死闘、市街地にて

 翌日顔を合わせたときには、アレックスは元の気のいいおっさんに戻っていた。というよりは、そう振る舞っていたと言った方が正しい。

「昨夜は心配かけて悪かった。いや馬鹿が頭なんて使うもんじゃないな、変に考え込んだら頭痛くなっちまってさあ」

 アレックスはたぶん、嘘が下手だ。嘘が下手な人間は無駄によく喋る。

「治ったならよかった。メリアも心配してたよ」

「あいつに心配かけてたんじゃ、俺も面目丸潰れだな」

 アレックスがいつも通りに唇の端を上げてにっと笑う。なんとなく引っかかる気はするのだが、どんなに真剣に観察してみても「違和感」以上のものは見つけることができない。

「どした?」

「さすがに顔色までは見分けられないなと思ってさ」

「ああ。確かに勇者さんの顔は赤くなったり白くなったりするな」

「俺がじゃなくて、俺の世界ではだいたいこうなんだよ」いやゴリラについてはたぶんこっちと同じなんだけど。

「それは自分で色を変えてるのか? 擬態みたいなものか?」

「擬態ではない。自分で変えてるわけでもないよ。なんていうかな、血の巡りの話なんだけど」

 話がズレてどうでもいいところに転がっていき、少しずついつもの調子が戻ってくる。たぶん、アレックスはまだ「出し惜しみ」をしている。それもまあ、今は気にしなくていいんだろう。


 いつも通り野菜と果物目白押しの朝食を食べ(肉が食べたい)、地図で今日の目標を確認する。体感として、西に進めば進むほど魔物とのエンカウント率は上がっている。町ごとにいる魔術師たちも概ね「大きな魔力が西にある」との見解で一致しているらしく、まだしばらくは西に進んで良さそうだ。しかしまあそうも西西と言われるとだんだんノーヒントで進んでいるような気分になってくる。

「闇雲に進んでいるのはこちらじゃなく向こうだ」

「魔王――じゃないんだっけ。向こうにも目的地とかってあるのかな」

「無い」

 まあ怒られるだろうなと思いながら「知り合いみたいなことを言うね」と言ってみたら案の定ものすげえ睨まれてまあそうだよな睨むよな。ごめんて。

 アレックスが何か隠しているのと同じく、ユリウスも何かを隠している。ユリウスについてはリュグナと「魔王(じゃないらしいが)について語るつもりはあるか」「無い」みたいな会話を皆の前でしているわけで、隠しているということ自体を隠しているわけではないが。

 ユリウスはリュグナとの会話の中で、「魔王(じゃなry)を倒すアテがある」というようなことを言っていた。それなら、魔王(じゃry)の側に目的地がないというのはおそらく真実だ。少なくとも嘘ではないだろう。ユリウスはユリウスで魔王(ry)の打倒を目的にしているのだし。

「ちなみに魔王の気配? 位置? みたいなのってわかったりする?」

「多少な。きっちり陣を書いて何人も集まって詠唱してる連中の精度と比べられても困る」

 なるほど。わかるようなわからないような。いやわかるんだけど俺の中の魔法観と食い違っててしっくりこないというか、そうか魔力って複数人で加算できるものなのか。賢者が四人いればベホマズン使えるとかそういう話か。

「何を言ってるかわからん」

「うんごめんこっちの話」


 腹も膨れたし目的地も確認したしそろそろ出るか~っつって席を立ったあたりで外から悲鳴が聞こえた。

「出よう!」

 四人で慌てて席を立ち、店の前に出る。

「どっちから聞こえた?」

「あっちだ。病院の方」

 いや病院って言われても字は読めないし赤十字とか付いてるわけじゃないしわかんないって。どれだよ。

 駆け出したアレックス、メリアの後ろについて俺も走る。病院がどれだかわからなくても先導がいれば大丈夫。おそらく病院から離れようとしているのだろう人波、もといゴリ波を掻き分けて少しの間走ると、急にぽっかりと空いた空間に出た。

「またか」

 土埃の中に立っているのはやはりゴリラだった。ガロで戦った、リュグナの言う「憎しみに飲まれた」やつだろう。

「前回と同じく目標は捕縛。メリアは俺と反対側に付け。勇者さん、ユリウス、二人は逃げ遅れがいないか確認、いれば保護、先導してできるだけここから離れさせてやってくれ」

「わかった」

 病院が近いとは言え、今いるここは住宅密集地からは少し離れた広場になっている。相手を動かして病院から離そうというのは無理な状況だ。病院から話そうとすれば住宅地に近づいてしまう。

「ユリウス、防御魔法とかは使えたりする?」

「建物ひとつ程度ならな」

「じゃあ病院を守って。俺は近くの民家に人が残ってないか見てくる」

 言いながら俺はその場を離れる。エクスカリバーが膝裏に当って走りにくいが、いざという時に丸腰では不安なので小脇に抱え直して走る。

 三軒目の家の中にいた子供を外へ連れ出し、できるだけ建物の影に隠れながら逃がそうとしたところで、目の前の塀が崩れた。反射的に視線を向けたその向こうで、敵ゴリラがこちらを見ていた。見つかった。

「やっべ」

 いや正直やべえどころの話ではないのだが、そうとしか声が出なかった。子供の背中を押し、エクスカリバーを構える。

「取り敢えず逃げろ! できるだけ物陰に隠れて! 俺が注意を引く!」

 駆け出した子供と反対側に躍り出る。敵ゴリラはこちらを見ている。よし、よし、そのまま俺を見てろ。策とかはないけど取り敢えずあの子が逃げ切るまで俺のこと見てろ!

