願い
開かれた晩餐会はなんというか、全然見たこと無いけどインド映画のイメージというか、綺羅びやかな器に大量のフルーツやら野菜やらが乗っている。ティーポットよりは大きくてピッチャーよりは繊細な作りの、ガラスみたいに透き通った、何と呼べばいいのか名前を知らない器に色とりどりの液体が入っている。それらを少しずついろいろ飲んだ結果、概ね野菜ジュースと果物ジュースだった。うーん健康的。どうでもいいけどここに来てから食物繊維を死ぬほど摂っているせいかうんこの量がすごいことになっており、やっぱりとても健康的。
開放的な大広間には王様やら踊り子やら楽器隊やら、はたまた城下の人々やらが頻繁に出入りしていて、来る人来る人が次々にお礼としてお菓子やら飲み物やら細工品やらを置いていってくれる。そういえば最初の町で道具屋に行った時、棚の商品の並べ方が雑すぎてゴリラはあまり器用じゃないのかと思っていたけれど、個体差だったらしい。受け取った刺繍細工はめちゃくちゃに繊細だ。何かのご利益がありそうだけど受験にも効くかな。
「勇者さま」
訪れた女性は、お腹が大きく膨らんでいた。妊婦さんか。
「生まれる子供に名前をつけてほしいんです」
「あ」
つい声が出た。妊婦さんが首を傾げてこちらを見る。
聞いたことあるような名前が多いのはこれか。アレクサンダーからアレックス、ガイウス・ユリウス・カエサル、ガリレオ・ガリレイ。ヘンリーは多すぎてどのヘンリーかわかんないけど、じいちゃんの趣味から言って歴代イングランド王のどれかだろう。シャルルは多分フランス王だ。つまり先代勇者――じいちゃんがこうして付けた名前が、縁起物みたいな扱いで受け継がれてるんだ。
「ふ、はは」
なんだか笑いがこみ上げてくる。名付けは願いだと誰かが言っていた。かつての学者や王様の名前をここに残したのはじいちゃんの願いだ。強くありますように。負けませんように。賢くなりますように。エクスカリバーだってそうだ。これが世界を救いますように。あまりにも単純で安直な願いだ。じいちゃんさあ。
「お気を悪くされましたか?」
「いえすみません、お構いなく。――そうだな、優しい名前がいいよなきっと」
願わくば、これからのこの世界が平和でありますように。勇ましさよりも優しさが役に立つ世界でありますように。
それから、さっきリュグナから言われたとおり、書記官に呼び出されて聴取(なんか言葉が違う気がする)されることになった。具体的に何があったのかを明確に話せということだった。アレックス、メリアの二人もそれぞれ別室で話を聞かれているようだった。
「っていうか、リュグナはなんでいるの」
「僕も君の冒険譚に興味があるんだよ」
「それで勝手に入ってきていいの?」
「僕を締め出せる権限なんて誰も持ってはいないからね。そもそも追い出しても無駄だ」
職権乱用って言うんじゃねえのかなあそれ。
まとまりのない話は無駄に長くなった。あちらを説明するためにこちらを先に、これを説明するためにあっちを先にとぐだぐだ話しているうちに話題が絡まり、ただでさえややこしいのにリュグナが面白がって話を混乱させる。その代わり、俺がよくわかっていないユリウスの術の説明なんかはリュグナが代わってくれたりもした。
「僕からもひとつ、訊いていいかな」
リュグナの視線は俺と書記官の間を滑った。俺は別にいいけどと思っていると、書記官の方から「どうぞ」と許可が出た。
「君はなぜ、こんな見も知らぬ世界のために命を賭して戦ったんだい?」
リュグナの双眸は心底楽しそうに歪んでいる。MVPインタビューみたいだ。
「別に、そんな大仰な理由とかは無いよ」
「どんなに小さくても、理由があるなら聞かせておくれよ」
「……笑うなよ」
「保証はできないな」
てめえ。
あの日は俺にとって、何の変哲もない一日だった。返ってきたテストは平均点ぴったり、可もなく不可もなく、忙しいでもなくそんなに暇でもなく、退屈だった。進路希望調査とか、焦る理由がないわけではない。ただ、焦ることイコール充実していることでは無いといったような日々で、ただ無意味に急かされ、充実感はずっと無いままだった。なんとなく楽しく、なんとなく忙しく、退屈な日々。
真剣に悩んでるなんて言っても笑われるだけな気がして何でもない風に「退屈だ」とボヤいてみるものの、親は「平和が一番」としか返さないし、兄貴は「暇そうでいいよな」と自分を棚に上げて偉そうに言うだけだし、友達は「じゃあ遊びに行く?」とかそんなだし。そういうんじゃないんだよとはなかなか言えないし。違うんだ、なんかそうじゃないんだよ。もっと切羽詰った、やばい「退屈」なんだよ。このままぼーっとしてるうちに人生まるごと棒に振るんじゃないかみたいな、そういうやつ。
