命知らずは勇者の必須スキル
ここまでのあらすじ。街にいたと思ったら謎ゴリラの謎魔法で謎の場所に飛ばされて謎のゴリラと対面している。以上。
「はじめましてと言うべきかな? 僕は君たちをよく知ってるけど」
素? これ素なの? アニメの中盤に出てくる謎の重要キャラみたいな口調だけど素なの?
「どちら様ですか」
「はじめまして勇者さま。いや、勇者未満かな。先代の血は引いているようだけど、何もしていないうちから勇者と呼ばれるのは荷が重いだろう?」
いや、まあそうだけど。お気遣い痛み入りますけど質問に答えてくれ。
「リュグナか」
アレックスが声を上げる。
「おや、知っていてくれるんだね。光栄光栄」
「知り合い?」
「知り合いも何も、有名人だ。歴史書に載るほどの偉人、この世ならざる城に住む観測者。この国の礎を作り上げた大魔導師」
国の礎を作り上げた大魔導師。この世ならざる城に住む観測者。歴史書に載るほどの偉人。なるほど概要はわかったけどその偉人を呼び捨てってどうなのアレックス?
「なに、今はただの老いぼれだよ。国の礎を作るなんて難しいことじゃない、何より難しいのは維持することだ」
「そんな、ご謙遜を」
アレックスがわたわたと膝をつく。その隣でメリアも同じようにするが、ユリウスは二人を気に留めない。俺はどちらにつくべきか悩んでちょっと中腰で静止してしまった。だせえ。
「長生きって、どれくらいですか」緊張と混乱のあまり頭の悪い質問が出た。
「さあ。もう忘れてしまったな」
「うちのじいちゃん――先代勇者のことは、ご存知ですか」
訊くと、リュグナは「ああ」と答えて笑った。「名に違わず勇敢な男だった。でもまあ、伝説として又聞きするくらいでちょうどいいだろうな。あれと一緒に旅をしていたなんて、あの四人も随分酔狂だった。あの男のあれは勇敢ではなく無鉄砲とか破天荒とか言った方が正しいようなものだ」
ひどい言われよう。何したんだよじいちゃん。
「じゃあ、もしかして、魔王の正体も知ってるんですか」
「魔王の正体、ね。それはそこの魔道士に訊いたほうがいいんじゃないか」
リュグナが指で示したのはユリウスだった。俺とメリア、アレックスを含めて四人分の視線がユリウスに集まる。
「神をも畏れぬっていうのは君みたいなものを言うんだろうな。禁忌を踏み荒らし呪いを背負って、欲しいものは手に入ったかい」
「……生きていればこそ、欲というのは無制限に湧き出るものだ。違うか?」
「さてね、僕にはよくわからない話だ」
待って急にわかんない。なんかすごくハイコンテクストな会話してない?
「永遠に湧き続け、永遠に満たされることのない欲。それに加え、君の場合は『死』という誰もが持っているはずの結末すら、希っても得られない。ずいぶんな悪趣味をやるものだ」
は?
え、何?
「無駄話をするために呼びつけたのか?」
「もちろん。僕は君に、ぜひ一度会ってみたかったんだ」
そう言うなり、男は腕を振り上げた。その手の先にはいつの間にか剣があった。切っ先が弧を描き、ユリウスの腕が落ちる。
「ユリウス!」
慌てて間に入ろうとした俺をユリウスが残った片手で制する。口の中で呪文を唱えると、切り落とされた方の腕がずるりと生えた。リュグナは続けざまに剣を振るい、ユリウスはそれを除けたり弾いたりする。
「その程度の防御魔法で防げると思っているなら甘い」
リュグナが笑いながら剣を横薙ぎに払い、その切っ先に掻き切られてユリウスの胴が裂ける。裂けた腹から赤い血と、緑の泥が溢れる。
――緑?
