第二の能力
「ありがとうだって。俺に言われてもなあ」
最後の泥を蒸発させた後、ユリウスは一人で魔王に向けて走り出した。来るなと言われて俺はそれを見送るしかできなかった。やがて煙も風も起こさない光の爆発のようなものが起きて、後には何も残っていなかった。光が消える瞬間、どこからともなく「ありがとう」という声が聞こえた。聞こえたというより、流れ込んできた。かつて聖女と呼ばれた女性。それをただひとり名前で呼んだ男。二人で過ごした穏やかで短い時間。惨劇、悲しみ、怒り、恨み、憎悪、後悔。もう一度会いたいと強烈に願いながら、会いたい人の名前も思い出せない苦しみ。
これはテレパシーではない。テレパシーを超えた第二の能力――ゴリラ・シンパシー――!!
「……ツッコミがいないのは寂しいなあ」
ついちょっとため息をついてから辺りを見渡す。呪いを振り撒いていた本元は消えたが、細かい魔物はまだ残っている。本元を倒しても残るんだろうか。あるいは終わりじゃなかったのか? ああでも魔王倒した後も普通に魔物は出てレベリングだけできるみたいなゲームもあるしなあ。やりこみ要素かなあ。んなわけないよなこれゲームじゃないもんな。魔力の残骸みたいなものが残ったってことかなあ。っていうかこの泥、まさか雨とかでもとに戻ったりしないだろうな? この辺ユリウスに先に聞いとくべきだったなあ。いなくなるならいなくなるで先にいろいろ説明しといてくれよ……あれ?
っていうかここどこよ。
周囲を見渡すも、あるのはただ広い草原(泥まみれ)とときどき群生している謎の木、大きめの岩、以上である。
あれ? これまずくね? 地図あるけどあっても目的地がわからないんじゃ意味がない。あ、やばいのでは? 異世界迷子? まずくね? 東京コンクリートジャングルでの迷子もそこそこやばいけどサバンナ迷子もやばいよなこれ。死ぬのでは?
助けを求めるってもそもそも近隣住民は避難してるはずだし、どこかの町に行っても助けとかは期待できそうにない。あるいはゴリラテレパシーで誰かを呼ぶ? どこまで届くのこれ? でも世界のどこにいても聞こえるって太鼓判は押されてるしなあ。
「おーい。勇者でーす。魔王消滅しましたー。今の場所がわかりませーん。誰かー」
サバンナの真ん中で迷子を叫ぶ。やばいこれ無茶苦茶虚しいんだけど。
「助けてー。迎えに来てー。ここはどこー」
――勇者さま。
あ、届いた。マジか。
――すぐに参りますので極力動かれませんよう。
「はーい」
お手数おかけしますごめんなさい。
あれ? っていうかだったらメリアとアレックス行かせなくても情報の伝達はできたのでは? ユリウスが止めなかったってことはそれでは伝えられなかったってことだろうか。いやでもユリウスだしなあ。単にうるさいのが減って都合がいいくらいにしか思ってなかったかもなあ。どうせ確認する本人はもういないんだけどさあ。
ため息をつく。静かだ。木は遠く草すら泥に埋まってしまって、風が吹いても何の音もしない。何の気配もない。
死んじゃったのかな。死んじゃったんだろうな。説明の大半はよくわかんなかったけど。なんで全部ひとりで決めんのかな。馬鹿だからかな。馬鹿だからだな。ばーか。他に手立て無かったのかよ。国一番の魔道士なんだろうが。ばーかばーか。基本人格がクソ。こっちのことなんか少しも計算に入れちゃいねえ。クソ。アホ。バカ。ゴリラ。
「勇者さま!」
背後から声がして慌てて目をこする。鼻かみたい。ティッシュほしい。
「ご無事ですか、お怪我などありませんか!」
「うん、大丈夫」
「魔道士さまは」
「……死んだんだろうね、たぶん。魔王と一緒に消えちゃった」
この辺の軍のやつらなのか駐屯兵なのかは知らないが、彼らはユリウスが消えた方角に向かってしばし黙ったのち、みんな揃ってドラミングをしてくれる。シチュエーション的にはたぶん哀悼なんだろうと思うがほんっとゴリラ文化わかんねえな。慣れた頃に新しい一面を見せないでくれ。威嚇だと思ってたんだけど違うのかそれ。
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