ガロ襲撃

 ガロまでおよそ三十分。その間も声は聞こえた。


――嫌、嫌いやいやいや! 誰か! 誰か助けて!!


――怖い、こわいよ、誰か、お願い、かみさま、兵隊さん、お母さん、誰か助けて――


!」先頭を走っていたメリアが叫ぶ。

「確かにガロの方角だ、何が起きてる?!」ほとんど同時に、アレックスにも聞こえたらしい。

「わからない、わからないけど急がないと!」


 更に十分を無我夢中で駆けて、村に入った。村の異変は一目瞭然だった。まず人の気配がない。それから、建物がいくつも破壊されている。地面には道中見たようなスライムや巨大な虫が這い回っている。

「何が起きてる?」

「……魔物の襲撃を受けたんじゃ」

「だが、それにしたっておかしい。こいつらが建物に攻撃するほどの知能を持っているのか? 中に誰かがいるのを知っていると?」

 いや詳しくは知らんけどでも確かに、草原で見た魔物はどれもあまり賢そうではなかった。コマンドで言うと「どうぐ」と「にげる」が無くて「こうげき」一択みたいな。相手に戦略のせの字も無かったから剣すらまともに振れない俺でも自分の身を守ることくらいはできたという具合だった。

 並び立つ建物はそのほとんどが傷ついている。例えば窓や扉。明らかにそれが通用に適っているとわかっての攻撃に見える。例えば窓越しに誰かの姿が見えて、そこにあの巨大ゴキが突っ込んだというのは想像できなくもないけど、ドアの方はちょっとあいつらだとは考えにくい。第一、攻撃痕が焦げている。

「これ、打突の痕跡じゃないですよね」

「……だな。今まで会ってないような、もっと強い魔物がいるのかもしれない」

「でも、こんなところに? 今まで見ていないような魔物が、西から来てるって話だったのに、それでどうして」

 メリアは少し混乱しているのか、話にまとまりがなくなっている。

「ここに、狙われるような何かはあった?」

「何かって?」

「ええと、たからものとか」

「ふざけてる?」

 ふざけてはいない。発想が貧困なだけ。でもごめん。

「メリア、せっかく勇者さんが考えてくれてるのにその言い方はないだろう」

 いやあのせっかくなんだけどごめんフォローやめて。なんかつらいからやめて。メリアもしょんぼりするのやめて。

「あ、そうだ、助けを求めてた子。あの子に聞こう、何が起きたのか。テレパシー使えるんだよね?」

「そうだな。呼びかけてみよう」

 つっても俺まだイマイチそのテレパシーっていうのを飲み込んでないんだけどそれってどういう仕組しく「おーーーーーーーい!!!!! 助けに来たぞーーーーーーーー!!!!!」え? 待って物理?

 俺の狼狽を他所にアレックスは引き続き「聞こえたら返事をしてくれーーーーー!!!!!」とか大声で呼びかけてるんだけどちょっと待って俺にもツッコミ入れるタイミングをくれ隊長。っていうか翻訳ももうちょっとやりようあったんじゃないかこれ。何をどうしたらテレパシーなんて翻訳になったんだ?


――ここ! ここにいる! 助けて!!


 届いた。間に合った。……んだけど、なんかちょっと感情が混乱していて咄嗟に動けない。情報量。情報量が。

「何ぼーっとしてんだ?! あっちだ、行くぞ!」

「あっはい」

 駆け出したアレックス、メリアの後に続いて声がした方向へ走る。窓が割れた一軒の家。ずたずたに傷ついた扉の奥の、更に奥。キッチンの戸棚の中に、助けを求めてきた少女が居た。家中に魔物が這い、あるいは飛び回っており、おそらくは怖くて出られなかったのだろう。

「無事か」

 アレックスが差し伸べた手に、少女は少し怯える風を見せた。知らない大人に怯えるのはほとんど当然のことだろう。まして、アレックスは今まで見てきたゴリラたちの中でもひときわ大きいのだ。人格を知っていればかっこいいで済むが、初見ではそりゃあ、ビビる。

「私たちは君の味方だ。助けに来た。怖かったな、もう大丈夫だ」

 アレックスの声は優しい。おそらく表情も優しいのだろう。ただその背後ではメリアが黙々と魔物を潰しており、子供には刺激の強い光景がガンガンに広がっている。せめて消滅演出があればよかったのだが、そんなものはない。魔物は普通に体液を撒き散らし骸と化す。草原にいた時は気が付かなかったけどそこそこの悪臭がする。

 ほんの少しの間を置いて、少女はおずおずと戸棚から這い出て、アレックスの腕に縋った。まだ本当に小さな子供だ。

「教えてくれ。ここで何があった? なぜ村の中にまで魔物が入ってきたんだ?」

「……わからない、外で大きな音がして、怖くておうちから出られなくて、なのに窓から魔物が入ってきて」

「大人はいなかったのか? 留守番?」

「……留守番、してた」

「そうか。偉かったなあ」

「隊長、その子連れて外に出ましょう。籠城戦はちょっと分が悪い、数が多すぎます」

「ん? ああ、そうだな。家の中じゃろくに魔法も使えないしな」

 助けを求めていた子を見つけたという安堵からほんの少しだけ空気が緩んだその瞬間、轟音と何かの雄叫びが空気を揺らした。

「何、今の?!」

「出よう! 何かいる!」


 転がるように外に出ると、辺りには土埃が立ち込めていた。風に流れる埃の出処は、二時の方向、たぶんおよそ二百メートルほど。あそこに、何かが居る。さっきほどの轟音ではないにしろ、断続的に何かを破壊するような音が聞こえてきている。おそらくは建物に攻撃しているのだろう。

「魔術師先生、この子を頼んでもいいか。防戦なら先生が一番得意だろ」

 アレックスが頼んで、ユリウスが請ける。子供を受け渡す間も、アレックスは土埃の方角を睨んでいる。

「勇者さまもあんまり魔術師先生から離れるな。メリア、陽動を頼む」

「了解」

 その時ふと、音が止んだ。つばを飲むことも憚られるような重い静寂が満ちる。そして、数秒後に咆哮。何かを破壊しながら、何かがこちらに向かってくる。

「気付かれた! メリア、行くぞ!」

「はい!」

 互いに声を掛け合い、メリアが右に、アレックスが左に駆け出す。ユリウスが口の中で小さく呪文を詠唱する。

くらいはしておいた方がいいだろう。雑魚にかまっている暇はない」

 ユリウスの基本属性は面倒くさがりだ。面倒くさがりではあるが、自分に降りかかりそうな火の粉は予め全力で消しにかかってくれるから結果的にこちらも大分助かっている。目端が利くんだろうな。


――なにあれ。


 メリアの声が聞こえる。どこかに反響しているんだろうか。


――何、何なの、なんで――


 混乱している? 何かあったのか?

 その数瞬あと、土埃の向こうに影が見えた。アレックスでもメリアでもないことは瞭然だ、二人が正面からこちらに向かってくることはない。だが、


 影は、ゴリラの形をしていた。

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