再集合±1

「メリア」

 雑踏の後ろ姿に声をかけると、気付いたメリアが振り向いてぱっと笑顔になった。

「勇者さん」

「よかった会えた。怪我はない?」

「子供が一人、転んで手のひらを擦りむいたよ」

 メリアがいたずらっぽく笑う。そういう冗談を冗談として受け取れる程度には、軍人メリアの考え方にも慣れた。軍人にとって守るべきは一般市民であり、自分たちは守られる側にはないのだ。だから怪我をしてもそれは議題に上がらない。もちろん勇者おれからすれば軍人だって守るべき人々であり、メリアだってそれはわかっているはずだ。

「戦闘にはならなかったんだね」

「うん。謀反を始めたやつらは途中で力尽きたみたい。近くの街に運ばれて手当を受けてるって」

「間に合うのかな」

「きっと大丈夫。助かるよ」

「アレックスは?」

「あっちで住民にもみくちゃにされてる。人気者だから」

「あれ」よく見ると、メリアは頬の上に小さな切り傷を作っていた。二センチくらいの線に血が滲んでいる。「怪我してるじゃん」

「え? どこ? 何か引っ掛けたのかな」

「触らないで」

 メリアの傷口の近くに指を置く。治れと念じる。きっと、それくらいのことは俺にもできると信じて。

 やがて小さな光の粒がくるくると起こり、傷口が引き結ばれるように塞がった。指の腹で血を拭えば、もうそこには何も残っていない。

「え? 勇者さん、魔法使えるの?」

「ううん、今初めて使った。俺ほら、もともと女王の血筋だし、素養はあるんじゃないの」

「そんな軽いノリで」

 メリアが呆れたように笑う。俺も笑う。チートが地味だ。

「女の子の顔に傷は無い方がいいよね」

「……ありがと」

 そうそう女の子は笑っている方がよい。しかしこれは微妙にセクハラっぽいので言わない。第一、性別や種族に関係なく、誰だって笑顔が一番いいに決まっている。

「勇者さん、そういえばユリウスは?」

 メリアのノリは「またあいつ勝手にほっつき歩いてるのか」という種類のノリで、俺は少し言葉に詰まる。違うんだ。もういないんだよあいつ。

「あー……先にアレックス呼びに行こう。一緒に話すよ」


 どこに避難していたのかわからないが、街に戻ろうとする雑踏を掻き分けてアレックスを探す。背が高いからすぐ見つかるかと思いきや、こちらの背があまり高くないので結局楽には見つからない。メリアの背中に乗せてもらったらちょっと高いところから探せるのでは? という考えが一瞬脳裏をちらついたものの、さすがにどうかと思ったので言わなかった。それから程なくして、人だかりの中で半ばぐったりしているアレックスを見つけた。

「アレックス」

「お、勇者さん! 無事か!」

「そっちこそ怪我はない? 取り込み中なら待つけど」

「いや、わざわざ探してきてくれたんだろ? ――すまない、勇者さんと話してくる。後にしてくれるか」

 アレックスは自分を取り囲んでいた集団にそう宣言すると、足早にそこから抜け出してこちらに来た。「お疲れ様」と声をかけると、苦笑いして「正直助かった」とぼやいた。

「勇者さん、剣はどうした?」

「王様に返してきた。デカいし重いし」

「ってことは魔王も倒したのか」

「うん。まあ、俺がっていうかユリウスが倒した」

「そのユリウスはどこいった? また勝手にどっか行ってんのか?」

 やっぱそういう認識なのか。

「最大限掻い摘んで言うと、ユリウスは魔王と相打ちになって」

「は?」「え?」メリアとアレックスが声を揃える。「待ってどういうこと?」「相打ちって、死んだってことか?」「そんなすごい戦いになったの? 二人で?」「相手がたくさん居たってことか? フル防御でも半日は持つって言ってただろ?」「っていうかそもそも死なないって言ってたのに」「ちょっと待って二人で一気に喋るのやめて半分も聞き取れないんだけど」「ごめん」「すまん」「取り敢えず、王様が部屋を用意してくれたので、そっちに移動しよう。このあと食事会も開いてくれるって言うし」「おう」「うん」

