中間管理職:俺

 呼ばれたときも瞬間移動だったし帰ってくるときも瞬間移動だった。気がつくと、俺たち四人は元いた場所に戻ってきていた。どうやら時間も進んでいなかったらしく、周囲はまだユリウスの名にざわついている。

「ユリウスって、あの?」

 誰かの声が聞こえて、アレックスが即座に「同名の他人です」と答えた。一気に周囲の空気が緩む。なんだ、よかった、驚いたと周囲が口々に安堵を口にして、それはないんじゃないかとちょっとだけ思う。ここにいるのにいないことにするとか、たぶんさっきリュグナが言ってた事件のせいでユリウスが怖がられているのだろうけど、でもそれはやっぱり何かひどいことのような気がする。

「そんなこと言われても、ああ言うしか無かっただろ」

「いや、うん、それはそうなんだけど」

 それでもなんだかすごく良くないことのような気がする。だって、過去はどうあれ、ユリウスは今は俺たちの仲間なのだ。それをなんかこう、庇うでもなく認めるでもないっていうのは違うような、そういう気がする。だめだよくわからん。

 とにかく話が混乱したので、夕食を摂った後で人目のないところまで移動してメリアとアレックスに聴取を行うことにした。本人たちの口から聞いておきたいことがいくつもあった。

「さっきの話は何? 死刑囚? って言ってなかった?」

「うん」

「前に言ってた隠し事ってそれ?」

「うん、ごめん」

 メリアはすっかり萎れてしまって、気まずそうに目を逸したまま簡単な返事しかしない。見かねたアレックスが苦笑いしながら「俺から説明する」と言って割って入った。

「説明っても、大した説明じゃないんだが、あいつが言うとおり、俺たちはたぶん全員が死刑囚だ」

「たぶん?」

「魔道士先生についてはよく知らなくてな。何せ捕まったのだってもう十年近く前の話だから」

「リュグナ様の話が本当なら、殺しても死なななかったからまだ死刑囚ってだけで、とっくに執行されてるんじゃないですか」

 十年か。なんか日本だと死刑囚が十年くらい執行されないのって割とよくある感じするけど、普通は違うのかな。普通はっていうか、この国は。あれ? っていうかユリウス何歳? 死なないとか言ってたしもしかしてめっちゃ年上なのでは?

「死刑囚になるって、ふたりは何したの」

「俺は軍の命令に逆らって」

「私はそれにブチ切れて王宮にカチコミかけて」

「アレックスはともかくメリアは何、バカなの?」っていうか二人でその調子だとなんか風邪薬のCM思い出すんだけど。

「それ隊長にも言われた。未来あるやつがすることじゃないだろって」

 おお、なんかかっこいいやり取り。隊長やっぱ男だなあ。

「というか、勇者さんはずいぶん呑気なんだな? 俺はもうちょっと拒絶というか、非難されると思ってたんだが」

「今まで散々助けられてるし、正直『なんかしかたない理由でもあったんじゃないか』みたいな気分の方が強いかな。リュグナの言うことを信じていないわけでもないんだけど」

「勇者さんはなんていうか、結構甘いよなそういうとこ」

「さっきユリウスにも同じこと言われた」

「いつの間に話なんてしてたの?」

 いやまあ、二言三言しか話してないからね。いつの間にも何も、一分くらいの話だ。


 宿で夕飯を食べ終わって即どこかに行こうとしたユリウスをどうにかとっ捕まえて「何か理由があったのか」という意味合いの質問をしたら当人は「面倒くさい」という表情を隠しもせず盛大に溜息をついて「甘すぎるな」と呟いた。

「理由があれば命が戻ってくるのか? 言い訳ができれば罪が軽くなるのか? こちらに魔王を殺す正当な理由があるとでも? はたまた魔王側にこちらを滅ぼすもっともらしい理由があれば剣を下ろすのか?」

 ユリウスの言うことはどれも尤もだった。そのどれにも回答できないでいるうちに追撃が来る。


「忘れるなよ。お前の剣が一瞬鈍ればその背後で数千人が死ぬことになるんだぞ」


 唐突に氷を飲まされたような気分で、俺はやはり二の句を継げない。これはゲームではないのだ。ゲームではないということは、一つの町に数千人、下手をすれば数万人や数十万人が住んでいるということだ。十分そこそこで町の全員から話を聞けるような規模ではない。

「まあもちろん、お前の剣の一振りで目の前の魔物は数体死ぬがな。強いて言うなら生きる執念こそが殺すことの正当性だろう。見紛うな、これは善悪の話ではない。ただの生存競争だ」