リュグナが再び剣を振り上げ、俺は考えるのをやめて二人の間に滑り込む。がむしゃらに振り上げたエクスカリバーがリュグナの振り下ろした剣とぶつかって火花が散る。金属の擦れ合う音がして、やがて止まった。止まったというか、止めた。腕の力を少しでも抜けば押し負ける。そういう程度。っていうか普通に考えてゴリラの腕力と釣り合うわけがないんだから、これ加減されてるよな多分。
「へえ、動けるんだ。そこの軍人二人だって動けないのに。さすが勇者様だ」
ほら余裕だもんこいつ。くそ、勝てるわけねえだろうが。
リュグナの言い草からするに、俺たちは知らないうちに何かの術を掛けられていたらしい。確かに、アレックスもメリアも完全にとはいかないまでも動けないでいる。微かに動く口からも声が出ているわけではない。
「……俺の、仲間を、傷つけるのは、やめてください」
どうにか訴えたところで、相手の力がふっと緩んだ。剣を弾き飛ばし、また中段に構え直す。相手の方は再び構える気も無いというふうに剣を手放した。床に倒れ込もうとした剣は、その直前でぱっと消えた。体の中に血液が戻ってくる感覚があり、めまいがした。歯の根が合わない。情けねえ。リュグナは心底おかしそうに双眸と唇を歪めている。笑顔だけ作ってはいるが、少しも笑っちゃいねえ。
「仲間、仲間ね。ずいぶん威勢がいいが、そこの君たち、彼に何も説明していないのかな?」
リュグナが視線を二人にやる。二人はまだ動けない。返事ができないことだって、術を掛けている本人なんだからわかっているだろうに。
「いや、教えられなかったのか。彼について語ろうとすれば自分たちについても語らなくてはいけなくなる。新進気鋭たる勇者様に対して『実は自分たちは死刑囚なんです』なんて言えなかったんだろう」
え?
死刑囚? 自分たち? まさか、全員?
「彼らが語らないなら僕から話そうか。彼は死なない。死なないというよりそもそも生きていない。腕が落ちればそれを複製し、腑が腐ればそれを複製するだけの、喋る剥製。単なる
「喋る、剥製……?」
待ってくれ。頭が追いつかない。生きていない、目の前で動き話しているユリウスが生きていない? ってどういうことだ? 敵と味方の違い? 魔物? 俺はなぜ魔物を倒す? 魔物だからか? 勇者だなんて呼ばれて粋がって、俺は――?
混乱する俺を見てリュグナは唇を歪め、ユリウスに向き直った。
「君はかつて、ひとつの村三千人にとある魔術を施したな。君のしたことで、三千人が内臓を焼かれる苦しみの中で土を壁を肌を掻き毟りながら死んでいった。 ――同胞を恨み、憎しみ、老人から赤子まで無差別に殺し尽くしてみせた君が、今更どの面下げてこちらの仲間だと言い張れる?」
「少なくともお前よりは働いているつもりだがな。会いたいと言いながら他人を呼びつけ、自分はここから出ることすらしない引きこもり様?」
つい反射的にビンタが出た。
「なんっっっっでこの状況で煽れる!!!!!????? なんなの!!!!!!!!!!!! やめて!!!!!!!!!! 話を!!!!!!!!!! して!!!!!!!!!!!!!!」
半泣きで怒鳴りながらユリウスの肩を掴んでがったんがったん揺さぶっていたら背後から笑い声が飛んできて我に返る。はたと見ると、散々揺さぶったユリウスは目を回してちょっとぐったりしてしまっていた。
「勇者、勇者ね。確かに勇者だろうね君は」
「……勇者とは大馬鹿者のこと、とかはこいつに一度言われているので繰り返さなくていいですからね」
「そうか、存外気が合いそうだ。はは、あはははは」
声を上げて笑いだしたリュグナは、今までの剣呑な雰囲気とは打って変わって、普通だった。普通の、ただの、善良でフレンドリーな隣人の顔をしていた。
「いやあ面白かった。気が変わった、手を貸そう。右も左も分からないらしいから余計なことをどんどん吹き込んでからかおうと思ってたのだけど、勇者の血筋ってのはみんなそうなのか?」
とかってせっかくありがたい申し出があったのにユリウスが「結構」とか言いそうになってるから「結構」の「けっ」の時点で追いビンタをかまして黙らせた。
「お前よくもあれを受け入れられるな」ユリウスがぼそぼそと俺に囁く。
「自分のことを棚に上げて何を仰る。勇者の器をなめるな」
「底に穴でも開いてるんじゃないか?」
「俺の居た国には『割れ鍋に綴じ蓋』って言葉があってね。いっそ丁度いいだろ」
「相談は終わったかな」
「ええまあ」振り向くと、メリアとアレックスはまだ動けないようだった。術かけっぱなし。「あの、二人に掛けた術を解いてもらえますか」
「うん? ああ、ごめん忘れてた。正直あの二人にはあんまり興味無いんだ」
一言多いのは魔道士のデフォルトなの?
