中ゴリラ:メリア

 大ゴリラこと隊長ことアレックスと少し打ち解けて、双方向に軽いジョークなども飛ぶようになった頃、買い物に出ていた中ゴリラことメリアが戻ってきて合流した。ほとんど入れ替わりに、アレックスが「じゃあ俺も買い物に出てくるかな」と言ってその場を離れた。まさか、異世界にビビり倒している俺を心配して一緒に居てくれたんだろうか……なんていいゴリラだ……。

 対するメリアはというと、最初のうちこそ俺に対して警戒を示していたものの、アレックスが何か耳打ちしていってからは妙に馴れ馴れしくなった。買い物するんでしょと言って俺を先導し、幾つかの露店を周り、あれは高いとかこれは品が良くないとか言って手助けをしてくれる。ただし露店、だいたい果物屋。っていうか市場だこれ。

「あの、メリアさん」先を行く背中に声をかけると、メリアはほんの少しだけ振り返って「さんとかいらない」と答えた。

「メリアでいい。なんか気持ち悪いし」

「じゃあ、メリア。なんで急に世話してくれるようになったの?」

「隊長が世話焼いてやれって言うからさ。まあ、誰かが困ってるならちゃんと助けないといけないし」

 メリアの顔は、まだ正直表情とかよくわからないけど、ちょっと得意気に見える。なるほど地は世話焼きなのか、この二人。そしてメリアの方はたぶん、おだてれば調子に乗ってくれるタイプだ。

「助かる、ありがとう。お金の単位も物の相場もわからなくて困ってたんだ。頼りにしてる」

 ものは試しとちょっと大袈裟に褒めてみたところ、メリアは「ほっ?!」と奇声を上げてこちらを見た。うん、これはあれだ、正解だ。褒められ慣れていないタイプ。基本的に褒められるより怒られることの方が多い人間の反応。ダチ連中には怖いだのキモいだのお前には人の心がないのかだの散々言われる俺の人間観察スキルがほとんど初めてまともに役立った。

「ま、まあね、勇者さまはここに来たばっかりだし、何にもわかんないだろうし、困ったら頼ってくれてもいいよ」

 相変わらずちょっと得意げにしているメリアに軽くお礼を言い、露店に視線を戻す。旅に必要なもの。テントとかシュラフとかナイフとかだろうか。ナイフとテントはともかく、シュラフはサイズが合う気がしない。そもそも存在しているかどうかも疑問だけど。どうやら魔法とか伝説とかあるっぽいし、そもそも全体マップが見えない限りは予定も何も立つはずがない。

 そうだ、地図。

「メリア、どこかで地図を買いたい。どこに行ったらある?」

「ん。道具屋ならこっち、ついて来て」

 歩き出したメリアの後について歩く。RPGてきな光景だ。RPG全般っていうかあの、特定RPGの一番最初に行く町の、入り口のおっちゃんに話しかけると町中説明されてから謎に世界地図もらえるやつ。アレの気分。

 メリアに先導されて向かった先には、露店ではない、戸建ての店があった。なるほどやっぱりさっきの露店はとある時間帯のみ展開するタイプの市場なんだな。そういえばここに来る前、あっちの世界では夕方に近かったけど、今はかなり太陽が高い。時差ざっと四時間くらいだろうか。朝市にしては時間が遅いような気もする。いや、っていうか太陽? 公転……宇宙……引力……うんやめよう。知る必要がない。かの有名な私立探偵は言った。地球が月の周りを回っていようとも僕の仕事に何の変わりもない、と。同じように、この異世界がどういう仕組みで回っていようとも、ひとまず俺の仕事には影響がない、はず。これで一日中ずっと明るいとかだったらちょっと困るけど。

 道具屋に入ると中にはやっぱりゴリラがいる。内装は雑貨屋と古本屋の間くらいのイメージ。通路はたぶん広くないのだろうが、ゴリラ幅なので俺にはだいぶ余裕がある。棚には装飾品とか生活雑貨とかがごちゃごちゃと置かれている。もしかしてゴリラあんまり器用ではない?

 取り敢えず鞄と地図。ナイフは旅の必需品っぽいと思ったものの、柄が太すぎて使える気がしない。あとはコンパスとか?

「あの、コンパスってありますか?」声をかけると、店主ゴリラは人間で言うと眉毛のある辺りをぐねぐね互い違いに動かして俺をじろりと見た。値踏みされている気がして少し姿勢を正す。どことなく老獪な雰囲気のあるゴリラだ。大きさは、椅子に座っているからあまり正確ではないだろうが、メリアとユリウスの間くらい。

「見ない顔だな」だろうね?

「ええと」困る。どこから説明したらいいんだ? 魔王の存在はたぶん知られている。けれど俺が勇者です、異世界から召喚されて魔王を倒しに行きますと説明してどうなる? それがどれくらいの妥当性と信憑性を持っている? っていうかそもそもこの世界にホモサピエンスは存在してる? まず種族から説明するべきでは?