 そう言って俺を見たユリウスは、ほんの僅かに笑っているように見えた。


「……っていう具合でして」回想終了。

「言いたいことは一言で言えばいいのに」

 メリアがイライラした様子で吐き捨てる。まあ確かにユリウスの話は長い。メリアがユリウスを嫌っていたのは、たぶん大筋では例の事件のせいなのだろうが、そもそもウマが合わないってのも一因なんだろう。

「で、もし二人が何か知ってるならやっぱり知っておきたいなと」

「理由は知らないけど、私はあいつだけは許せない。どんな理由があったって許せない」

「アレックスは?」

「うん? ――ああ、悪い聞いてなかった。何だ?」

「ユリウスが事件を起こした理由、知ってる?」

「いや、知らない。悪いな」

「そう?」

 なんだろう。なんか、様子がおかしい。投げ捨てるような口調も、表情も、何かがおかしい。

「アレックス、どっか体調悪い?」

「そう見えるか?」

「なんとなくだけど」

「難しい話をたくさん聞いたからな、ちょっと疲れてる。……悪いが、先に寝る」

「そう。おやすみ」

 アレックスは後ろ手をひらひらと振ってその場を離れた。

「隊長、どっか悪いのかな」

「やっぱそう見えるよね?」

「うん。無理してなければいいんだけど、隊長は頑固だからなあ」

「さっき、隊長は軍の命令に逆らって捕まったって言ってたよな。実際何したのか聞いていい?」

「結構アレだよ、重い話だよ?」

 まあそうだろうね。死刑になるくらいの話だからね。でもやっぱり、片棒だけでも背負っておきたい気はする。片棒を担ぐって言葉の意味は多分違うけど。

「ちょっと前、国内の小さな自治区との境で小競り合いになってね。小競り合いっていうのはこっちから見ての話で、実際は掃討戦だった。隊長は自治区にいた子供を助けようとして軍部の命令に背いた。その結果、死刑判決が下って幽閉された」

「俺は、軍のことはよくわからない。でも、命令に背いたっていうのは死刑になるほどのことなの?」

「ありえない」メリアは首を振る。「普通、謹慎か降格のはず。でもあのときは何かおかしくて、ただ命令に背いただけなのに、いつの間にか反国家の話になってて――私は、ただの見せしめだとしか思えなかった」

「それで、カチコミかけたの?」

「そう。周りは待てって、状況ちゃんと見ろって、話がわかるまで動くなって言ってたんだけど、待ってたら間に合わなくなるかもって思ったら、じっとしていられなくて」

 メリアのそれは普通にアレだよね反国家扱いにはなるよね。よりにもよって王城にカチコミかけたんだもんね。自分のために部下が王城にカチコミかけて捕まったのだと思うと、アレックスの心労は相当のものだったんじゃないだろうか。言わないけど。

「子供を助ける、そのためにちょっと命令を無視する、それだけのことで反国家だなんて絶対におかしい。上官に殴りかかったわけでもないのに」

「その国のために戦うの? 命がけで?」

「国じゃない、国に住む人たちのために。今のわたしは死刑囚だけど、軍人だった頃から、それは変わらない」

 なんだ。やっぱりいいやつじゃないか。

「ユリウスと、協力するつもりはある?」

 訊くと、案の定メリアの表情は曇った。

「正直、乗り気ではない。でもあいつの魔法が強力なのは確かだし、きっとこの先必要になる」

 なるほど、戦況は見えてる。まあ軍人だもんな。気に食わない相手と共闘することくらいあるんだろう。

「じゃあ、俺に協力してほしい」

 メリアがぱっと顔を上げて俺を見る。続きを話せと顔に書いてある。

「アレックスにもユリウスにも同じことを言う。魔王を倒すためにはみんなの力が必要だ。だから、俺に力を貸してほしい。そしたら、嫌いな相手と直接協力しあうより楽にならない?」

 どっちかが、あるいはどっちもが変に我慢するのはきっと効率が良くない。間に誰かが入って円滑に回るようになるなら、よそ者で事情を知らない俺が間に入るのが、きっと一番いいはずだ。

「勇者様ってさあ、口八丁で渡り歩いてきたタイプ?」

 メリアが呆れたように笑うので俺も笑う。

「勇者なんてそんなもんだよ。それぞれのパラメータは突出しない、その代わりに皆をまとめ上げる」

 俺は所詮、ただの男子高校生だ。運動神経が良いかというとそういうわけではない。頭が良いかというとそういうわけではない。だからその分だけ笑う。大言壮語を吐く。ペテン師と言われようが、どうでもいい。希望が力になるかはわからないが、絶望が力を削ぐのは確実だ。メリアはたっぷりとため息をついた後、「軍師ですらないか。そっか、勇者か」と言って頭を掻いた。

「わかった、協力する」

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