術を解かれた二人は即座に臨戦態勢に入り、俺が間に入ってどうにか収めたものの、特にメリアは完全にリュグナを警戒の対象にしてしまったようで、今にも噛みつきそうな勢いで睨んでいる。どうどう。
「さて、ユリウス。改めて、魔王の正体について語るつもりはあるかな」
さっきまで剣を振るっていた何もない空間の真ん中で、椅子というか、座椅子の背中が無いバージョンというか、座布団にしては分厚くて固くて椅子と呼ぶしかないけど椅子と呼ぶのもなんか違う気がするサムシングてきなものに五人ともが座って膝を突き合わせる。
「無い」
「だろうと思った。じゃあ僕から話そう。君たち、ガロで異質なものと戦わなかったかい。具体的には人と」
人。っていうかゴリラ。確かに戦った。道中相手にしたスライム、ムカデ、ゴキブリ、ネズミに比べるとかなり異質だ。
「魔というのはね、心に巣食うものだ。神と同じ。彼らは心中に巣食う魔に突き動かされて人を襲う」
持って回った言い回しがなんとなく飲み込みにくくて首を傾げる。ええと。
「道端にいるスライムとかムカデとかは?」
「あれは何て言うかな、あまりだ。人が放棄した悪意の、手放した憎しみのかけら。大きければ大きいほど、強ければ強いほど、それは人の誇りでもある」
手放した憎しみ。誇り。誰にもぶつけずに飲み込んだ憎しみがあれ。……なんで受肉してんだ……?
「魔王というのはね、憎しみを振りまく存在だよ。憎しみを振りまき、人の憎しみを糧とする。ちょうど、畑に種を撒けば植物が育つのと同じだ。人の心は彼らの糧である憎しみを育てるための土壌に過ぎない」
「……はあ」なんか難しいことを言われている。助けを求めてアレックスに視線を向けてみるも、アレックスも首を傾げるだけで、よくわかっていないらしかった。
「ガロで君たちを襲ったあいつは、憎しみを捨てきれなくて飲まれてしまったんだろう。それは別に悪いことではないし、魔王が意図したことでもない」
「意図していない?」
「うん。だから本当は魔王なんて存在しない。彼らは何にも統べられてなんていないんだ」
リュグナはそこで一度言葉を切り、ユリウスの顔を見てまた笑った。人がいい方の笑い方ではなく、それこそ悪意を孕んだ笑い方だ。
「いや迂闊だった。彼女は何も統べていないと言った方が良かったかな」
「……撒き散らしてるのは事実だろう。生むだけ生んで管理はしないんだからよほどたちが悪い」
よくわかんないんだけどティアマトの話してる?
「まあ、倒すべき本元は変わらない。あんなに無尽蔵に悪意を振りまかれちゃきりがないからね。倒すあてはあるのかな」
「ある」
「あるんだ?」
「なければわざわざこんな面倒なことに付き合うはずがないだろう?」
面倒て。ほんといい性格してんなこいつ。
「まあまったく同感だ」
リュグナ、お前もか。
「僕は面倒だから旅には付き合いたくない。でも困ったら呼んでくれ、十分程度なら力になろう」
「呼ぶって、どうやって」っていうか十分て。
「君の声なら地の果てにいたって聞こえるだろうさ。国内くらいなら近所だ」
うん、ありがとうごめんやっぱりよくわからない。
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