改めて、勇者始めました

 アレックスは目が覚めるなりジャパニーズDOGEZAの勢いで謝り始めてしまい俺とユリウスは正直対応に苦慮した。記憶を読んだとかそういうところもぼやかしようがなく、前にも後ろにも進みにくい状態になってしまった。

「謝る必要はない」

「だが」

「謝って憎しみが消えるわけじゃないだろう。本来謝るのはこちらだ」

 ユリウスの口振りはものすごく、なんというか、ぶっきらぼうだ。俺の推理によれば、たぶん責められるのは慣れていても謝られるのには慣れていないとかそういうやつだ。

「俺が消えてやればお前の憎しみもいくぶん晴れるんだろうが、あいにく今はまだ殺されてやるわけにもいかないしな」

 またそうやって物騒なこと言うし。事情も根拠も聞いたからわかってるけどだからって命を粗末に扱うんじゃないの。

 その一方で事情も根拠もよくわかっていないアレックスは頭を抱え、「殺すつもりはない」と小さく呻いた。殺したいほど憎んでいる相手に、必死で押し隠してきたそれを知られるとはどういう気分なんだろう。

「助かる」

「メリアは、――その、知ってるのか? どこまで話した? というか、どこまで見たんだあいつ?」

「詳しくは話してないけど、顛末は全部見てたはず」っていうかアレックスを宿まで担いで運んだのがメリアだし。できるだけ簡潔にシンプルに伝えたつもりだったが、アレックスはまた頭を抱えてしまった。腕の隙間から「うおお」と弱りきった呻きが聞こえる。あれかなーお兄ちゃん的には妹にあんまりかっこ悪いところ見せたくなかったとかそういう話かなー。いいよなこういう兄貴。うちの兄貴にも見習ってほしい。

「何をどう話すかは任せてもいい? 何を話したらメリアがどういう反応するか、アレックスが一番よくわかってるでしょ?」

「いやー……まあ……そうだが……」

「何、呼んだ?」

「ううん。おはようメリア。よく眠れた?」

「おはようって時間帯じゃないけどね。すっかり夕方じゃん」

「まあね。体調はどう?」

「体調は悪くないけど、ちょっと頭が混乱してる。いまいち記憶が定かでないみたいな」

「じゃあ改めてざっくり説明し直そうか。アレックスもそれでいい?」

「……おう」

 あんまり良くなさそうなのでまあアレックスがユリウスに襲いかかった原因とか詳しい説明はアレックス本人に任せることにして、ちょっとぼかしつつ喋ろうと思って取り敢えずぼかしながら喋ったら若干の矛盾が発生してしまい結局本人に真相を語らせる羽目になってしまった。ごめん。

 メリアはショックでおろおろしてるしアレックスは頭を抱えちゃってるしユリウスはそんな二人に一瞥もくれないでぼけっとしてるし協調性ゼロかよ。どうすんだよこの空気。いや場をつなぐのは俺の仕事ですね中間管理職だものねと思って「ところで」と口火を切ってみたら声が裏返ってちょっと恥ずかしい。

「話が一段落したところで確認しておきたいんだけど、アレックスの被った泥、あれは寝ると消える種類のものなの?」

「いや、解毒は解毒で必要だ。本来なら自分の体力が尽きるまで、細胞がボロボロになって、それこそ死ぬまで止まらないだろう。説得は効かない。一旦動けなくなるまで痛めつけてきっちり解毒するのが最短ルートだ」

「痛めつけるのは必須なの?」

「最短とは言ったが最善と言った覚えはない」

 なるほど難易度の話か。

「その解毒って、誰にでも――っていうか何だろう、魔術師の大半はできるようなこと?」

「一端の魔術師ならできるだろう。だがまずあれの動きを止めるのが簡単ではない。今回はたまたま精鋭部隊だから対処できたが、あんな吐瀉物が引っかかったようなレベルで次から次に感染してもみろ。あっという間に地獄絵図だ」

 精鋭部隊ねえ。本気で言ってるのかギャグなのかがまずよくわかんないんだけど。

「中隊長レベルの軍人と伝説の勇者がいるんだ、十分に精鋭だろう。その辺の駐屯兵とその辺の魔術師では話にならん。予め予測を立てて魔法陣の中に数分立たせられるなら別だが」

 そういえばユリウスも国一番の魔術師とか言われてたっけ。なんかそもそもファンタジーみたいな世界だしゴリラだしこのメンバーを水準として見ちゃってるからあんまり突出してるとは思えなかったんだけど、実はマジの精鋭部隊だったりするんだろうか。

「俺は別に、そんなに有能じゃない。買いかぶってるんじゃないか?」

「降格謹慎を繰り返してなおも中隊長に留まっているんだ、本来なら大隊を率いていてもおかしくないんじゃないか?」

「まさか」

「ご謙遜を」

 ユリウスの口調だと嫌味なのか揶揄なのか本気の尊敬なのかが全然わからないのでアレックスも微妙な顔をして頭を掻いている。なぜそこまで経歴を知っているのか? と一瞬疑問に思ったが、もしかしたら単に「記憶を読む」という魔法にページをめくるような自由度が無いのかもしれない。

「今まではひとりずつしか出てこなかったが、これから複数人一気に出てくることもあるかもしれない。まずあの泥を被るな。特にお前」そこまで言って、ユリウスは俺を見た。「お前がアレを被ったときにどうなるかは俺も想像がつかない。全力で避けろ」

「うっす」

「今日はここからどうするの? このままもう一泊してく?」

「あ、俺はさっき助けた子が無事かどうかが気になります」

「なんで敬語?」

「なんか今勢いで喋ったら敬語が出た」

「じゃあちょっと街の様子を見に行こう。結構派手に壊しちゃったしな」


 嫌だとゴネるユリウスを引きずりつつ四人で街に出ると、驚いたことに街の修復はほとんど終わりかけだった。魔法すげー。「出る幕は無さそうだね」「まあ、無いのが一番なんだけどな」「それもそうか」とか話しながら歩いてたら後ろから「勇者さま!」と声が飛んできて振り返るとさっき助けた子供がぱたぱた走ってくるところだった。

「あ、よかったさっきの! 無事だった? 怪我はない?」

「うん、大丈夫! ありがとうございました!」

 うおおいい子。敬語まで使える。賢い。

「勇者さますっごいね! かっこいい! つよいの! どかーんって!!」

 うーんたぶんどかーんの方は俺じゃないんだけど楽しそうなので水は差さなくていいかなー。

 その後集まってきた子供たちに助けた子が大袈裟な勇者譚を楽しそうに聞かせている横でなんとなくいたたまれない時間を過ごし、同じく集まってきた方々にそれぞれお礼として果物やら焼き菓子やらお守りやらをいただいて宿に戻った。肩が凝る。

「そういえば二人には言ってなかったっけ」

 声をかけると、三人が振り返る。ユリウスの「何を言うつもりだ」という視線がおかしくてちょっと笑う。


「俺、ちゃんと最後まで勇者やるから。この国をちゃんと救うから、協力よろしく」

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