俺だってチート能力が欲しかった
「近隣住民はできるかぎり遠くへ退避。くれぐれも泥に触れないように。落ち着いて行動してください。繰り返します――」
全速力で草原を駆けながら声を張り上げる。わかりましたとかありがとうとか割と返事が来る。正直ゴリラテレパシーが何とかあんまり考えたくないし信じたくもないんだけど使えるものはなんでも使わないとやばいくらいの状況なので使えるものは使う。冷静になっているヒマはない。喋りながら走っても息が切れない当たり、魔法さまさまである。
「駐屯兵の皆さんは住民の避難を手伝ってください。何よりもまず避難を優先してください。向かっているのは二名です。防衛戦には限界があります。まずは安全を確保してください。ユリウス、他は?」
「無い。とにかく邪魔をするなと伝えろ」
あまりにも言葉が悪すぎる。
「泥を除去するために広範囲の魔法を使う。できるだけ離れてくれればやりやすい」
「それは俺はどうなる? 俺も離れてた方がいいの?」
「お前がやるんだよ」
「はい?」なにそれ寝耳にスプライトなんだけど。「魔法とか使えないよ俺」
「お前の持ってるその宝剣はそういうものだ。魔を焼き払い道を開く。ただお前の制御が信用できないから民間人は逃げる必要がある」
なるほどなんかちょっとひどいこと言われた気がするけどこれただのよく切れる剣じゃないのか。
「それは特殊な魔法回路を積んでる、いわば魔物と真逆のものだ。魔物は憎悪や怨嗟の塊、お前が信じていればそれで滅ぼせない魔はない」
「言っていること半分もわかんないけどつまりこの剣わりと強いって話?」
「あのな。国の宝剣をわりとなんて言うか普通」
そうでしたごめんなさい。ただよく切れる刃物くらいにしか認識してなかった。
町に近づくにつれ、街道沿いに逃げる集団が見えるようになった。俺たちが走っているのラインから右手前九十度くらいのところに列ができている。
「ち。まだ結構近くにいるな」
「あれで近いの? 俺どんな暴走すんの?」
「迂回するぞ。こっちだ」
え、無視? なに俺死んだりしないよね?
避難民の列と反対周りに町を迂回した先にそれがあった。泥。遠くで見るとスライムの群れみたいだったが、近づくとそこそこグロい。グロいというか汚い。泥と血とゲロが混ざったようなもの。汚物感がすごい。なんか動くし。確かにこれが迫ってきたらパニックにもなるわ。
「よし、やれ」
いや指示雑かよ。
「やれって言われても何、切るの? これを? 水を切れって言われてる気分なんだけど」
いやそういう神様もたしかいたんだけど。神様だっけ? 海を割って……確かユダヤ系の……いいやどうでも。今そこ重要じゃないだろ落ち着け俺。
「剣を泥に突き刺せ。そうして『祓う』と念じろ」
「念じればいいの」
「本当は違うが、そう説明するのが手っ取り早い」
おっけ把握。もうヤケクソだ。知らん。なるようになれ。
エクスカリバーを思い切り地面に突き刺す。花火を水に投げ込んだときのような、じゅわああああっ! という感じの派手な音がして、煙が出る。吸ったらやばそうな気がする(あと臭そうな気がする)ので息を止める。ユリウスが何かの呪文を唱えると、エクスカリバーを中心に光の輪が現れる。それはあっという間に広がり、泥を乾かしていく。後にはなんかガビガビした、まさしく乾いた泥が残る。
「……終わり?」
「まさか」
ユリウスが指した方向には、泥の第二波が来ていた。うええ。
「行くぞ」
「これ辿ってったら魔王がいる?」
「いる」
「セーブポイントは?」
「何の話だ」
ゲーム。
っていうか魔王。魔王か。ユリウスとリュグナの話では普通の人、っていうか普通のゴリラっぽいんだけど、どんな感じなんだろうか。俺の中の魔王像、主にドラクエでできてるんだけど。世界の半分をやろうとか言われたらどうしよう。決定権あるのかな俺。
「だから何の話だ」
「ごめん結構ビビってるっぽい」
「さっきの威勢はどこに行った?」
「勢いってあるじゃん」
つうかこんなだらだら喋ってたら気も萎えるって。ずっと走りっぱなしなのに息も上がらないし足もガンガン動くしなんか自動車とかそういうのに乗ってるくらいの気分。
第二波にたどり着いたら剣を刺す。泥が乾く。第三波にたどり着いたら剣を刺す。泥が乾く。なんだろうなこの流れ作業感、と思っていたら姿が見えた。
大きさは普通。シルエットもほぼ普通。異様なのはただ、その体から止めどもなくぼたぼたと泥が溢れ続けていることだった。ユリウスの体から溢れた緑の泥ではなく、今地面を覆っているのと同じ泥だ。恨みと憎しみの泥。
助からないと直感した。
たぶんその瞬間まで、俺は心の何処かで大団円を望んでいた。ユリウスの大切な人が正気を取り戻して帰ってくるような、そういう結末を期待していた。でももう、あれは、助からない。せっかく会えたのに。せっかくたどり着いたのに。
「おい、どうした」
俺が倒すんだとしても、ユリウスが倒すんだとしても、どっちにしろユリウスの目の前でユリウスの大事な人が死ぬんじゃないか。それをどうにか避けたいような気がして、気がついたら足が止まっていた。
進みたくない。行きたくない。こんな結末はあまりにも。
「おい」
ユリウスの声が大きくなる。顔を見たくない。視線を上げることができない。
「進みたくない」
「怖気づいたか」
「そうじゃなくて」
「頼む」
予想外の言葉が降ってきて思わず顔を上げた。ユリウスは少し笑っていた。
「これ以上、あれを貶めさせたくはない」
ああ、クソ。クソ、本当にこいつはクソだ。最初から全部わかってやがった。最初っから全部諦めてやがった。クソ。俺もクソ。クソ雑魚。最初っから全部、せいぜい手伝うくらいのことしかできないんじゃねえか。
泥はもうほとんど足元まで来ている。剣を突き刺す。泥が乾き、道ができる。このまま魔王のところまで駆け抜けることができる。
「ありがとう」
「……あとで一発殴らせろ」
「さてな」
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