実態とは名前に引きずられるもの

 なんか魔法とかがある世界だからもうちょっとファンタジーっていうか割と具体的に某RPGの世界を想像していたのだけど実際に見てみるとサバンナ。見渡す限りの草原。ときどき建物があり水道も整備されているので泉から水を飲んだりする必要はゼロ。踏むとHPを削られる毒の沼とかも特に無く、ときどき何かのウンコが落ちている。魔物もウンコすんのかな。

 空は青く、草は緑。遠く見える山も青々としていて、なんだかものすごく、雄大なるかな大いなる自然。

 そんで途中荷馬車――馬が引いてるわけじゃないから馬車というのはおかしいんだけど町から町へ荷物を運ぶ現代日本で言う長距離トラックてきなもの――とすれ違った。異世界でも車輪は丸い。丸くなかったら転がらないだろと言えばそこまでなんだけど、なんか感動するな。全然関連のない世界同士の文化が類似するっていうのは結構感動する、俺は。

「勇者さまは変なところに気がつくんだなあ」

 アレックスが呆れたような顔をする。ちょっと表情がわかるようになってきている。

 道中、駐屯兵の詰め所に寄って水道とトイレを借り、ついでに櫛で全身のホコリを落とす。俺は学ランについたゴリラの毛も一緒に落とす。まあどうせまた付くんだけどさ。っていうかこう言っちゃ失礼なんだけど存外きれい好きだよねゴリラの面々。もっと荒々しい生き物だと思ってたわ。ごめんなゴリラ。

「異世界から勇者を召喚するとは耳にしていましたが、まさか本当だったとは」

「しかも、こんなに小柄な方とは思っても見ませんでした。失礼ですが、おいくつでいらっしゃいますか」

 複数のゴリラに囲まれて矢継ぎ早に質問を受けながら、その顔ぶれを見比べる。よくよく見ると鼻の周りのシワの量が違ったり、毛の色が違ったり、もちろん身長を含む体格が違ったりする。やっぱ目鼻の周りに特徴が出るのかな。わかんね。

 取り敢えず今の立ち位置で言うと、右にいるのがガリレイ。左がヘンリー。しかしなんでこう、聞いたことあるような名前が多いんだ?

「ずいぶん人気ものになってるね」

 メリアが笑い含みにそんなことを言い、俺は「珍しいだけだよ」と返答する。人間社会に居ては珍しいところなんてなかったのに、唐突にこうも珍しがられると気後れしてしまう。でも逆なら人間世界に喋るゴリラがいるみたいな話だし、気になるのは当然なので別に嫌な気がするわけでもない。語ることが特に無いだけで。

「今朝、乗り物はないのかって言ってたやつ。聞いてみたんだけど、やっぱり一人乗りしか無いみたい」

「一人乗りかあ」

「これくらいの規模のところだと、早馬くらいの役割しか無いんだよね」

 それもそうか。んん、一人一台借りるにしても四軒回らないといけないわけで、その間の移動はネックになるしなあ。

「お力になれず、残念です」

 詰め所の代表者であるらしいひとりがしょんぼりと肩を縮める。

「いえ、こちらこそすみません。事情がさっぱりわからないので、皆さんに無理を言ってしまって」

「いえいえ、私どもに何かできることがあるなら、何なりと仰ってください。喜んでお力添えしましょう」

 わー、すげえいい人。でもどうやってここに連絡するんだろう。

「心配はいりません、どこの誰でも勇者さまのためとあらばきっと喜んで尽力するでしょう」

 なるほど。


 ひと通りの話を終えて詰め所を出、俺たちは再び西へ歩を進める。十数分走ったところで、声が聞こえた。


――たすけて。


「ねえ、今誰かなんか言った?!」

「俺は何も言ってないぞ!」

「何も言ってない!」

 アレックスとメリアが答える。走りながらなので自然と大声になる。


――お願い、誰か助けて。


「助けてって言ってる!」

 アレックス、メリア、ユリウスがそれぞれ足を止める。俺はアレックスの背中から降りて、また声が聞こえないか、あるいは何か見えないかと首を巡らせる。見渡す限り、何の変哲もない草原だ。

「声って、どんな」

「小さい女の子みたいな」

「助けてってどういうこと?」

「わからない」

「誰か聞こえたか?」

 アレックスの問いかけに、メリアとユリウスが各々否定する。

「どこから聞こえた?」

「あっち」

 俺は声がした方を指で差す。西に向かって移動していたのだから、北方向のはずだ。

「ガロの方向だ」

「ガロ?」

「あっちに小さい村がある。その名前がガロ」

「襲われてるんじゃないの」

「まさか。第一、なんで勇者さまにだけそれが聞こえたんだ?」

「わからない」

「罠じゃないのか?」

 罠? 誰の? いやそりゃ敵でしょうけど。でも。


「助けてって言われて無視したら勇者じゃないだろ」


 直後、弾かれたように大笑いし始めたのは、意外にもユリウスだった。そんな笑うのかお前。

「面白い。俺は乗るぞ」

「しかし」

「世界を救う旅だろう。それともガロは世界に含まれないと? 百を救うために一を切り捨てると? ずいぶん丸くなったものだ、殿。いや、だったか?」

 うわ。急に喋ったと思ったら嫌味がキツい。そんなキャラだったのかユリウス。

 ユリウスに煽られたアレックスはガリガリと頭を掻き、三秒ほど固まって盛大に溜息をついた。

「……わかった。行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る