お荷物系勇者:俺

「何?! なんなの?! なんで――魔物じゃない――何あれ」

 狼狽しきったメリアの声が響く。

 人間界てきに言うとテロリストとか殺人鬼みたいなものだから、そりゃ怖がるのはわかるけどそこまで狼狽することだろうか。最終的に一番怖いのは同じ人間だよみたいな話がこちらには無いのかな。ゴリラは絶対正義なの? なわけなくね?

「あいつがこの魔物を操ってるってこと?! そんなことがあるの?!」

 そっちか。

 メリアと違って声こそ聞こえないが、アレックスの方も動きがない。そして俺も動けなかった。今回のオーダーは魔物と魔王の討伐だ。その上、俺は今のところエクスカリバーを制御できていない。向かってくるなら構えるしかないが、峰打ちだとかの器用なことはもちろんできない。構えて振り下ろせば豆腐みたいに真っ二つになるだけだ。それでいいのかどうか。

「ち」

 背後から舌打ちが聞こえた。ユリウスだ。

「お前ら色や形で敵を判別してるのか? 背後にあるものを忘れたか? 何のために魔物を打倒する? 守るべきものを守るためじゃないのか」

 台詞が長い。でもその通りだ。さっき救ったばっかりの少女を、どこかに隠れているかもしれない村人たちをむざむざ見捨てる訳にはいかない。俺は重い剣の柄を竹刀と同じ形に握り、中段に構える。


 来るなら来い、真っ二つにしてやる。


 その時だった。敵ゴリラが破壊した建物の中から悲鳴がした。あの家に人が、それも複数人がいる。

「メリア!」

 アレックスの声が響く。

「作戦変更、打倒ではなく捕縛! 敵が魔物ではないなら捕まえて司法に引き渡す! これ以上家屋に攻撃させるな、中に人がいる! 勇者さんは悪いがそこを動かないでくれ、気を回せない!」

 オーライ。ほんとお荷物だな俺。

「大した甘ちゃんだな」

「黙ってろ!」

 おおお、なんでそう余計なことを言うんだこの男。今のところお前もこっちお荷物側だからなユリウス。いやまあ防御魔法とかすげえんだけどさ。

 向かって右からメリア、左からアレックスが敵に攻撃を仕掛ける。アレックスの方に腕を振ればメリアが殴りつけ、メリアの拳を防ごうとすればアレックスが殴る。どこに人がいるかわからない状態ではさすがにビームを吐くわけにもいかないらしい。あれ怖いからやらないでくれた方がいいけど。

 おそらく力は相手の方が強いのだろう、アレックスもメリアも避けることに神経を使ってしまっているように見えた。空を掻いた拳が木を倒し、地面をえぐる。

「腕くらいなら取れても回復できるけどな」

「サラッと怖いこと言わないでほしい」

 治ればいいってもんじゃないだろそもそも。

 二人は建物のない方向、大通りの真ん中に敵を誘導しようと動く。しかしそうすると、今度はユリウスが「虫除け」をした範囲からは外れてしまう。魔物に足を取られたメリアが体勢を崩す。敵が腕を振り上げる。振り下ろす先には、メリアの頭がある。

「メリア!」

 アレックスの絶叫が響く。背後で舌打ちがして、その直後に敵ゴリラの動きが止まる。メリアが体勢を立て直し、その場を飛び退く。敵の腕が動き出し、地面をえぐった。

「……今、なんかした?」

「動きを止めただけだ。攻撃としては一切期待するな」

 おお、やりよる。こっち側とか言ってごめん。お荷物は俺でした。

 敵ゴリラは自分に何が起きたかに頓着するつもりはないらしく、変わらない様子で腕を振り回して暴れるが、もう遅い。一瞬動きを止めたその間に、アレックスがすぐ背後に居る。

 アレックスが右腕、メリアが左腕に同時に飛びつく。敵ゴリラは胴を揺すって抵抗するが、やがてうつ伏せに組み敷かれた。

「勇者さん、そのへんの家にロープがないか? ロープじゃなくてもいい、なんか縛れるようなもの」

「なんか縛れるようなものってそれロープ以外に選択肢ないんじゃない? ビニテ?」

 緊迫した空気が緩み、軽口を叩きながらその辺の家に入る。不法侵入っぽいけどまあ勇者だしセーフセーフ。別に壺割ったり家財盗んだりするわけじゃないし。結局何もしなかったし小間使いくらいは全然やりますよっと。ええと、あった。あったけどタコ糸。タコ糸はさすがに役者不足っぽい。麻ひも。麻ひもかあ。

「麻ひもで平気?」

「ちょっと心許ないな」

「あの」

 声がした方を振り返ると、ゴリラが立っていた。そろそろ驚きもしない。声から察するに女性だろう。

「ロープなら、あります。少し待っていてもらえますか」

「ああ、助かる。ありがとう」

 見ると、そこここの家からちらほら隠れていた人々が出てきたところだった。誰も彼も怯え、青褪め――てるのかはちょっとよくわからないけど、不安そうな顔をしている。

 やがて申し出てくれた人がロープを持って再び現れ、それで敵ゴリラはぐるぐる巻きにされた。そういえばここに召喚されたて王宮に運ばれたとき、俺もぐるぐる巻きにされたっけな。わかんないなゴリラ文化。効率悪くない? っていうかあれやっぱり扱い雑だったんじゃない俺?

「おかあさん!」

「マリー!」

 ユリウスの影に居た少女が駆け出し、近くの建物から出てきた女性と抱き合う。よかった、お母さんも無事だったんだな。っていうかマリーって名前だったのかあの子。なんでやっぱりちょっと人間界っぽいネーミングなんだ? その辺も翻訳なのか?