「この街に来たのは初めてか?」

 何から説明したらいいのかわからずバグっている俺を見かねてか、店主が質問を追加してくれる。ありがとう。ゴリラ優しい。

「あ、ええ、はいそうです、ついさっき来たばかりで」

「ん」

 店主ゴリラは小さく頷いてから立ち上がり、商品棚をごそごそと漁って何かを取り出した。何かっていうか、パッと見、スマホ。え? いや、縦横厚みがそこそこあるからどっちかっていうとタブレットなんだけどそこじゃなくて

「これをな」

 店主がそのスマホのようなものの電源てきなものをつけると、ぱっと地図が表示される。地図っていうかこれGoogleMapでは?

「自分のいる位置がここ。方角はこう見てこう。指二本で拡大したり、縮小したり」

 うん知ってる。超知ってるししょっちゅうお世話になってる。何この世界にGoogleあんの?


 どうやらゴリラ世界は化学を魔法で代用しているというか、化学でできることは魔法でもできるよみたいな世界であるっぽい。ゴリラ文明舐めてたごめん。っていうかRPGの醍醐味てきに想像される部分はかなり原始的であるらしい。それもそうか。

 幸先が良いような出鼻をくじかれたような曖昧な気分で道具屋を後にし(支払いはメリアがやってくれた)(助かる)、それから、と思う。必要なのは武器と防具。武器はエクスカリバーがあるからいいとして、ゴリラサイズの防具とか絶対にサイズが合わない。盾……もたぶん、持てない。盾を持ったら片手で剣を振らなくてはいけなくなる。エクスカリバーはどう見ても片手剣ではない。あれ? ダメでは?

「勇者さまは今度は何を悩んでるの?」

「なんで悩んでるってわかった?」

「や、なんか黙り込んでるから、そうかなって」

 あれだ、お前が深淵を覗き込むとき深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ的な。つまり、何も俺は一方的に相手を観察していたわけではないのだ。俺から見てゴリラたちが理解しがたいのと同じように、向こうからしても俺は得体の知れない生き物なんだろうな。黙って考え込むのは控えた方が良さそうだ。

「防具とかどうしようかなって。サイズが合うようなものって何かあるかな」

「魔道士さまに頼んでみればいいんじゃないの、防御魔法とか」

「あ、そうか」

 そうかとは言ったものの、魔道士、ユリウスって言ったっけ、協力的には見えないんだよなあ。でもメリアだって最初は協力的に見えなかったし、話してみれば存外わかってくれたりするのかな。

「魔道士と言えばさ。メリア、なんとなく魔道士のこと嫌ってるように見えるんだけど、あれはどうして?」

 俺としてはさり気なく訊いたつもりだったが、目論見はどうやら失敗したらしい。一瞬俺を見返したメリアの視線には、わかりやすく敵意が含まれていた。

「ごめん、あの、気に障ったなら謝る」

「……隊長は何て言ってた?」

「え?」

「どうせ隊長にも同じこと聞いたんでしょ、さっき。何て言ってた」

 そうか、メリアは今もアレックスを隊長と呼んでいるのか。俺もそう呼びたいんだけどな。語呂が良いよね隊長。

「性格が合わないんじゃないかって言ってたけど」

「そう。じゃあ、そう」

「どういうこと?」

「隊長がそう言うんだったらそうだってこと」

 ええと。それはつまり明示的に口裏を合わせるという意味ではないだろうか。

「何か嘘ついてる?」

「嘘をついてるわけじゃない。出し惜しみしてるだけ。必要なら後で説明するよ」

 ということは悪意あって欺いているのではなく、どちらかと言えば善意に近い意味で隠匿している、という感じだろうか。もともと知り合いなのかな三人。

「本当に話してくれる?」

「そりゃあ、勇者さまに迷惑かけるつもりはないし。わざわざ喧嘩とかするつもりもないから安心していいよ」

「ん。わかった」

 隊長はともかく、メリアはあまり嘘が得意なタイプには見えない。いや、今思い返せば隊長もちょっと変な顔はしてたけど。取り敢えず信じてもいいだろう。というかこのメンバーを信じない限り何もできる気がしない。

「それと。俺もメリアって呼んでるんだし、メリアも勇者さまなんて呼ばなくていいよ。カズキ」

 ある程度会話をして、ある程度距離が縮まったと認識してからの、あくまで軽い提案のつもりだったのだが、なんだか存外長い沈黙が落ちる。……あれ、なにこれ。なんか安いドラマみたいな沈黙なんだけど。

「……階級とか役職以外で呼ぶのは性に合わない」

「……おう。まあ、呼びやすいように呼んでくれればそれでいいんだけどさ」

 前言撤回。扱いちょっとめんどくさいかもしれない。

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