異世界ゴリラはビームを吐く

 ハロー俺勇者。勇者って何だよ。知らねえよただの男子高生だよ。

 異世界二日目、ぜひとも張り切って進めていきたいところなのだけど宿のベッドがものすごいガサガサで、体表が毛で覆われているからだろうか、どうもゴリラはあんまりフカフカ感とか求めていないらしい。魔法とか化学とか技術はありそうなのに、需要が違うとこうも変わってくるか。カルチャーショック。おかげであんまり疲れも取れていない。痛む腰をさすりながら寝床を出たら軍人二人も魔術師もすっかり起きている。

「よく眠れたか?」

「あー……うん、まあ」

「よく眠れなかったって顔だけどな」

 アレックスが自分の目元を指しながら笑う。目が赤いか、隈ができているかはわからないが、そんな顔なんだろう。

「みんなはよく眠れた?」

「おう」

「バッチリ」

「ユリウスは?」

 返答なし。否定しないなら肯定なんだろう。メリアが「腹から声出せ」みたいな顔でユリウスを睨むのでジェスチャーでいなしておく。アレックスが同じくいなしてくれる。いいね隊長。頼りにしてます隊長。

 町の出口に向けて歩く道中にはやはり露店が並んでいた。落ち着いて眺めてみると、露店にもなんとなく分類があるらしいことがわかった。果物のゾーンは果物の店が並び、野菜のゾーンには野菜の店が並ぶ。

「そういえば、昨日は忘れてたけどやくそうとか買わないでいいの?」

「薬草?」

「ええと、HPを回復する系の」

 言ってから「HPは通じないだろう」と思ったものの、アレックスは案外普通の様子で「ああ、回復薬か」と答えた。HPの概念があるのかこの世界?

「そういうのは薬草じゃなくポーションだ。でもアレ系は副作用が怖くてなあ」

 ポーション?

 あれ、ポーションって普通の単語だっけ。ああでも薬草だって普通の単語か。ゲーム内の固有名詞ではないのか。

「副作用があるんだ?」

「そりゃそうでしょ。薬だもん」

「使いすぎると幻聴が聞こえたり体中を虫が這い回ってる幻覚を見たりするらしいぞ」

 覚醒剤!!!!!!!

 薬物乱用・ダメ・絶対!!!!!!

「道具っていうのは、できるだけ低リスクで魔法を享受するための触媒だ。リスクが低いものは効果も薄い。逆に、効果が高いものはリスクも大きい。そのへんで売ってるようなポーションにそんなに大きな副作用はない」

「つまりそんなに大きな効果もない?」

「その通り。飲み込みが早いじゃないか」

「隊長ちょっと俺のこと子供だと思ってない?」

「……思ってるが、違うのか?」

「俺いちおう十七なんですけど」

「え?」

 アレックスとメリアが声を揃え、ユリウスまでもが驚いた顔でこちらを見た。

「そんな小さいのに?」いや身長で言えばメリアよりは高いじゃん。

「直立でそれでしょ?」そうだけど。

「十七って、隊長と変わんないんじゃ」マジか。

「翻訳なんてのはそんなに高度な魔法じゃない。要するに話者が発した言葉を聴者が知っている中で一番近い言葉に置き換えているだけだ。最低限の疎通は可能だが、正当性にはあまり期待するな」

 我慢できなかったのか、珍しくユリウスが割と大きめの声で口を挟んだ。

 なるほどつまり、俺の一年あるいは十七歳とゴリラ界のそれは食い違っている可能性があると。回復薬がポーションって聞こえたのも俺の中にポーションって単語があったせいってことか。世界観ゲーム混ざるなあ。っていうか実際、個々の言葉と日本語を魔法で翻訳してるってこと? だとしたら結構すごくない? SVO的に結構イレギュラーだったはずなんだけど、日本語。

「知らん」

 投げ遣り。

「まあ、なんだ、そのへんで腹ごしらえでもしていこう。いい匂いがする」

 アレックスが言って、俺とメリアが賛成する。ユリウスは黙ってついてくる。


 店員の説明は「シチュー」だった。出てきたのは野菜と豆を煮たスープ。ポトフ感もあるけどまあまあ割とシチューに近い。心持ち塩気が強いけどこの程度なら全然問題じゃない。そうか、翻訳の正当性ってこのレベルの話か。オッケーオッケー。

 一方で割と鬼門なのが調理されていないもの、例えば果物とかで、レモンに見えた果物が甘辛かったりりんごみたいな赤い果実が苦渋かったりする。メリアは「食って危ないものはない」と主張するのだけれど、どうも気が休まらないというか、安全と安心は違うというか、どこぞの偉い人が言っていたセリフの意味が最近ちょっとわかった気がする。甘さを想像して食ったものが苦かったのに「安全」だけを言われてもなみたいな。違うか。

