道は前にしか無い
翌朝は起こされて起きた。というよりは起こされるまで熟睡していた。初日はうまく寝ていられなかったゴリラベッドもずいぶん慣れたものだと我が事ながら感心してしまうほどだ。体の疲れも取れている。この適応能力よ。もしやこれこそが異世界勇者の特殊能力というやつではないだろうか。そんなわけないか。
急ぎのテンションで起こされたので急ぎのテンションで起きて学ランを着て急いで外に出る。どうでもいいが寝るときは下着で、学ランを掛け布団代わりにしている。防御力は変わっていないか落ちているくらいなんだが、なんかこう、掛ふとんがないことの丸腰感がちょっと嫌。外は何やら賑やかで、そういえば旅芸人が来るとかそんな話を聞いたような記憶がぼんやりとある。なんだかんだ二泊しちゃったんだなーとか考えながらもそもそ外まで出ると、道中で何度か見かけたような駐屯兵が立っていた。トレードマークの腕章の他、今は首から何かを提げている。昨日町民の誰かから貰ったお守りに少し似ている。
「勇者さまですね」
「はいそうですけど」
「喫緊の通達があって参りました」
「畏まらなくていいので、できるだけわかりやすくお願いします」
「は。では畏れながら申し上げます」
いやだから畏まらなくていいってのに話聞いてた?
「西方軍より謀反が発生、十数名が周囲を攻撃した上、現在王都に向けて移動中とのことです」
謀反と聞いてアレックスとメリアの表情が変わった。
「被害は」
「幸い死者は出ていませんが、重軽傷者が複数発生しています」
「あの泥の影響?」
「おそらくはな。もうかなり近くまで来ているんだろう」
何が。魔王がだ。
「場所は?」
「イルメアです」
「どこ?」
「ここから西に半日くらいだ」
半日。かなり近い。かなり近いが、焦れるほど遠い。
「そこから王都までは? っていうかそれ発生してからどれくらい時間経った? どれくらい猶予がある?」
「現在で発生からはおよそ四時間ほどです。彼らが王都につくまで、どんなに早くとも三日ほどは」
「二日かからないだろうな」
口を挟んだのはユリウスだった。
「あの泥が影響しているなら、やつらにブレーキとか休息とかは期待できない。体が壊れるまで全力疾走だぞ。途中で倒れてくれるんなら時間稼ぎにもなるが、手放しで期待できる種類のものじゃない。その上、途中であれが感染してもみろ。あっという間に手に負えなくなる」
感染。そうだ、今は十数人でもこれが増える可能性はある。そもそも魔王本体が近くにいるなら、そっちから増えて来る可能性だって大いにあるのだ。
これがゲームなら、魔王を倒せば話は終わりだ。でも実際はどうだ。魔王を倒している間に城下が襲撃されてちゃ意味がない。魔王を倒したところでそこから三日、誰かが怪我をすれば四日かかる。向こうは二日もかからない。その一日二日でどれだけ被害が出るか。
かといってこれから王都に戻れば防戦一方になる。
「あの、先程から仰っている『泥』とは一体どのような」
「ユリウス、魔王を倒せるんだよね?」
「倒せる」
即答。じゃあ決まりだ。
「アレックスとメリアは城下に。俺はユリウスと魔王を倒しに行く」
「ばっ」
「今バカって言おうとしなかった?」
茶化す口元が少しおぼつかない。自分で言い出しといてビビってやんの。だっせ。
「隊を分けるつもりなのか?! ただでさえ四人しかいないんだぞ?!」
「ユリウスが勝てるって言ってる」
「だが」
「制圧だけなら駐屯兵たちでもできるんだろうけど、あの泥の正体を知ってるのは俺らだろ?! じゃあ誰かが行ってそれを伝えないと、守れるものも間に合わなくなる!」
迷っている時間はない。躊躇っている時間はない。今この局面で、信じる以外にできることはない。
「できるだけ多くの人に伝えて回って! テレパシーでもなんでもいい、逃げられる人は逃がす、被害を増やさないことを最優先!」
アレックスが迷ったのはせいぜい三秒くらいだった。
「……わかった。しかし無理はするなよ」
「それ隊長が言います?」
メリアが割って入り、アレックスが「ぐっ」と呻く。確かにまあ一番やらかしたの自分だよね隊長。
「多少は仕方ないよね」
「なんたって『精鋭部隊』だしねえ」
「いや、しかし、俺らはともかく勇者さんは」
「大丈夫、優先順位は間違わないように気をつけるから。早く片付いた方が手こずってる方に合流しよう」
まあ三日分くらい距離あるんだけど。三日? 両方移動してるから三日はないか? 動く点P……やめよう。今それ本題じゃない。
「そうと決まれば善は急げだ。ぱっぱと片付けてぱっぱと世界救っちゃおう」
「あの、自分たちはなにを」
「駐屯兵さんたちは伝言ゲーム。それと、それぞれの持場をそのまま守って。アレックスとメリアは泥の説明をお願い。ユリウス、それでいい?」
「ん」
「本当に大丈夫なんだな?」
「心配ならそっちに連れて行ってもいいぞ」
「ええー。マジでお荷物なの俺?」
「冗談だ。居てもらった方がいい。こっちで借りてもいいか」
「……頼むぞ」
「半日程度ならフル防御だって持つ。心配はいらない」
アレックス・メリア組と分かれて町を出る。ユリウスと二人とか召喚されたばっかりの自分からすれば信じられないだろうな。要は慣れだ。自分以外全員ゴリラとかいう圧倒的不条理の中に居て今更この程度のことでグチグチ言ってられるか。
「で、割とノープランで喋っちゃったんだけど、魔王の居場所とかってわかる?」
「勇者の名に恥じない働きっぷりだな」
「その『勇者』って『大馬鹿者』って意味だよね?」
相変わらずきめ細かい暴言使ってきやがるなこいつ。
「耳を澄ませろ。お前になら聞こえる」
「なんで俺? そんなに耳よくないよ?」
「ガロの件。お前一人が真っ先に子供の声を聞いた。勇者の――あるいは先々代王女の血だろう、お前のテレパシー能力は飛び抜けてる」
ええー。ゴリラ世界ナンバーワンゴリラ俺? 嘘でしょ?
「この局面で嘘をつくメリットがあるか?」
はいはいわかってますよ疑ってなんかいませんとも。
「っていうか聞こえるって何が? 魔王さんが何か言ってるの?」
「これだけ騒ぎが大きくなってるんだ、悲鳴でもなんでも聞こえるだろ」
「ああ、そういう」
正直あんまり聞きたくない種類のものなんじゃないかと思いつつでもまあせっかく見つかった特殊技能なんだしと思って耳を澄ますようにしてみると、たしかに聞こえるか聞こえないかくらいの何かを受信した。
――か――て――……う
――い……音――か
うーん。聞き取れるレベルにはならない。チューニングミスったラジオくらいの音量かつ雑音。もうちょっと大きい声出してくれ。
――者様
お?
――勇者様――
「はいもしもしこちら勇者です! お困りですか!」
つい電話のノリ。
――わからない、何か、何かが来る、たすけて――
何か。声のする方はおよそ西だ。可能性は高いか。
「何かとはどのようなものでしょうか!」
――わからない、ヘドロ、汚れ、何、何か――
「当たりだ。行こう、ユリウス」
「ん。移動しながらでも説明はしろよ。それくらいできるだろ」
「うーい。こちら勇者、こちら勇者。できるだけ落ち着いてよく聞いてくれ――」
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