「ありがとうございます、何とお礼を申し上げていいか」

 マリーの母親が俺のところに来て頭を下げるので俺はどうも恐縮してしまう。なにせ実況しかしていない。

「あー、いえ、俺何もしてないっていうか、実際に戦ったのはそこの二人で」

「いや、勇者さんがこの子の声を聞いたんです。我々ははじめ、気が付かなかった。助けに行くと言い出したのも彼です。我々は彼の指示に従ったまで」

 ちょっとやめてよアレックスぅー、突っ立ってただけなのに恥ずかしいじゃんかー。

「きちんと胸張って礼を受け取るのも勇者の努めだと思うぞ。じゃなかったら助けられた方もやり場がないだろう」

 若干アレじゃないの転嫁っていうんじゃないのそれ?

 マリーのお母さんは結局俺とアレックスの間くらいを向いて深々と頭を下げたのだが、俺はと言うとアレックスに背中を支えられて下がることもできず、結局絵的には俺がお礼を言われた感じになってしまった。うーんむず痒い。

「褒められたり感謝されたりするのも慣れといた方がいい。魔王を倒したら国中どころか世界中から感謝されるんだぞ。勲章ももらえる。もしかしたら爵位ももらえるかもしれない」

「実際いらないって、異世界の勲章とか爵位とかさあ」

 俺がそう言うと、アレックスは声を上げて笑った。

「まあ、何の役にも立たないだろうな」


 それから二、三十分くらいが経って、ようやく近所の駐屯兵が街へ駆けつけた。犯人ゴリラ(?)はその間もぎちぎちと体をくねらせては抵抗を繰り返し、最終的には布団とロープとその他何か巻けそうなもの全般でぐるぐる巻きにされてあれ呼吸できてる? みたいな状態になってしまっていた。

 村の人たちにも話は聞いたのだが、誰も話の経緯はわからないらしかった。夕方に差し掛かるころ大きな音がして、犯人が暴れ始めた。それと前後して魔物が村の中にまで入ってきた。とにかく自分と子どもたちを守るのにみんな必死で、ろくに動けなかった。中には、何が暴れているのかすら知らなかった人もいた。

「ちょっと気味悪いねこれ」

 駐屯兵に犯人を引き渡した後、なんとなく所在もないので四人で固まってぼそぼそと話す。

「な。本人も話が通じそうには見えなかったし」

「結局村の中にまで魔物がいたのは結界が崩れてたのと、あとは音につられて寄ってきたって感じですかね」

「魔道士様はどう思う」

「おおよそそれで妥当だろう。何がしたかったのかは知らん」

「ユリウス、さっき犯人の頭触ってなかった? 何してたの?」

「ユリウス?」

 声を上げたのは子供だった。いつの間にか、近くに来ていたのだ。

「ユリウスって、ユリウス?」

って何?」

 俺が聞き返すと、子供はバツが悪そうにぱっと踵を返してその場を去った。何?

「え、何今の? どういうこと?」

「……さて、事態は片付いたし、行くか」

「え、このまま?」

 町はまだ混乱の中にある。多くの家が傷つき、破壊されている。これを放置して、脅威は去ったからと村を出るのはちょっと後ろめたいというか、釈然としない。

「居ても邪魔だろ。軍のやつらも駆けつけてくれたんだし、俺らがすることはもう無い」

 いやまあ、それはそうなんだろうけど。

「なんか情けないよなあ、結局俺なんにもしなかったじゃん。片付けくらい役に立ちたかったっていうかさあ」

「さっきも言ったが、一番最初にあの子の声に気付いたのは勇者さんだろ」

「まあ、それは、そうだけど」

「勇者というのはとどのつまり、担ぎ上げられた大馬鹿者という意味だ。誰のものともわからない声を聞いて、大局も見ず正義感だけで突っ走って仕事を増やした、それで十分だろう」

「フォローしてる? それフォローしてんの? 盛大にディスってない?」

「ユリウス!」

 呼ばれて振り返ったユリウスの額に、石が当たった。当たった場所から血が滲み、ユリウスは顔をしかめる。石を投げたのは子供で、その子供は逃げるでもなくユリウスを睨みつけている。

「早く出て行け、人殺し」

 ユリウスもメリアも動かない中、アレックス一人が子供に歩み寄ってその肩を掴んだ。

「私刑はならぬ。そう教わらなかったか」

「でもあいつは」

「でもじゃない。私刑は重罪だ。俺が軍人なら、今ここでお前を殺さねばならなかったかもしれない」

 アレックスの声は低い。

「私刑はならぬ。何があってもだ。それが誰のためでも、石を投げてはいけない。わかるな」

「隊長さまもあいつの味方するの」

 子供の声には怒りと悲しみが滲んでいる。癇癪を起こす寸前の、というか実際には起こした直後だが、そういう危なっかしい雰囲気。アレックスは少しの間、少年の呼吸が整うのを待った。

「私が彼の味方をするのではない、魔物を倒すために私と彼が勇者様の味方になったのだ。勇者様はこの国の味方をしてくださる。今は国の内部で争っている場合じゃないんだ」

 わかるな、と言ってアレックスが頭を撫でると、少年はうなだれたのか頷いたのか頭を深く落とした。なんていうか、基本的に子供は好きなんだろうな、隊長。扱いが上手いもんな。

「さて出よう。あまり剣呑になっては良くない」

 アレックスが仕切り、メリアとユリウスがそれに従う。少年は何も言わず、ユリウスの方をじっと眺めている。

「勇者さん? どうかしたか?」

「……軍人モードのときの喋り方、すげえかっこいいね」

 適当にごまかすと、アレックスは「よせや」と言って笑った。すっかり元の、気のいいおっさんじみた顔に戻っていた。

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