 敵ゴリラの視界から外れないように、攻撃が当たらないように、俺は全力で駆け回る。体育三だけど。百メートル走十五秒台後半だけど。

「二秒そいつの動きを止めろ、そうすればなんとかしてやる!」

 ユリウスの声がする。二秒と言われるとなんだたった二秒かと思ってしまうのだがフレームで考えると百二十フレームあるわけで、そんなに長い間動きを止めるって実は結構しんどいのではないだろうか。

「脚を切り落せば動けなくなるだろ!」

「簡単に言うけどさあ?! 敵対してるとはいえ魔物じゃないだろ!」

「大丈夫だ、脚を切り落としたくらいならすぐに治せる!」

「治ればいいってもんじゃないでしょうが! 切られたら痛いでしょうが! この人でなし! ゴリでなし!!」

 慌てて駆け回りながらありったけの罵詈雑言を吐く。ユリウスには悪いけど、そうでもしていないと脚が萎えそうだった。建物に隠れる訳にはいかない。あまり遠くに離れるわけにもいかない。大丈夫、腕や足の一本や二本なら取れても治してもらえる。ゴリラの魔法が俺にも有効ならの話だが。いやだめだそういうことを考えるな。

 どうせならエクスカリバーの射程まで近づいてしまった方がいいのだろうが、それはそれで今度はアレックスとメリアの邪魔になるので、結局逃げ回る以外の選択肢はない。

「カズキ、そのままユリウスの方へ真っすぐ走れ!」

 アレックスの指示に従い、俺は全力でまっすぐに走る。背後で何かが崩れる音がする。実際には数十秒程度だっただろうが、無限にも感じられる時間を目一杯駆けて、ユリウスの足元に倒れ込む。ここまで来れば安全だ。

「二人は」

「手こずってる」

 今回の敵ゴリラはずいぶん強いらしかった。容赦なくビームを吐き、暴れ、壊す。その一方で、アレックスもメリアも周囲に被害を出すような思い切った攻撃はできない。パッと見は防戦一方に近かった。

「ユリウス、あれどうにか手伝えないの」

「無理だ。あんなに動き回られたら誤射する可能性が高い」

 その時だった。敵ゴリラがアレックスの片腕を捕まえて力いっぱいに引き、ビームを吐いた。アレックスは身を捩らせてどうにか頭や胸に命中するのを避けたが、代わりに片腕が吹き飛んだ。血飛沫と千切れた左腕が飛び散るのがスローモーションのように見えた。

「アレックス!」

「隊長!」

「来るな!」

 駆け寄ろうとした俺たちを制し、アレックスはどこからか取り出した小さな瓶を折るようにして開け、中身を口に放り込んだ。瞬く間に腕が生えてくる。背後からユリウスの「薬なんてどこに隠し持ってたんだ?」という呟きが聞こえる。腕が治ったのはいい、よかった、でも確かあれ――あんなに効く回復剤ポーションなら副作用があるんじゃないのか。

 アレックスは敵ゴリラの片腕を捕まえ、口元を片手で押さえた。あれなら呪文の詠唱はできないし、ビームも吐けない。だがまだ暴れる。敵ゴリラはアレックスと違って片手が空いているので、そちらの手でアレックスの喉元に掴みかかる。少し遅れてメリアが背後から組み付き、敵ゴリラを羽交い締めにした。アレックスがその場に倒れ込む。

「ユリ――」

 ユリウスを呼ぼうとしたメリアの声が止まる。羽交い締めにされていた敵ゴリラが突然、何かを吐いた。血、墨、泥、靄、影、そのどれともつかない何か。それをモロに浴びたのはメリアではなく、敵ゴリラの足元で未だ立ち上がれずにいたアレックスだった。

「っあ」

 アレックスの呻きは、すぐに大きな悲鳴になった。アレックスは両手で頭を抱え、自らが作った血溜まりの中で絶叫した。

「隊長!!」

「やばい、何かやばいんじゃないのあれ?! 何だ今の?!」

「拙いな」

 ユリウスがつぶやくのと前後して、アレックスが起き上がり、こちらに向かって駆けてきた。駆けてきたというよりも、

「あれ俺らのこと狙ってない?!」

「かもな」

「悠長?!」

 アレックスが咆哮を上げながらこちらに向かってくる。切るわけにはいかない、メリアは間に合わない。背後には病院があり、下手に避けてそちらを巻き込むわけにもいかない。

 二秒。二秒止めればなんとかなる。ユリウスがなんとかしてくれる。第一、ここで俺が止めなきゃユリウスが襲われる。ユリウスが倒れれば病院の防御魔法が切れて、誰かが死ぬかもしれない。それはダメだ。メリアは間に合わない。俺が行かなきゃ。

「バカ、ちょっと――」

 メリアの悲鳴を聞きながら、俺はアレックスが振りかぶった右腕にしがみつく。地面を力いっぱい踏みしめて抱え込む。あ、だめだこれ全然体重足りない、二秒ってどれくらいかもうわかんないけどやばい吹き飛ぶ。

「いや、よくやった」

 俺がまさに振りほどかれようとした瞬間、アレックスの体から力が抜けた。ユリウスの術が間に合ったのだ。そのままゆるゆると倒れ込んだ体をどうにかこうにか支えて、地面の極力柔らかそうなところに寝かせる。

「助かった」

「お互いにな。回復はやっておく」

「ちょっと! 隊長に組みかかるなんて何考えてるの?! 間に合ったから良かったけど、あのまま振り回されてたら死んだかもしれないでしょ?!」

「ごめんて、怒らんといてぇ」ビビりすぎてろれつが回らない。まだ心臓がばくばく言っている。

「怒っ……てる、わけじゃなくて」メリアの声はだんだん小さくなり、そのままその場に座り込んだ。

「びっくりした……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る