 地下牢から助け出した王様は散々恐縮した挙句に「異世界の方への礼の仕方もわからない」と言ってすっかり参ってしまい、どうフォローしようかと思った矢先に俺の腹が盛大に音を立てた。異世界だし言わなきゃバレないんじゃないかと思ってしらばっくれようとしてみたものの、リュグナが「彼はお腹が空いているようだし、豪華な晩餐会でも開いたらどうかな」と王様に助言してくれて助かるやら恥ずかしいやら。

 それで「用意ができるまでは迎賓館を使ってください」と言ってもらったはいいけど取り敢えずメリアとアレックスと合流しないことには落ち着かなかったのでなんとか断って出てきたのだった。

 用意してもらった部屋は広く豪奢だった。ところでゴリラ界の椅子はゴリラ幅とゴリラ高なので具体的に面積が広すぎ高さが低すぎる。もう慣れたけど。

「まず、話はアレックスの故郷の話に戻ります」

「なんで敬語?」

「意味は別にないんだけど。そのアレックスの故郷をユリウスが滅ぼしたのは、なんていうかな、一人の女の子のためだったんだ」

「女の子?」

「不治の病にかかって町の外に捨てられたんだって。ユリウスはその子を治療したんだけど、結局その子はその後その村の人に殺されちゃって、ユリウスはそれに怒って村を焼いた」

「……うん? それが今回の話とどう絡んでくるんだ?」

「魔王はその子だったんだ。死ぬ瞬間に魔に取り憑かれて呪いと憎しみを振りまくようになった」

「待ってそれ辻褄合わなくない?」

「え?」

「いや、その、魔に取り憑かれたその子が村を滅ぼしたんならわかるけど、ユリウスがやったっていうのがさ、変じゃん。なんか利益ないっていうか、そんなことする前に女の子止めれば良くない? わざわざ見過ごしたってこと? っていうかその流れでユリウスが腑腐れになる意味わかんなくない?」

「……それは、自分でやったって言ってたけど」

「勇者さん、担がれたんじゃないか?」

「どういうこと?」

「本当は、その村を滅ぼしたのは魔王の方で、ユリウスはそれをかばってたんじゃない?」

「え」

 何のために。いやそりゃ彼女のためにか。

「違うよ」

 割って入った声に三人が三人とも肩を跳ね上げてそちらを見る。いつの間にか部屋にリュグナが入ってきていた。

「彼は彼女のために彼女をかばっていたわけじゃない。あれは彼のエゴだ。『これ以上彼女を貶めさせたくない』と言ったんだろう? じゃあそれが全てだよ」

「いつの間に入ってきたんです?」

「退屈で散歩してたら面白そうな話が聞こえてきたからね。聞き耳立ててたんだ」

 そんな堂々と宣言されても困るんだけど。

「『これ以上貶めさせたくない』って、どういうことですか?」

「簡単だよ。あいつはね、『彼女は何も悪くない』って言いたくてたまらなかったんだ。何を隠蔽し、どんな嘘をついてでもね」

「……歪んでる」

「そうかな? 私は一周回って無垢だと感じたけどね」

「あの、どうしてそこまで知っているんですか」

「記憶を読みたくて呼んだようなものだったからねえ」

 悪趣味。

「というか、あの、なぜリュグナ様がここに? 勇者さんが驚かなかったってことは、知ってたのか?」

「あーーーーーーその話もあるか。あるな。えっとですね、えーっと、単刀直入に言うと、王様が偽物でした」

「え?」

「は?」

「それでその、殺されそうになって、助けてーって言ったら助けに来てくれたというか」

「君はずいぶん物語を矮小化するんだなあ。そんな風じゃ書記官が困るだろうに」

「ショキカン?」

「君の物語は後世に伝説として残るんだよ。もっと具体的に語らなきゃあ」

「ええー……」

 そうか。伝説。マジか俺伝説の勇者なのか。っていうかその供述自分でやらなきゃいけないのかマジか。筋道立てて話すの苦手なんだよな。困る。

「偽物……」

「全然気付かなかった。いつからそんな」

 メリアとアレックスが見るからに肩を落として各々つぶやく。いや俺だって気付いてたわけじゃないですよ。ハッタリだよあんなのは。ただなんか身の危険を感じたくらいの話で。

「でも気付いたんでしょ?」

「なんていうかな、よくある話なんだよああいうの」

「よくある?」

「うん。ありがち」

「……勇者さん、そんなにしょっちゅう戦ってるのか? 魔王とかと?」

 まあね。ゲームの中の話だけどね。

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