だから、まあ、現実逃避みたいなものだ。文系とか理系とか市立とか公立とか就職率とかやりたいこととか、そういうものから一旦目を逸らしたかった。いいじゃん勇者。救っちゃおうぜ世界。そういうノリ。
「……大半の男は、一回くらい『勇者』に憧れるもんだろ」
言うと、リュグナは一秒くらい耐えたあとで結局声を上げて笑い始めた。
「笑うなって言っただろ?!」
「いや、いやいやごめん、君を馬鹿にしてるわけじゃあ――ははははは!!」
リュグナはその後もしつこく笑い続け、書記官はその間ずっと困り果てていた。俺も正直ちょっと呆れた。
「はー、笑った。こんなに笑ったのは百年ぶりだ」
この前も結構笑ってた気ぃすっけど。
「百年前になんかあったの?」
「いやね、君のお爺さん――先代勇者イサム、あれも同じことを言ったんだ。男なら誰でも英雄に憧れる、たったそれだけのために命を賭けたんだって」
「うわ」何それ恥っずい。知らず爺ちゃんと同じこと言ってるとかめちゃくちゃ恥ずかしい。
「イサムが聞いたらどんなに喜ぶだろうな。もう死んでしまったのかい、彼は」
「……まあ、そりゃあ、俺らの寿命だって百年そこそこだし。前はもっと短かったはずだし」
「そうか。それもそうだな。あれももうずいぶん昔の話になってしまった」
「なんでそんな親戚みたいなノリなんだよ」
「そりゃあ僕からすれば、君は友人の孫みたいなものだからなあ」
その後も聴取はしばらく続き、方や話を盛り方や話を削り、なんだかんだと長引いて、開放された頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。迎賓館には俺とアレックス、メリア、リュグナ、それから王様と側控えの、秘書か侍女かわからないけどそんな感じの人がひとり。
「大したお礼もできず、申し訳ありません」
「いえ、十分です。こちらこそ申し訳ない、散らかすだけ散らかして帰るみたいで」
「そんなことないよ。勇者さまは世界を救ったんだから」
「本当は復興の手伝いもできたらいいんだけど、たぶん役に立たないからね俺」
戦闘で壊れた街、傷ついた人々、あと魔王の吐いた泥でガビガビになった草原とか、全部放置だもんな。箒とちりとりと雑巾で片付けるっていうならいくらでも手伝うけど、この世界は魔法があるからな。たぶん俺突っ立ってるしかできない。
「まあそのあたりは気にしなくていい。私が久々に腕をふるおう。国一番の魔術師の名誉も回復しないとね」
あ、それ根に持つんだ? っていうか偽王の言ってたことなんだから気にしなくて良くない?
「本当にありがとう。勇者さんがいなかったら、少なくとも最後の最後で詰めきれなかった」
「へへ。ちょっとは勇者っぽかったでしょ?」
「ちょっとどころじゃない。間違いなく勇者だ」
「さて、サークルの準備ができたよ。もういつでも帰れる」
リュグナの声に振り返ると、そこには光の渦があった。見るからにワープゾーンなのでちょっとテンション上がる。
「これはどこに繋がってる?」
「君が最初に通った場所だ。ここに来る時、どこを通った?」
部屋のクローゼットか。
これを通れば、部屋に戻れる。元通りの人間の世界。振り返るとゴリラが並んでいる。各々複雑な、変な顔をして。
「じゃあ、帰るね」
「ありがとう。この国を救ってくれてありがとう。守ってくれてありがとう。それから」
「傷を治してくれてありがとう」
「僕からはユリウスに代わって礼を。それから彼女も、おそらく君に感謝しているはずだよ」
「国を、民を守ってくれてありがとうございました」
口々にお礼を述べられて嬉しいやら恥ずかしいやら、俺あんまり何もしてないんだけどと言い訳したくなるやら。でも最後にそれはかっこ悪いよな、もう会えないんだから、何かかっこいいことを言いたいよな、とかぐるぐる考えて、でも結局かっこいいセリフなんか出てこなくて。
「また会おうって言えないのはさみしいなあ」
やたらダサいセリフが出てきてちょっと笑う。
「元気でな」
「元気でね」
「うん。みんなも元気で」
カズキ。光の扉をくぐる寸前、誰かが俺の名前を呼んだ。
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