 肉のない食事も朝食としては悪くない。むしろ良い。温かいスープに果物、パンとクラッカーの間くらいの何か。良い。

「さて、腹も温まったし、行くか」

 アレックスが大きく伸びをしながら号令をかける。もう俺の代わりに全部仕切ってくれないかな。

「そういう訳にはいかないだろ、子供じゃあるまいし」

「さっきまで子供だと思ってたくせに」

「まあ、年下にゃ変わらないけどな。勇者さまの隊だ、きっちり仕切ってくれよ」

 言いながら唇の端をにっと吊り上げて、アレックスは笑う。うーんどこから来るのかこの貫禄の差。

「先に目的地を確認しておきたいんだけど」テーブルに地図を起き、現在地を表示させる。素晴らしいな、この手慣れた使用感。

「今日はここから北西の、この町までの移動だよね」

 ところで魔法の翻訳範囲はあくまで音声会話のみに限られるようで、字はさっぱり読めない。あとで数字の読み方くらいは教わったほうが良いかもしれないな、せっかく目的地までの距離も出てるっぽいのに。あ、でも単位がわからないか?

「だいたい二百キロくらいだな」

「結構あるね」

「途中にいくつか町はあるんだ。途中でへばったらそっちに寄って休めばいい。あくまで目標だから」

「ちなみに乗り物とかって無いの? 歩くより早いやつ」

「あるにはあるが、借りても返せないかもしれないだろ?」

 ああ、レンタカーで魔王討伐に行くとかそういう感じか。確かに傷でも付けたら賠償ものだもんな。いや良くない別にそれくらい? 勇者ぞ? 我、勇者ぞ??

「まあ、そうだな。貸してくれるところはあるかもしれないから、打診はしておこう」

「どうやって」

「テレパシーで」

 テレパシーで。

 たぶんこれはあれだ、魔法かなにかだ。翻訳の揺れだな。無罪。魔法はありでテレパシーはなしっていう自分の基準も正直良くわからないけどなんとなくテレパシーはなしだ。魔法世界にあってすらなんとなくイレギュラーだ。単純にRPG世界の中でテレパシーが存在しなかったせいだと思うけど。話の流れごちゃごちゃになるし仕方ない。


 そんなわけで今日も俺はアレックスの背中に乗ってサバンナを移動する。楽なんだけど申し訳ない。実質、っていうか物理的にもただのお荷物なんだよな俺。

 ところでメリア曰く「隊長は不器用だから」とのことなのだが、アレックス、口からビームを吐く。アメコミの敵キャラにしか見えないそのビジュアル。やばい怖い。詳しい説明を聞くと、どうも魔法というのは基本的に口から出るものらしい。これもメリア曰く、「口で詠唱するんだから口から出るのは当たり前でしょ」とのことなのだが、なんとなく釈然としない。

「あれは器用さの話なの?」

 昼を回ったのでそのへんの草むらに陣取って昼飯を食う。両足を投げ出してむしゃりむしゃりと葉っぱやら果物を食べているゴリラ三人は当然だがすごくゴリラ然としている。っていうか肉食わないのになんでそんなにムキムキなんだ三人とも。

「そりゃあ、多少は。もうちょっと器用なら手から出すことくらいできるし、武器に帯びさせることもできる。もっと器用だと飛び道具に乗せて、体から離れても術を帯びてる状態にできるとか聞く」

「飛び道具っていうと、矢とか?」

「普通にその辺の石とか投げたり」

 なるほどこのゴリラ脳筋である。

 一方の俺はと言うと、取り敢えず今日は自分の身を守る程度には戦線に参加したのだが、聖剣エクスカリバーがなんだかすごく強力でどんな敵もすぱすぱ豆腐みたいに切れてしまうからそんなに怪我はしないで済んでるけど却って罪悪感というか、「動物虐待」とか「密漁」とかの単語が脳裏をガンガンよぎる。

 敵はスライムみたいなのだったりクソでかいムカデだったり可愛くないゆるキャラみたいだったりした。似たようなのがゆるキャラグランプリに居たよな〜〜〜〜〜と思うのだが生憎検索もできない。そして名前を思い出せたとしてもわかってくれる人間が居ない。写真撮って帰りたい。

「それにしてもすごい剣だな。スライムを一撃で倒していただろう」

「え? スライムってザコじゃないの?」

「攻撃力は高くないけどね。物理攻撃は効かないし、動きが早いから魔法でも手こずる難敵だよ。まとわりつかれると結構危ない」

「そこらの刃物じゃ切っても増えるだけだしなあ。さすが伝説の剣だ」

 どこまでマジで言ってるのかよくわからない。スライムイコールザコって認識はドラクエ由来なんだけど、そういえばラッキーマンか何かでそんなんいたなあ。ばらしてもくっついちゃってダメージが通らなくて、最終的に油撒いてくっつけなくして勝ったやつ。たぶん勝利マンが戦ってたやつ。あとあれか、ドラゴンボールのブウのイメージ?

「俺としてはあっちの方が百倍怖いんだけど。あれ、巨大ゴキブリ」

 魔物の中には、ゴキブリそっくりなやつがいた。それも、サイズが尋常ではない。一抱えくらいの大きさはある。それが脚をカサカサさせながら迫ってくるので、その時ばかりは棒立ちになっていることすらできず、悲鳴を上げて逃げたのだった。

「あれこそザコじゃん。直線的にしか飛ばないし」

「あれはちょっと……生理的に無理……」

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