まで黙っててほしい。っていうか電車内で騒ぐな馬鹿。
「なんで朝からそんな疲れてんの? 寝坊?」
色麻の後ろから顔を出したのは相川だ。こっちはテンション低めでありがたい。
なんでって言われると、朝起きたら部屋にゴリラがいたからなのだが、それをそのまま説明するにしてもややこしく、どう考えたって異世界で勇者やってきたくだりを省くわけにもいかず、そうなるとうちの祖先の話から始めざるを得ず、どう考えても長いので喋るのが嫌になって結局口から出たのは「パソコンから二次元嫁が出てきたらどうする?」とかいう謎な質問だった。我ながら例えが雑すぎるのでは。
「どうしたよ急に」
「いや、そういう夢を見たんだ。だからつい考え込んじゃって」
「オカズが夢に出ると翌朝の賢者タイムやべーよな」
「ああ、そのせいで」
色麻と相川、二人の間で妙な勘違いが膨らんでいく。たとえ方を間違えたのは認めるしそのあとのフォローもたぶんまずかったんだろうがどういう認識されてんだ俺。
「何そんな困ることあんの? いいじゃん同棲」
「いやほら現実的に考えると食い扶持とか周囲への説明とか戸籍とか保険証とか」
「え、そんなガチに考えてたの」
「それで困る夢だったんだよ」
「何その夢のない夢。なんでそんな変なとこだけ真面目なんだよ」
普段から真面目だろうが喧嘩売ってんのか。
結局のところ結論は出ず、というかまともな話し合いなどせず、片道四十分の通学路は終わった。っていうか保険証云々以前に病院が無いだろ。獣医かよ。獣医もびっくりだよゴリラが来たら。あれ? でも回復魔法使えるのか? いやでも確かユリウスが「原理を知らなきゃ治せない」みたいなこと言ってたしあれつまり医療知識の話だよな? 医療知識なんて誰でも持ってるようなもんじゃないよな? そもそも世界が違ったら病原体とかも全然違うのでは? 食い物は俺が平気だったんだから互換性があると見て良い気がするんだけど問題は量だよな。都会とまで言えないにしろがっつり住宅街のど真ん中で放牧(?)ってわけにもいかないしな。
いや、っていうかやたら軽いノリで来てたけどあいつあれでいいのか? それともちゃんと帰るあてのあるちょっとした旅行なのか? こんな真面目に考える必要も無いのかもしかして? でもじゃあせっかくだしこっちの世界のなんか珍しめの果物でも食わせてやったら喜ぶかな。アレルギーとかあんのかな。そうだ、電気があっちの世界には無いっぽかったから電気を見せたら喜ぶかもしれない。なんか思い出話になるようなものとかちょっとしたお土産になるようなものとか。
ってもなあ、向こうに電気がないんじゃ電気系はおみやげにはならないかな。乾電池で動くようなおもちゃならしばらく遊べるかもしれないけどすぐ切れるだろうしな。魔法で電池復活させられっかなあ。それより楽器とかの方がいいかな。ウクレレとかならそれなりに安く買えた気がするし。ウクレレ弾くゴリラ。うん、絵的にも悪くない気がする。見たい。
そんなことをつらつらと考えていてもちろん授業なんかほぼ聞いておらず(これはいつも通りと言えなくもないが)、気がつけばあっという間に放課後だった。本来ならここから部活があるのだが、取り敢えず私用でと断ってサボった。
「珍しいな、こんな急に」
「すみません。昼休みボケッとして連絡し忘れたんです」
ボケッとして、というか、昼休みは図書室に行って図鑑を読んでいた。小学校の図書室にもありそうな、清く正しい動物図鑑。いや握力とか知らされても役に立たねえんだよなとか思いながら結局なんだかんだ読み耽ってしまった。ゴリラすごい。基礎能力が違いすぎる。力こそパワー。超かっこいい。ゴリラの学名がゴリラ・ゴリラ。なぜ繰り返す。そしてニシローランドゴリラの学名はゴリラ・ゴリラ・ゴリラ。もう意味分からん。ゴリラの中のゴリラの中のゴリラみたいな響き。たぶん放課後には忘れてるんだろうなと思ったのだが流石にゴリラ・ゴリラ・ゴリラのインパクトは強かった。なぜ三回繰り返すんだ。
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